第7話 イチャイチャの先に潜む罠
「それにしてもずいぶんじゃない?」
「何かしら?」
「咲良の態度の変化さ。以前はこんなんじゃなかっただろ?」
僕は左腕に抱きつく咲良に首を振って視線を送った。
「えへへへ。駿河は嫌なんだ?」
「そんな事ないよ。咲良が積極的で嬉しいよ」
「それなら問題ないじゃない?」
「そうなんだけど、何がきっかけかな、って思ってさ。僕が気が付かないだけで何かあったかな?」
「ああ、忘れるなんてひどい! 私の事、遊びだったのね」
「いや、別に忘れてないと思うけど。いったい、どれの事だろう?」
「本当に? 忘れてないの?」
「多分ね」
「本当かしら、寝ている私の寝込みを襲って――」
「人聞きが悪いよ。神に誓って僕はそんな事はしていない――」
身体に指一本触れていない、とは言わないけれど、酔って寝入った咲良を着替えせる時でさえ下着には触っていない。
「小指に赤い糸を結んだの」
「ふぇ?」
「何よ? やっぱり忘れちゃってたの?」
「いやいや、覚えているけど、それなの?」
「他に何か心当たりでもあるの? まさか本当に身体にイタズラを――」
咲良が大袈裟に僕の腕をつかんでいた両手を放すと、今度は守るように自分の胸の前に当てた。ご丁寧に震える演技まで入れている。
「そんなわけないだろ! 確かに小指に赤い糸を結んだけど、結局気づかずに部屋から出て行ったんじゃないの?」
「ふふふ、せっかく結んだ糸を私が
再び僕の左腕に抱きついてきた咲良が先ほどよりもっと力を込めてきた。確かに一理ある。しかし、それでも腑に落ちない。
「でも、咲良は僕の事、何とも思っていなかったんじゃないの? てっきり、そばにいて愚痴るのに最適な相手だと認識してると思っていたけど」
「馬鹿ね。それはあの時までよ。小指に結ばれてる赤い糸を見てたら、昔を思い出しちゃた。素直で可愛い駿河に懐かれていたなって」
「それが理由?」
「それでね、駿河がいなくなった生活を想像してみたの。そしたら急に寂しくなっちゃって悲しくなったの。それにね、駿河が他の女とイチャイチャしているのを想像したらムカムカして怒りが止まらないの。私を放っておいてそんな女と仲良くするなんて! 許せないでしょう?」
「それはただの嫉妬だよ。今まで便利に使っていた下僕が他の女に取られた事による嫉妬。自分の物が他人に取られたら腹が立つのと同じだよ。それは好きとか嫌いという感情じゃない」
うーん、言ってて我ながら情けなくなる。咲良にとって僕は所有物扱いだったんだな。
「確か中学1年の時かな、最初に駿河にプロポーズされたのは」
「ぶほっ! な、な、なにを言い出すんだよ。そんな大昔の頃の事を。小学4年生の幼い子どもの微笑ましい失敗だろう? 勘弁してくれよ」
思い出したように咲良は僕が忘れようと必死になっていた黒歴史を語りだした。
「大きなヒマワリの花を持ってきて、プレゼントだって渡してくれたんだよね。明るくて笑顔の素敵な咲良が大好きだって、ヒマワリそっくりだよ、って言ってくれたんだよね。おませだよね」
「そ、そんな事もあったかな。昔すぎて忘れたよ」
自分でもわかるくらいに顔が赤くなる。何これ? とんだ羞恥プレイだ。
「毎年、お盆に親戚中が集まって顔を合わせるたびにプロポーズしてくれたじゃない! 中学2年の時は縁日で売ってたおもちゃの指輪だったよね。あれ、実はまだ持ってるんだ」
「ごほっごほっ! あんなおもちゃ、なんで持ってるの? さっさと捨ててしまえばいいのに」
「だって駿河からのプレゼントじゃない。きちんと宝箱にしまってあるわよ。中学3年の時はプールに行く時に髪留め用のおしゃれなヘアゴムをプレゼントしてくれたよね」
確かに咲良が中学に進学して以来、一足先に大人になった咲良に彼氏ができたらと心配で、お盆に再会するたびに咲良にプロポーズをしていた。
