42:第二十九話:解法

 第二段階。我々一行は村へと降りた。

 それぞれ容器を関係者の右隣に置いてもらう。

 ちゃんとそれぞれ一つ。計4つが置かれている。ダブりも無し。問題なさそうだ。

 さて、では

「では治療を始める」

「はい」

 レインが背後で返事をする。

 私は彼女の方を見た。すると彼女も私の方を見る。


……そんなわけで部屋には私一人と倒れた4人だけになった。

 いや、さすがに治療過程を見せるわけにはいかないだろう?

 

 さて、そんなわけで治療手順だが、ここに注射器を用意した。

 私はこの治療法を決定してから考えたのだが彼らの治療にあたって必要な情報がまだ足りない。

 それが投与量だ。

 輸血などでも度々問題になるもので過ぎたるは、なおなんとやらである。

 昔のお偉いさんもまさか異世界にまで刺さるとは考えてもみなかっただろう。

 マクテリアはどうか知らないが備えあらば、なおなんとやら。考えないよりはいいだろう。


 例えばある物質同士の結合による化合物の発生について調べる実験。

 もうちょっとわかりやすく説明するなら。ある物質もの同士の結合くっつきによる化合物くっついたやつ発生ぼわっとについて調べる実験。

 具体的には何だろうか。過酸化水素水っべぇ液体二酸化マンガン黒いツブツブによる酸素空気的な?の発生とかだろうか。

 まあ、あれは厳密には化合ではないから……硫化鉄終わってる鉄合成ツクールの方が分かりやすいだろうか。


 そのような現象には須らく値の変化が起こり得る限界というものが存在する。

 例えば先ほど例に挙げた硫化鉄だったならば生成には鉄と硫黄を用いるが、鉄が7gあるとしたら硫黄が4gが変化の限界だ。それ以上硫黄を増やしたとしても変化は起きない。無論逆もまた然りだ。


 そう言った変化の限界を見極めるのならば片方を固定して、一方を変化させていき、その変化した物質の量を値に取るのが無難だとは思うが、マクテリアはご存知の通り何故か物質が得られない。


 ではどのように調べたか。

 今回は質量にて調べることにした。

 例の液体の片方を固定し、他方を時間をかけて滴下していく。

 やってみたところどうやら水溶液だったのか質量が徐々に増えていくため混合前質量をそれぞれ量り、混合後の質量との開きを見ることにした。開きが小さくなっていくところが目的値だ。

 が、途中で考えるのが面倒になり、すべての器具を体重計に乗せて測ることにした。

 すると質量の減少が収まるところというなんとも簡単な立地になった。


 まあ、その結果体重計の上で実験が繰り広げられるというシュールレアリズム賞佳作を受賞できそうな、まるでとある欧米の白白白爺カーネルさんのモノマネみたいな絵面と相成ったが必要経費としておく。


