44:第三十一話:平和を作るために一個人ができること

「平和の作り方?」

 ここまで老いようともおさというだけはあるらしい。

 らしい禅問答が始まった。

「争いが起こらず、みなが平等に和やかに過ごす関係の作り方」

 彼女が続ける。

 私にはこの答えが分からなかった。

「わかりません」

 そもそも彼女が何について言おうとしているのかすら私には理解が出来なかった。

 彼女がしばらくしてから口を開く。

「自分が受け入れることさ。

 互いに憎しみ合ったりしていては収まるものも収まらない。

 だから互いに自分が相手を受け入れること」

 対立しようとしていない者の間には争いは起きない。

 当り前の話だ。ただ当時の私には何か言い表せられない引っかかりのようなものがあった。

「そうだろうか?」

 飲み込みかけたそれを思わずつぶやく。

「どうだろうね?」

 私の疑問に彼女はそのように返す。

 私はともかくなぜ貴様が疑問を持つ。婆さんアンタの持論だろう。

 釈然としないが反論も浮かばない。

とりあえずここは飲み込んでおくとしよう。

「そうか」

 そうつぶやいてまたしばらく静かになった。

 婆さんはしばらく私の方を見たあと、また前を見る。

 婆さんの話は続く。

「さてと、あたしゃもう長くない」

「まだまだ元気そうですが」

「そうでもないんだよ」

「そうですか」

 実際彼女が立っているのを見ていない。足、あるいは腰でも悪くしたか。それは本当に長くないかもしれないな。

 人間が考える葦であるならば、根は足だ。根腐れを起こすと軒並み倒れるように寝たきりになると長くないと聞く。

 彼女の勘がその死期を悟ったか?

「アンタ村長をやってみる気はないかい?」

「ああ、そうだな」

 しかし本当に勘の鋭い奴だ。

「そうかい、やってくれるんだね」

……ん?

 禅問答の後遺症か、当時私はかなり考え事にふけっていたらしい。

 口は禍の元というが、まさか本当に禍を生み出すことになろうとは。

「待て!何の話だ」

 とは反射的に言ったが、実際考え事をしながらでも耳は音を拾っているもので、

 そう言った時には私が村長にならんとしていることは理解していた。

 私が世界に目を向けた時、彼女もまたこちらを見ていた。

「やってくれるんだね」

「やらないからな!私は絶対にやらないからな!」

「やってくれるといったじゃないかい?」

「あれは、その……」

 彼女がこちらを見てくる。

「やってくれるんだね?」

「はい」

 私は誓った。とりあえずで返事をするのはやめようと。

「で、でもなぜ自分が?」

「やってくれるんだね?」

「あーいえ、やりますけど!

 せめて!せめて理由だけでも教えていただけたりしませんか?」

「トチョウ様から候補者は選ばれてるんだけどねー。

 どうもあたしの嫌いな奴で」


……私怨しえんッ!


「でも自分なんかに」

 彼女は多分後ろを見た。

 夕日なのだろう。

 いつの間にか日は赤くなっている。

「大丈夫。やることは今度教えるけどそう難しくない」

 とだけ言われてその日は彼女とは分かれた。

 部屋を出て、彼らの元へと向かうと彼らの姿は無く布団らしきものを片付けている弓野郎に出会った。

「あ、教祖様なら外ですよ」

 彼がこちらを見ながら当然のように彼がそう答える。


……君はなぜ、私がそれを聞こうとしているという結論に至った。


 あれだけ居た人間が一人残らず消えているのだ。多分治ったのだろう。

 彼も忙しそうだしレインに確認してみるとしようか。

 私は外へと向かう。


 外では何やらレインが二人組と話をしている。

 たぶんあのうちのどちらかが被害者なのだろう。夕日のせいかよく見えないが。

 私はそっと階段へと腰を掛ける。


 しばらくそのよく見えない光景を観察しているとふと何かに気づいたのか、それこそ勘か。彼女が一瞬こちらを見たような気がする。

 彼女はしばらくして深々と頭を下げると彼らとは分かれた。

 そして私へと歩いてくる。私はその様子を眺めていたが、少しして彼女が近づいたころ。

 地面へと視点を移動させる。

「どうも」

 彼女が一言言った。

「ああ」

 私はそのように返した。

 一息置いて私は続ける。

「聞くまでも無いが、治ったんだな?」

「はい」

「彼ら、元気そうだったか?」

「ええ。

 あ、一応あなたがやっていたことをしておきましたが、アレには一体どのような意味が?」

 アレ。たぶんあの指の奴か。

 全員にやったのか。意外と律儀なのか?

