41:第二十八話:夜明け

 学者の朝は早い。

 私は屋敷の一室、日も入らないような分厚いカーテンと何故か居る使い魔に出迎えられながら起きる。

 起きて早々私は使い魔と目が合ったのだが。その後、彼女は何事もなかったかのように首を正面へと向ける。

「何の用だ?」

 彼女は私の言葉に反応してこちらを見る。

 しばらく不思議な間があって彼女が自らを指差した。

「ああ、そうだ」

 やがて彼女は首を幾度となく横に振る。

 どうやら特に用はないらしい。

「そうか」

 最後に首を縦に一回振ると彼女の首は重力に従い地面へと向かう。

 何度見ても心臓に悪い。




 私は頭を抱えながら宇宙船へと向かう。

 寝覚めは最悪だったな。いかんいかん、今日は大勝負だ。気を引き締めなければ。

 さて、気を取り直して……。


 学者の朝は早い。

 私は自室へと向かうと扉を開く。

「あ、お待ちしておりました」

 私は扉を閉じた。

「ちょっとぉ!?」

 ハハッ……なぜか扉が喋っている。

 扉が開かれると中から彼女が出てくる。

「なんで閉じるんですか!」

 レインだ。

「何故居る?」

「呼びに来いと言ったのはあなたですよ!」

 彼女が詰め寄る。

「そうだが、さすがに早すぎるだろう」

「だからって扉を閉める必要あります!?」

 確かに。

「ちょっと勢いでな」

「教祖様」

 扉、彼女のさらに奥。

 私の部屋の内部から声が聞こえる。

 彼女の裏からその顔が見えた。

 弓野郎だ。

 どうやら今回は二人で来ていたらしい。

 彼女が振り返り彼の顔を見ると私から少し離れる。

「そうですね。始めていただけますか?」

「あ、ああ」



 そんなわけで治療が始まる。

 まず用意されているらしき5人をこの宇宙船まで連れてきてもらう。

 もちろん弓野郎が向かっている。弓野郎にはアイマスクを持たせており、5人には屋敷手前辺りで目隠しをしてもらうことにした。

 宇宙船についてそんな簡単に見せるわけにもいかないだろう。また、屋敷についても彼女ソフィアがいったい村とどのような関係を築いているかは不明だが、隠しておいた方がいいかと思ってな。


 そのような指示を出し、今は自室にて彼女と二人である。

「さて、あとはしばらく待っているだけだな」

「そうなんですか」

 私がベッドに座ると彼女も部屋の奥まで付いてくる。

「あーベッドかそこの椅子か、どこか好きな場所に座りたまえ」

「そうですね。では失礼して」

 彼女がベッドへと座るのを確認して私は前を向く。

 しばらく無言が続く。何か話題でも用意しようか。

「そうだな。なぜ私を襲った」

「前にもお伝えした通りです。

 あなたが莫大な富を有していると思ったからです」

「で、その富を得てどうするつもりだったんだ?」

 私は生活さえできれば大金などに興味はない。

 大金を欲するのは大金を要するときだというふうに考えているが。

「え?いらないんですか!?」

 彼女がこちらを見る。

 いや、いらなくはない。

 やると手渡されでもすればさすがに受け取るだろうとは思うが。

「君にとって富とはなんなんだ?」

「私を貴族へと導く力の源です」

 貴族。金を積めばなれるということだろうか。

 詳しいことは知らないがそのくらいの制度ならあっても不自然ではない。のか?