『僕は咲良が大好きです。大きくなったら僕のお嫁さんになってください。絶対に大事にします。世界で一番幸せにします。どうかお願いします』
思い出しただけで頭の先まで真っ赤に染まる気分。
さすがに大人な咲良は子ども相手に
『駿河はまだ小さいから、大きくなった時にまだ私の事が好きだったらもう一度プロポーズしてね』
と言ってくれた。
それが断り文句だと気付かなかった為に毎年同じ事を繰り返していた。もちろん、今ならちゃんとわかる。はっきりと明言しないけども断られていたんだと。
「高校1年の時が可愛らしい文房具セットで、2年の時がネックレス。私、結構楽しみにしてたのよ。それなのに高校3年の時は駿河、田舎に戻って来なかったでしょう。私が大学進学した後はしばらくバタバタしてたから帰省出来なくて、その後に会っても知らん顔してるし。だから、もう私の事は好きじゃなくなったと思ってたのよ」
「そんな事――」
「そんな事ないの? じゃあ、どうして会っても知らん顔してたのかしら?」
中学3年の時は受験を口実に田舎へは行かなかった。会いたくないというより雑音を聞かせて咲良の受験の邪魔をしたくなかった。そして、大学進学後に会った咲良すっかりと手の届かない大人の女性へと変貌していた。さえない高校生とは釣り合いが取れないほどに。
「身の程を知ったんだよ。咲良は可愛いし、素敵な女性だ。まあ、少々酒癖は悪いけど、それを含めても魅力的な女性だよ。僕なんてとてもじゃないけど手の届く人じゃない」
中学高校と思春期を過ごせば自分の立ち位置がどこにあるのか、人から指摘されなくても自ずとわかってくる。
小さな子どもだから許されていた。大人になってもその気のない女性を追いかけ回すのはマナー違反だ。どんなに愚鈍でもそれくらいの配慮は出来る。
「私はそんなに高嶺の花じゃないわよ。駿河が言ったんでしょう、咲良はひまわりに似ているって」
「それはそうだけど――」
「それに28歳を過ぎてまだ一人だったらお嫁に貰ってくれる約束だったでしょう。駿河に飽きられて捨てられたのならその約束も無効だもの。他のいい人を見つけないといけないからコンパで忙しいのも仕方ないわ」
「うん!?」
大事な何か、忘れていた何かが頭の片隅に浮かび上がろうとしている。僕は何を忘れてしまっていたのだろうか? 28歳? どういう事だ?
一度、夢を見たことがある。花火大会から帰る途中で
『私、子どもは3人は欲しいの。だからね、早く結婚して子供を産みたいの。もし、もしもの話だけどね、私が28歳になっても一人だったら、その時はお嫁さんに貰ってくれる?』
と咲良から告げられる、自分の願望むき出しの夢を見た事がある。もちろん全力でうなづいた。あれは夢ではなかったのか? 現実? そんなはずがない――
「恒例になってたプロポーズも駿河はしてくれない。この家に駿河が同居するようになって、私から部屋に押しかけてもなしのつぶて、
「ちょ、ちょっと! ちょっと待ってよ。どういう事? わかっててわざと寝てたの? えっ? もしかして狸寝入り!?」
咲良の『酒に飲まれた事はない』との発言が頭をよぎった。
「失礼ね! 試しただけよ。小さい頃から散々好きだって言ってたくせに、年頃になったら見向きもしないなんて女としてのプライドが傷つくでしょう!」
「いや、ごめん。それについては謝るよ」
「手を出してきたらスケベ野郎として懲らしめてやるつもりだったわ」
「それは残忍なトラップだね。僕が咲良に手を出していたら?」
「交際もしていない、さらに寝ている女の子を襲うような
「そうだよね。獣は追い出すしかないよね。ははは」
乾いた笑いが僕の口から漏れる。僕に抱きついた状態で、もう一つのあり得た残酷な未来を平然と話す咲良に背筋が凍りついた。
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