「まあ、いろいろ意味はある(と思う)が。指と違い無いのであれば気にする必要はない」

「だったらみなさん大丈夫かと」

「そうか」

 少し間が開いてから彼女が口を開く。

「あなたのおかげです、不服ですが」

「そんなことはない」

 そもそも私があんなことしなければこんな事態にはなっていなかったのだ。

 ここは物語でもなんでもない現実だ。あんなことはもうよそう。そして何より、

「全部私の力ではない、借り物の力だ」

「そうなのですか?」

「ああ」

「彼を救えたのも、

 彼らを倒したのも、

 彼らを治すのにすら、

 借り物の力が必要だった」

 何ならこの世界に降り立つのにも宇宙船というあまりに大きな借り物を使っている。

 これはすべて私の力ではないのだ。

「でも、あなたが居なければそれらは良くも悪くも振るわれることが無かった。

 そうでしょう?」

 彼女が私の顔を覗き込むように見てくる。

「私だって治療の術も授かったものです」

 そうか……いや?それはまた何か違うような気がしないでもないが。

 さすがあれだけを従えていた人間なだけはある。ある程度は丸め込む能力が高いという事だろう。

「まあ、そういうことにしておこう」

 今後は宇宙船の力を使うのは控える。いや、使わないことにしよう。

 外界の力を持ち込むのはこの世界に対しても失礼だろう。

 それに、これは私の物語だ。他の誰でもない私の物語だ。

 そう決意を固めると私は立ち上がる。

「さて、私も帰るとしよう」

「そうですか、送って行きましょうか?」

 彼女が階段のふもとから私を見上げる。

 いや、送られなければならないほどやわなつもりは無いのだが。

「いや、大丈夫だ」

「そうですか、すみません。この村にいらっしゃるのをあまり見ていないので、てっきり道が分からなかったりするのかと思っちゃいました」

 私はその言葉を聞いて歩き出そうとして動いた右足を地面に置く。

「どうされたました?」

……歳を取るというのは嫌なものだ。日に日に失う柔軟さに己の間違いすら訂正できなくなる。

「あー……よしっ!

 ついてこい!行くぞ!」

 私はその場を後にしようと彼女の横を早歩きで通り過ぎると、彼女がクスリと音を立て、

「はい」

 と言ったのが聞こえた。




 山の中、日は傾き、日射を邪魔するものは枝や葉など軟弱なものではなく、幹となり、山道は闇に包まれる。

 その闇には彼女と私の足音だけが響いていた。道中彼女が口を開く。

「なぜあなたは悪魔と一緒に居るのでしょうか?」

 なぜ、と言われてもだな。

 むしろ何故そこまで悪魔を否定する?

「私はかなり世間せけん様にうといらしいが、

 悪魔と暮らしているのはおかしいのか?」

「ええ、かなり」

 即答をされ、返球に戸惑う。

「そ、そうか」

 私からすれば羽が生えている程度で後は何ら人間と変わりないようにも思えるのだが。

……ああいや、扉をぶっ壊したりする程度の怪力はあるか。

「恐ろしくはないのですか?」

「そうだな。

 不思議なもので私から見れば人間も悪魔も何ら変わりないように見えるのだ。

 君たちが倒した悪魔もかなり怠惰な点を除けば愉快な怠け者に。

 君たちが倒された悪魔も厳格な喋り方を除けばただの美少女に。

 私からすればそんな風に見えている。

 どちらもキャラの濃い、あー……なんだ?少し異端ではあるが人間と何ら変わりないだろう?」

 少し、いや結構な間があって彼女が返事をする。

「理解できません」

 私は一つ笑って聞かせる。

「まあ、よいとも。

 これを理解することがよい事だと私は思うが、理解できないことが悪であるとまでは思わない」

 まあもし仮に私が「今すぐに頭文字Gに対して親友のように接しろと命じられたとて、そのようにできるとは到底思えない。つまるところそういう存在なのだろう。

 嫌悪よりも恐怖やら身の危険を感じるあたりは蜂や蛇、蜘蛛などの方が近しいだろうか。

 受け入れることだったか?婆さん。

「そう、ですか」

 彼女がそのように呟いた。




 屋敷、というか庭を囲む塀が見えた。

「見えてきましたね。

 もう大丈夫ですか?」

「ああ、すまない。

 手間を掛けさせた」

 もう辺りはすっかり暗い。

「いえいえ」

 彼女を追い抜かし庭へと向かう。

「じゃあな」

 一応挨拶だけはしておく。

 そのまま歩いて行き、塀までたどり着いたころ。

「あの!」

 レインが私を引き留めるように叫ぶ。

 私はレインの方を向いた。

「提案の件。

 私、頑張ってみますね」

 提案?

 ああ、悪魔がどうのこうのか。

「あ、ああ」

 私が返事をすると彼女は一礼して駆けて行った。

 これが互いに受け入れることとやらなのだろうか。

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学者が異界を制するには 種書 一樹 @Seedwriter

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