「じゃあ、なぜ貴族を目指している?」

「いえ、今は別に目指しているわけではないのです。

 ただ私は布教を続けるために力が必要なのです」

「力?」

「はい、お話したか分かりませんが村長は長くは無いのです」

 村長が長くないとはこれ如何いかに。とか言っている場合ではないな。

 確かに彼女、かなりの歳のように見えたしそれもそうだろう。

「次期村長様はその、まあちょっといろいろありまして。

 布教が危ぶまれるのです。今の村長に頼らずとも布教ができるように、私は頑張らなくてはならないのです」

 だからコツコツ溜めてとかでは無く早急に富を得る必要があったと。

 だとしても計画性が無さすぎるような気はするが。

「そうか」

 私なりの感想を述べようと思ったところで扉が開く。

「あの、連れてきたんですが」

 弓野郎が帰ってきたようだ。かなり早かったな。

「そんなわけですが、今の信仰者を失っては元も子もないので助けてください」

 彼女が立ち上がり私の方を見る。

「まあ、善処する」



 さて、不審な言葉に気付いた感のいい諸君らもいたことだろう。


 連れてきたん   


 この後ろに隠されている言葉こそ日本語の美学だ。

 さて、そんな国語の無免許運転は置いておいて現状を説明しよう。

 どことなく犯罪臭の漂う目隠しのされた人間が数名。宇宙船の梯子の前に集められている。

 つまりは。

「ここまでは何とか連れてきましたけど。

 ここからどうしますか?」

 宇宙船に上げることができない。


 さて、やることを再確認しておこう。

 今からこの数名よりマクテリアを採取する。

 使う機械は彼女の体液を採取したあの機械だ。

 宇宙船に上げる必要があるのだが目隠しをしたまま歩かせるくらいはついて歩けば問題ない。

 ただ梯子ともなるとさすがに問題がある。

「まあさすがに外すしかないか」

 そんなわけで目隠しを外して下を見てもらうことにした。

 どこまで隠蔽出来たかは神あるいは彼らのみぞ知る。


 という一幕を挟みつつ作業を開始する。とりあえず一人ずつ研究室に招く。

 一人目、どうやら女性のようで姉か妹か、あるいは母なのだろうか。

 何がともあれ絵面が非常によろしくない。

 さっさと作業を始めるとしようか。

 あーいや、その前に少しくらいは説明をしておくか。

「初めまして」

「あ、初めまして」

「これから彼らを救うためにとある作業をします」

 我ながら説明がふわっとしているな。

「はい」

「しばらくして少し痛みを感じることがありますが、痛いくらいですので安心してください」

「はい」

「では始めます。利き腕はどちらですか?」

「右です」

 彼女が右手を上げる。

「ありがとうございます。

 では失礼しますね」

 彼女の右腕を手に取ると彼女の背中辺りに回す。

「あ、少し屈んでいただいてもよろしいですか」

「は、はい」

 手に取った腕を椅子の方へと誘導し、手のひらを椅子に添わせる。

「ここに椅子があります。どうぞおかけください」

「はい」

 はい、しか言わないな。

 まあ無理もないか。


 こんな環境下で小粋なジョークでも、なんてさすがに頭のネジが抜けすぎている。

 彼女が座ったのを確認して、今度は左腕を移動させる。

「ここに手を入れていただいていいですか?」

「はい」

 彼女が腕を機械へと入れていく。

 すこしして彼女の腕が止まる。

「あ、もう少し奥へお願いします」

「あ、すみません」

 彼女が椅子を寄せて腕を奥へと進める。

 よし、一回やってわかったが思ったより大変だ。

「では始めますね」

「はい」

……私、2回始めているな。

 まあ、声掛けは大事だ。いつ来るかわかっている方がいいだろう。

 いや、注射に関しては目を背けたりするあたりいつ来るかわかっていない方がいいのだろうか。


 しばらく機械が動く。

 案の定、痛かったらしく。痛いと小さく声を漏らしているのを聞いた。

 機械が動きを止めると検体を取り出す。

「あ」

 私も声を漏らした。

 私はその赤い液体を見て思い出した。

 そうだ。コレ採血用の機械だ。決してマクテリア採取キットとかではない。

 用法を守って正しくお使いくださいとはこのことか。

「えっとどうかしたんですか?」

 なぜか彼女も少し取り乱す。まあ、それもそうか。

 こんな状況で私が戸惑えば心配にもなるというものだろう。

 私とて歯の治療中にでも「あ」なんて言われた日にはとりあえず状況を、せめて安否について聞きたくなる。

「あの、すみません。もう一回いいですか」

 まあ状況を説明するのは面倒極まりないのでそこは割愛ごまかすとしよう。

「分かりました」

 意気込んでおられる。

 それもそうか。彼女が何者かは知らないが彼らに関係していることは明白。

 これで助けることができる。少なくともそういう認識ならばできる限りのことはするつもりなのだろう。

 この機械も彼女の思いに応えてくれるといいのだが。



 何とかマクテリアの採取に成功するが私はとあることに気づく。

 このマクテリア、誰用なのだろうか。彼女が彼らの関係者であることは明白だ。

 だが、彼女が彼らの内の誰と関係しているのかがわからない。

 聞いてもいいが手間がかかるな。

「えっと彼らの中にあなたと関係している方が居ると聞いていますが?」

 彼女が腕をさすりながら答える。

「はい、弟が」

「あ、あまり触らないように」

「あ、すみません」

 絆創膏もしてあるし、優しくさすっているだけだが、まあ触れないに越したことはない。一応注意は入れておく。

 で、どうしたものか。ここで弟さんの話を聞き出して思い出話とかされたらたまったものじゃないが。

 いや、彼女が知っているならそれでいいか。彼女の手を持ちマクテリアの入った容器を握らせる。

「これはその弟さんを救うためのものです。重いものでもないですが。大切な物なので落とさないようによろしくお願いします」

 彼女が多分こちらを見たのだろう。顔を上げる。

「分かりました」

 目こそ見えないが彼女と目が合ったような気がする。

 人間の耳って案外高精度なのだな。

 そんなことを思いながら彼女を送り出し次の人間へと行く。



……という大変な作業を何回か行った。

 採取できたマクテリアは4本。血液が7本だ。

 六割強が血液。むしろ彼女ソフィアの時にマクテリアが採取できたのが奇跡のようなものだな。


 そんなわけで私も船外に出ると弓野郎が最後の一人が降りるのを手伝っているように見える。

 一応降りるときだけは目隠しを外しているが何をしているのか。

 私は彼を詳しく観察した。

 彼の手には先程渡したマクテリアの容器が握られていたのだ。

 なるほど。梯子を下りるのに邪魔だったか。

 梯子から降り、容器を受け取っている姿を見て私という私に戦慄がとどろく。

 私は落ちるように梯子を下りると弓野郎の肩を掴んだ。

「おい小僧。聞くが彼女らは出てきた時と同じ物を持っているな?」

「はい、そう

 が、なんだ!?

「が!?」


「それがどうかしたんですか?」


「あー……そうか、いや、なんでもない」

 私は頭を抱える。


 日本語って難しいよな。


 少ししてレインが声を掛けに来る。

「彼らは大丈夫なんですか?」

「まあ、とりあえず第一段階は成功と言ったところだ」

 怖いのは第二段階だ。

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