6.社会人
わたしはずっと光晴くんを探している。
光晴くんの実家を見に行っても、光晴くんはいないようだった。
SNSにもいなくなってしまった。
光晴くん。
わたし、心配なの。
あなたが誰かに監禁されているんじゃないかって。
わたしは高校のときこっそり撮った光晴くんの写真を眺めた。
「その人、誰? かっこいいね」
会社のお昼休みに光晴くんの写真を見ていたら、ふいに同僚に話しかけられた。
「あ、うん」
「中学生か高校生かな? 息子さん?」
何を言っているのだ、この女は。
「違います」
「ああ、息子さんにしては大きいか。甥っ子とか?」
「違います――彼氏です」
「彼氏? にしては、若いよね。昔の写真?」
「そうです」
そのとき、「ちょっと」という声がして、わたしに話しかけてきた同僚を、別の同僚が呼んだ。
「ねえ、ちょっとおかしいから、話さない方がいいよ」
「おかしいって?」
「あの写真、前も『彼氏なんです』って見せられたんだけどさ。どう考えてもあの写真、高校生だし、それに隠し撮りっぽくない?」
「ああ、そう言えば。正面向いていなかった」
「彼氏や、少なくとも友だちであれば、もっと違う写真じゃない?」
「彼氏なら、いっしょに映っているよね」
「でしょう?」
「だいたい、あの人、誰ともつきあったこと、ないよ」
わたしは彼女たちの会話に入って行って「わたしと光晴くんは、五歳のときからつきあっているんです!」と言いたかった。
何も知らないくせに。
わたしはスマホを握り締めた。
そのとき、通知がして開いて見ると、同窓会のお知らせだった。高校の。
光晴くんがわたしに連絡をくれたんだわ、と思った。
ものすごく久しぶり。
光晴くん、わたし、嬉しい。
絶対に行くから。待っていて。
しかし、同窓会の会場に光晴くんは来なかった。
光晴くん、どうして。
わたしは怒ったりしないのに。
もう帰ろうかと思ったとき、ふと「光晴」という名前が聞こえてきたので、席を立つのをやめた。
「光晴さ、海外赴任しているんだよ」
「へえ、どこ?」
「今はアメリカだったかな? いろいろ行ってるみたい」
「すげーな」
「だろ? あの光晴が! でさ、今度一時帰国するらしいから、いっしょに空港に会いに行こうぜ。懐かしいだろ?」
「行く行く! いつ?」
ああ、光晴くん、やっと会える! とわたしは歓喜に震えた。
そして、その日にちと時間と場所をスマホのメモ帳に入れた。
「あいつさ、かわいい娘がいるんだよ。知ってた?」娘? どういうこと?
「結婚式、よかったよなあ」結婚式? わたしはしていないわ。
「幼なじみなんだろ?」そうよ。
「初めてつきあった相手で、別れたりしながら、でも結婚したんだよな」わたしはここよ。
「かわいいもんなあ、絵里ちゃん!」絵里ちゃん! 幼なじみの彼女はわたしよ!
「娘ちゃんもかわいいだろうな」彼女はわたしなのに!
わたしはその日、しっかり準備をして空港に行った。
同窓会で光晴くんの噂話をしていた人たちもいた。
わたしは帽子を目深にかぶって、じっと待った、光晴くんを。
――光晴くんだ!
久しぶり。光晴くんは、相変わらずかっこいい。何年も会っていなかったけれど、やっぱり大好きだ。ずっと好き。わたしの恋は終わらないの。ずっと続く。
光晴くんの後ろから、絵里ちゃんがかわいい女の子の手を引いて来るのが見えた。
光晴くん。
いま、光晴くんの間違いを正してあげる。
光晴くん、絵里ちゃんに騙されているの。それが、わたしには分かる。
光晴くんは、悪くない。絵里ちゃんが、みんな悪いの。
わたしは無言で光晴くんたちに近づいた。
友だちと談笑する光晴くんに「久しぶり」と言った。
「誰?」と光晴くんは言った。光晴くん、照れているのね。すぐ、二人になりましょう。そうすれば、「誰?」なんて、言わなくていいはず。
わたしは絵里ちゃんを見た。
絵里ちゃんは最初笑顔だった。それが恐怖に歪んだ顔になる。
わたしはよく研いだ肉切り包丁を右手に持って、剥き出しの頸動脈を狙った。
絵里ちゃんの叫び声が響く。ああ、うるさい。この女はいつもうるさかった。
――失敗した。逸れた。
今度はお腹を狙う。
肋骨がないところ。骨に刺さらず、内臓を突き抜けるところ。
絵里ちゃん、うるさいよ、静かにして。
子どもの泣き声も響く。うるさい。うるさいうるさい!
わたしはもう一度絵里ちゃんに向かおうとしたら、強い力で取り押さえられていた。
やめて。
わたしは、光晴くんの間違いを正してあげるんだから。
やめて。
放して。
「お前が」と、光晴くんが言った。そう、わたしよ。
「お前が、ずっとオレのことをストーカーしていたやつか?」
ストーカー?
ストーカーなんてしていないわ。
わたしは、光晴くんのことがずっと好きだっただけ。
ふいにいなくなるあなたを、探しただけ。そうしてずっとあなたが何をしているか、見ていただけ。だって、あれはわたしへのラブレターだから。
辺りが騒然とする。
わたしは制服を着た人たちに取り押さえられた。
光晴くんが変な目でわたしを見る。どうしたの、光晴くん。わたしよ? ねえ、怒ってないわよ。だいじょうぶよ。
光晴くん。
光晴くん。
光晴くん。
色々な人に聞かれたの。
どうしてあんなことをしたのかって。
だから、わたし、話してあげたの。
わたしと光晴くんの、終わらない恋の話を。
わたしの恋は、ずっと続く。
了
わたしの恋はずっと続く 西しまこ @nishi-shima
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