 そんなわけで導き出した投与量通りに、それぞれの被害者にそれぞれのマクテリアを投与していく。



 全ての作業が完了した。

 これで治れば話が早いのだが。

 私は残ったマクテリア達を眺めながら一息つく。

 思ったより残ったな。


 さて、あとはレインにでも任せるとしよう。

 私は外へ出る。

 すると数名が私が出てくるのを待っていたようだ。距離こそあるが、いくつかの目がこちらを向いている。

 その中のレインが私に声を掛けてくる。

「あの、みなさんは?」

 外科医とかこんな感じなのだろうか。大変だな。

 まあ、私の知ったことではないが。

「さあどうだろうな。失敗したのか、成功したのか。

 少し待ってみないとわからない」

 私は入り口にある階段に座り込む。

「そうですか」

 彼女がそう言うと背を向け集団へと近寄っていく。

 何やら事情を説明しているようだ。


 私は足元を見る。いや、別に何か足が見たかったわけではないのだが。

 単純に疲れたのだ。

 しばらくして彼女が私の足元までくる。

「他に何かすることはありますか?」

「そうだな」

 彼らに対してすべきことか。

 起きるまでは特にできることは無いが、とすると起きた時のことを考えるとしようか。


 現状、かなりの水分不足が予想される。飲み水でも用意しておくか。

「彼らが起きた時のために飲み水を用意してくれ」

「わかりました」

 彼女が返事をするとすぐに駆けていく。

 船室に来た時の様子とか、今日の様子とかを見るに一応、心配はしているのだろうな。

 根はいい奴なのだろうか。

 あーいや、それこそが彼女の策略であるとも邪推しておくとしよう。

 私は疑り深い人間だからな。

 何がともあれ彼女の背中を鼻で笑い飛ばすと、私は中へと戻った。




 部屋の片隅に座る私の視界を何かが握られた手が横切る。

「沢山汲んできたのでよければどうぞ」

 私は受け取りながら背後を見る。

 弓野郎だ。

「ああ、すまない」

 彼から水を受け取り、一口飲む。

 ずいぶんと爽やかな人間だな。

 嫌いだ。

 いや、そもそも君じゃなくて彼女が汲みに行ったはずだが。なぜ君が水を持ってきている。

「教祖とやらはどうした?」

「教祖様はまだ水を運んでおられます。

 なんでも飲み水を多く確保しなければならないのだとか。

 僕も手伝おうとしたんですが、一回限りで止められました」

 まあ、一応彼女も頑張っているようである。

 疑問が解消したところでゆっくりと水を飲む。

 私もどうやら喉が渇いていたようだな。

 水を飲み干すと空になった容器を彼に手渡す。

「なぜ君は我々を許している?

 一人でも倒さんと矢を放つほどに憎かったのだろう?」

「いえ、別に許したわけでは」

 許していない相手に水を持ってきたのか。

 まさか毒でも持っていないだろうな?

「ではなぜ水を」

「それは教祖様がお認めになられたので」

「正気か?」

「ええ、まあ」

 彼が「何か問題でも?」と聞きたげな顔をしている。

 ああ、そうか。

 教祖様の一存で決まるのだな。恐ろしいな貴様ら。

「しかしあの時は援軍を呼びに行ったり、ずいぶんと周到しゅうとうというのか、私を倒すことへの強い執着を感じたが?」

「まあ、あの時は教祖様が捕らえるようにおっしゃったので」

「正気か?」

「ええ、まあ」


 本気ではあるだろうが、正気ではないな。


 そんな狂気的な、いや、狂信的な会話を終えたころ、入り口が大きな音を立て開く。

 そのあとレインが倒れ込むようにして玄関に入り、実際に倒れた。

 両手を床につき、肩で息をしている。

 たぶん普段から周りの奴等に頼りっきりで体力も筋力もろくに無いのだろう。

 弓野郎がその様子を認識すると即座に彼女に向かって駆ける。

「教祖様!」

 あの野郎、容器を返却してきやがった。

 私は容器の頭を掴むようにして右手から左手に持ちかえると彼女の方へ歩いていく。

 彼女に近づいたころ、彼女はなんとか息を整えたようでこちらを見上げる。

 そうだな、その光景を一言で表すならば、


 眼福だろうか。


 実に滑稽である。

 さて、戒めはこのくらいにしておこう。

 私は左腕を玄関らしき空間の壁に当て、体重を掛ける。

 彼女が断続的に言葉を放った。

「あの、こ、これで、足りるで、しょうか?」

 まだ回復しきっていないようで自身の体制とでもいうのかあるいは位置関係とでもいうのか。に関してはまだ気にしていられないようだ。

 手桶だろうか取っ手のついた木製のバケツのようなものに水が入れられている。

 並々、と表現すると過剰だが、かなり入っているものが一つと、容量の半分程度のものが二つ。察するに一つが彼のなのだろうな。

 ちょっと過剰な気はするが、まあ足りないよりはいいだろう。

 そもそも一気に用意する必要があるのかわからないが……あ。


 私は少し広角が上がるのを感じる。やはり私は性格が悪い。

「一人分だけ用意して後は起きるたびに汲みに行けばいいと思っていたが、

 まあ、ご苦労」

「な!?」

 それだけを言い残すと彼女は顔から地面に崩れ落ちる。

「教祖様ぁ!」

 エコーでもかかりそうな迫力の彼の声が部屋中に響き渡る。

 相も変わらず騒がしい奴等だな。

 すると背後から、うめき声に似た、あるいは咳払いに似た、あるいは咳のような音が聞こえる。

 私は玄関の壁際に置かれた手ごろな構造物に容器を置くとそちらへ向かった。

 が私の視界を彼女が横切る。

 彼女を追うようにして音の方へ向かうと一人が体を起こしており、彼女が既にそばにいた。

「気が付きましたか?」

「こ、」

 何かを言おうとして咳き込んでいる。

 喉が渇いているのだろうな。いや、その程度で収まっていいものではないが。

 弓野郎だろう足音が私の後ろから聞こえる。

「水をお願いします」

 彼女がこちらの方を見る。

 多分弓野郎宛てだろうな。

「わかりました」

 彼が後ろでまた音を立てる。


 さて、起きてくれたのは喜ばしい限りだが安心するのはまだ早い。

 例の液体。奴の効果が魔法妨害だけとは限らない。何かしら毒物的症状を作り出す可能性もまだ否定はできないのだ。

 そんなわけで症状をいろいろと確認してみようか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る