聖夜(女性視点)

「先輩のことが好きです。私と付き合ってください」


 サークルの先輩・薫さんに告白してみた。


 正直あまり好きではない、というよりあまり彼のことを知らない。


 しかし彼は恐らくマゾヒズムだから私にとって都合が良いのだ。


 そう推測したのは読書会のときだ。谷崎潤一郎の短編「幇間」を読んでいる彼は口角の緩みを隠しきれていなかった。あの小説はマゾ的要素が盛り込まれていることで知られていて、もちろん私も知っている。


 とにかく私はそういうプレイができる人を探しているのだ。


「……」


 薫さんは依然として沈黙だ。なに惚けた顔してんだこいつ、ああ、顔を叩きたい。え、待って薫さんの頭に蜘蛛が乗っかってるんだけど、どういう状況これ、彼は今まで廃屋の天井裏にでもいたの。って、私と一緒にディナー行ってたじゃない、じゃあレストランで蜘蛛が上から彼の頭に着地したのかしら。だめ、今にも吹き出しそう、堪えなきゃ。てかこいつ、いつまでボケッとしてんだよ叩くぞ。


「あ…あの…先輩…?」


 笑いをこらえながら薫さんに訊ねてみる。


 彼はハッとした顔になり、急にオドオドし始めた。


「あ、あぁ。そうだね。付き合おうか」


 薫さんはぎこちなく答えた。彼は女性経験ないんだわ、可愛いじゃない、分かってたけど。


「ほんと⁉ 私、いまとっても嬉しいです!」


 私は薫さんの様子を楽しみたくて敢えて彼の手をギュッと握ってみせた。


 ほら、どうせ女に触れたことなんてお母さんぐらいなんでしょ。思う存分興奮すればいいわ。


「そ、そんなにかい? そうか。何だか僕も嬉しいよ」


 彼はさっきと同じように挙動不審に答えた。


 それから私たちは手をつないだまま少し余韻に浸った。


 そろそろいいかな? って思ったところで私は早速家に誘うことにした。


「これから…その、私の家に行きませんか?」


 もちろん邪な心満々だ。何だかんだで女の方が欲求不満なものなのよ。それに聖夜に蠟燭責めとか最高に燃えるじゃない。


「…え?」


 薫さんは素っ頓狂な声で聞き返してきた。


 あ、もしかすると本当に初心な人なのかしら。


 いや、官能小説でにやけ面になる男なんだからむっつりスケベって奴でしょ。

 私は適当に取り繕ってみた。


「ほ、ほら! 雪が降って寒くなってきたわけですし! ずっと外にいたら風邪ひいちゃいますよ!」


 そう私が言うと彼は静かにコクリと頷いた。


 ああこれからが本番だわ。どういう風に虐めてあげようかしら。でもいきなり露骨に責めてしまうと彼にトラウマを与える可能性があるから、まずはソフトなプレイから始めて開発してあげよう。あ、でもやっぱり今日はせっかくのクリスマスなんだから蝋燭は使いたいな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】聖夜 お茶の間ぽんこ @gatan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