第2話 嶋村くん、布切れに襲われる


「じゃあね、また明日!」

「おう、気をつけてなー」

「ばいばーい」

 駆け出すように教室を出て行く嶋村を見送り、三人は顔を合わせた。

「また行くんだ」

「あれから毎日だな」

「なんか情報ねぇの?」

 机に突っ伏しながら石井が訊ねる。

 石井自身も中学の同級生などに変わったデザインのセーラー服の学校など聞いてみたが空振りだった。

 琴吹と弓削も首を横に振る。

「明日休みじゃん、あいつあの辺り歩き回るって言ってたぞ」

「情熱嶋村だね、なんか意外」

「……浮かない顔だな、マーク」

「嶋村大丈夫かなって。なんかあの公園やばい雰囲気あんだよ。お化けに取り憑かれたりしてないか?」

 そんな馬鹿な、と笑い飛ばせなかった。ふたりもなんとなく、あの公園に嫌な感じを覚えていた。

「お化けに恋した、って事?」

「えーちょっと洒落なんないよ。せめて二次元であって欲しいかなー」

 と、急にSNSの通知音が鳴って三人とも肩を震わせた。

「ごめん、私だ」

「ミドリ〜」

「姉さんからだ」

 スマホを確認する弓削の言葉に石井が目を丸くした。

「弓削って、姉ちゃんいるんだ」

「いるよー、葵さん。三つ上だったかな。どして?」

「すげー長女っぽくね?」

「あはは、なんかわかる。なんだったの葵さん」

「朗報、かな。姉さんが例の変なセーラー服を着てる子を見つけた」

 弓削が見せたスマホの画面に視線が集まる。

 遠くから拡大して撮ったと思しき若干荒い画像に、黒髪を白いリボンでゆるいおさげにした、和服のようなセーラー服姿の少女が映っていた。

 雑踏の中で何か買い物をしている様子だ。

「これ商店街かな? 商店街だね、あそこの八百屋さんかなぁ」

「おそらく。実在したんだな、嶋村の妄想や幽霊でなくてよかった」

「ああ、さっそく教えてやろうぜ。弓削、その画像嶋村に送ってやってくれ」

 が、弓削は眉間にシワを寄せた。整った顔立ちをしていると、そういう表情も絵になる。

「どした?」

「いや、嶋村の連絡先を知らない」

 言われてみれば放課後や休日に連絡を取り合うような事がなかった。

「あーちょうどいいや、俺から送っとくからアドレス交換しようぜ」

「え、石井と?」

「なんで嫌がるんだよ……」

 ふたりのやりとりを見て、琴吹は声をあげて笑った。


「やっぱ、いないか……」

 誰もいない公園に、さすがにため息が漏れた。

 猫の額ほどの小さな公園だ、それでもどこかにいやしないかと嶋村は何度も周囲を見まわした、が、やはりいない。いるわけがない。

 今日で五日目、たった一度の偶然に縋るだけでは望みがないかもしれない。

「でも明日は学校休みだし! がんばって探し回ろう!」

 しかし諦めない。

 諦めたくない。

 諦められるわけがない。

「もう一度あの子に会うんだ!」

 自分を鼓舞するために声を張り上げる。

 と。

「うん?」

 背後に何かの気配を感じた。

 もしやあの子か?

 淡い期待を抱いて振り返る。

 が、誰もいない。視線の先では木の枝にぶら下がった布切れが揺れているだけだ。

 ……風もないのに。

「あの布……ずっとあるな?」

 枝にぶら下がっているだけの布が、五日もそのままになっている。

 そういうこともあるだろうが、なんだかおかしい。

 今この時だけはあの子のことが頭から離れた。

 そもそもなんだ、あの布切れは。

 タオルだろうか、だとしてもなぜあんな所に?

