43:第三十話:収束

 私は彼の前にしゃがむ。


 一番恐ろしいのは脳梗塞等による視力、聴覚、運動、思考、記憶の不良。

 あとあり得るのは筋力等運動能力の低下と呼吸器官の不良、肝不全、腎不全あたりか。

 最後二つは無いと信じたいが、異物を投与したのだ。傷口である筋肉あたりと投与先と思しき血液系が個人的には怖い。

 ではどこから確認しようか、聴覚、視力、思考、記憶辺りを同時に確認するとしよう。


 彼が私がしゃがむのを見る。

「まず私について疑問があるだろうとは思うが、

 今は私の質問にだけ答えたまえ、いいな?」

 彼は喉に手を当てた状態で一つ頷く。


 思考は良好、言語処理が可能な程度には思考、記憶は安定しているようである。

 高次機能は今のところ確かめるすべがないが。それだけガワが整っていればまあ大丈夫と見ていいだろう。

「今から私が指を立てる。立っている本数だけ頷いてくれるだけでいい」

 彼がまた一つ頷く。

「何を?」

 彼女が聞く。

 まあ、かなり奇妙な行動であることは重々承知だが。実際に聞かれるとな。

「彼が健康、あーなんだ……元気であるかを確かめている。

 よしじゃあ行くぞ」

 彼がまた頷く。

 指を一本立ててみる。

 彼が一つ頷く。

 指を二本、親指と人差し指を立ててみる。

 彼が二つ頷く。

 指を三本、人差し指と中指をくっつくけて立て、薬指を立ててみる。

 彼が三度頷く。

 意味は無いがもう一度指を一本立ててみる。

 彼が一つ頷く。

 どうやら視界も良好。少なくとも乱視などはなさそうだな。

 やってみて思ったが、これ意味あるのか?

「よし、今のところ大丈夫そうだな」

 膝に手を当てながら立ち上がるとタイミングを見計らったように背後から水を持った弓野郎がやってくる。

 水を受け取ると水を飲み始める。

 しかし単純な時間経過で起きているというわけではなさそうだな。

 彼は処置を最初に施した者ではない。

 ひとしきり水を飲み喉が回復したのか口を開く。

「ここは?

 あの後どうなったのですか?

 お前は!?」

 忙しいな、お前。

 辺りを聞いたり、彼女に聞いたり、私に叫んだり。

 まあ、何がともあれ水の入った容器を持ったり、喋ったり、首を急転直下出来たり、上半身の運動は問題なさそうである。

 彼女が説明する。

「彼があなたの命を助けてくれたのですよ」

 彼が彼女に導かれるまま視界をこちらへ向ける。

「そうですか。

 どうですか?悪魔から解放された気分は」


……あ?

 そんな純粋な目を向けて何を言っている?


 しばらくして私はようやく彼が何を言っているかを理解した。

 私がこいつらの仲間入りを果たしたと思っているようだ。

「いや、別に貴様らの仲間になったわけではないが」

「私たちは彼に負けたのです。

 悪魔も生きていますし、彼は仲間になったわけでもありません」

 彼は彼女の説明を顔を向けて聞くと一言呟く。

「そうですか」

「はい」

 彼は私の方を見て申し訳なさと残念さの入り混じった顔をする。

「すみません勘違いを」

「あーいえいえ」

 なんだ、てっきり発狂でもするかと思っていたが、

 案外淡白というか、わりきりのいい人間だな。

 謝れるのも好印象だ。え?私が何かこうむったかって?細かいことは気にしないほうがいい。はげるぞ。

 などと考えていると背後から声を掛けられる。

「すみません、少しよろしいですか?」

 弓野郎だ。

 話を聞くに婆さんから私に話があるそうだ。

 という話から察するに彼はいつの間にか彼女のもとに向かっていたわけだが、いったいいつの間に。

 コイツ、メインウェポンは弓よりもナイフで一突きとかのが向いているのではないだろうか。

 まあ何がともあれ、彼に連れられ彼女のもとへと向かう。




 場所を移して婆さんの部屋。

 私が婆さんの元にたどり着くと彼女がまたゆっくりと起き上がる。

「来たかね」

 婆さんがこちらに向くと、通り過ぎて私の背後を眺め、頷く。

 私もそちらを見る。呼びに来た彼が扉の奥で一礼すると部屋を出ていった。

 いや、扉の奥の時点で部屋を出ているのだから、出ていったという表現はおかしいのか?

 まあ、なんでもいい。とにかくいなくなった。

「どうだね。

 元気になったかい?」

「えっと、はい一人だけ起きました。

 他の方にも同じ処置、えっと同じことをしたので直に起きるかと」

 私の話を聞きながら何度か頷く。

 絵にかいたような婆さんだな。

「そうかい、それはよかった」

 彼女は呟くように言った。

 私はふとあることを思い出す。

 そういえば誤解は解けたのだろうか。

 用意されていた椅子から音を立て立ち上がった。

「そうだ。あらためまして事の顛末をぜひ共有したいのですがいかがでしょうか?」

「大丈夫だよ」

……大丈夫とは?

「そこをなんとか、どうでしょう?」

「なに、あんたが悪くないことぐらいわかってる」

 そうか。そんなことをしなくても大丈夫ということか。

「えっと、それはなぜ?」

「んーそうだね、肉体から魂が漏れ出てる老体だからね。勘が効くのさ。

 あとはアンタとレインの反応からなんとなくね」

 まあ、そういうことにしておくとしよう。

「ちなみに一応聞いておきますが、事の顛末てんまつをどのようにお考えで?」

「どうせ、あの娘が悪魔だなんだとか言ってアンタに突っかかったんじゃないかい?」

 彼女に対する解像度が高すぎるぞ。婆さん。

 見かけによらずフルハイビジョンか?

 まあ、とはいえ私はアイツの事をろくに知っているわけではないが。

「まあ、だいたいそんな感じです」

「うん」

 そう言って彼女少し前を向く。

 しばらくして彼女が口を開いた。

「アンタ、あの娘の事どう思うんだい?」

 あの娘。先ほどの会話から察するにレインの事だとは思うが。

「どう、ですか」

「うん、日も浅いだろうけど何かしら思うところはあるんじゃないかい?

 それを聞かせておくれ」

 彼女について思うところ。

 この婆さん、自称の通り、あ、いや自虐の通り勘が鋭く何を考えているのかわからなくてずいぶんと不気味だ。

 下手に取り繕うのも悪手だろう。正直に思うところを伝えてみるか。

「胡散臭い人間というのが私の率直な感想です。

 未だにこの盤面をひっくり返すような奥の手でも抱えているのではないかとも疑ってます」

 私の言葉を聞いて、なんだか確信は無いが彼女は笑ったような気がした。

 あと、背後の部屋から何やらくしゃみが聞こえたような気がした。

「そうかい。疑心はいい。

 それも人を理解するのに役立つ。

 でも敵視はしてはいけないよ」

 彼女はレインとどのような関係なのだろうか。

 なぜそこまで彼女を擁護する。

 話や様子を見聞きする限りでは特に村に多大な恩恵をもたらしているような存在にも思えないのだが。

「どうして彼女をそこまで擁護するのですか?」

「じゃあアンタに聞きたいことがある。

 平和の作り方を知っているかい?」

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