 ゆっくり近づいて行く。

 傍目にはただの布切れだ。破れてほつれてぼろぼろの薄汚れた白い布切れ。

 どこかの洗濯物が風で飛んできて引っかかってそのままになっている? 多分そうだろう。でも、何か、怪しい……

 あと一歩進めば、手が届く。

 と、いうところで、カバンの中で携帯がヴーヴーと震えて着信を告げた。

「わっ! ……っくりしたぁ」

 メールやメッセージではないようだ、ずっと震えている。

 慌てて取り出すと相手は石井だった。

「もしもし、どうしたの?」

『あー出た出た。お前メッセージ見てないだろ、今どこ、例の子会えたか?』

「今公園、今日もいなかった。メッセージ? ごめんずっとカバンの中だったから」

『弓削の姉ちゃんがそれっぽい子を見かけて写真撮ってくれたんだ。それ送ったんだよ。俺たちじゃその子かわからん、確認してくれ』

 その言葉に心臓が跳ねた。

「え、ホント!? すぐ見る!」

『待て、場所はその辺りにある商店街だ。俺知らないけど、知ってるか? そこの八百屋で買い物してたらしい。行って聞いてみろ』

「あ、ありがとう! ありがとうマーク! 弓削さんにもありがとう言っておいて!」

『おう、健闘を祈る!』

「ありがとう!」

 通話を切り、震える手でSNSを開く。

 メッセージはだいぶ前、学校を出て少しの頃に届いていた。

 そして画像を開く。

 一瞬心臓が止まった気がした。

 あの少女がいた。

 鮮明ではないが、あの子だと分かった。

 喜びに心が震えた。

 彼女はいる。

 しかもこの近所に。

 商店街は知っている、見切れているがこの八百屋も知っている。

 今すぐ行こう。陽はだいぶ傾いているが、まだ営業しているはずだ。話を聞けば何かわかるかもしれない。

「行かなきゃ!」

「やっぱりよぉ、小僧、これカナエじゃあねぇか」

 携帯をしまい、駆け出しかけた嶋村だったが突然割り込んできた声に足を踏み出せなかった。

 声はすぐ耳元で聞こえた。

 視界の端に白いものが見える。

「小僧、何してんだ? なんでカナエを調べてるんだよ?」

 カナエ? カナエってなんだ?

 それより誰だ、この公園には俺しかいなかった。

 振り返る。

 白いものが目の前にいた。

 ぼろぼろの、ほつれて破れて薄汚れた白い布切れ。

 それがゆらゆら揺れて、まるで目のような破れ目が、怪しく光って嶋村を……

 睨みつけた。

「う、うわ……!」

 布切れが素早い動きで嶋村の口元に巻きついて悲鳴を封じる。口元に感じる感触はタオルというより手拭い、綿100%って感じだ。

(そうじゃなくって、なんだこれ! なんか、龍みたいになってる)

 鎌首をもたげて威嚇する蛇のように、布切れの顔らしきところが大きく口を開けた。

(た、食べられる!?)

 いやだ、こんなわけもわからないまま、あの子に会えないまま死にたくない!

 口元に巻き付いた布切れを必死に剥ぎ取ろうとするが、びくともしない。

(ボロ切れなのに!)

「無駄な抵抗はするんじゃあねぇぜ。大人しくしてれば苦しまずにぇっ!?」

「なにしてんのアホー!」

 可愛らしい怒声と共に誰かが割り込んできた。

 嶋村の眼前を疾風のような速さで拳がよぎり、布切れの龍を殴り飛ばした。

 するりと巻き付いていた部分から解放され、嶋村はのけぞった。

 おかげで。

 フォロースルー中の彼女の顔を、目を、バッチリ見ることができた。

(瞳がほんのり赤い……夕陽じゃあなかったんだ)

 まつ毛が長いな、と思った。

 途端、お尻に衝撃が来た。

「あぃった!」

 勢いあまって尻もちをついてしまった。

「だ、大丈夫!?」

 少女が驚いて目を丸くする。

 気遣わしげに自分を見る少女の目に優しさを感じて、嶋村は喜びと安堵を感じる。

(良かった)

 正直、不安があった。

 ほんの一瞬の邂逅、少女の姿を美化していないか、見目麗しくとも性格が酷いのではないか、そんな事は有り得ないと断言は、さすがに出来なかった。

 でも、

「えっと……かす、ってました? あ、当たってないですよね? アゴですか!? 漫画でよくあるアゴかすめて脳震盪とかなんとか!?」

「お前のパンチえげつないからなぁ」

「うねりさんは黙っとってください〜!」

 ゆらゆら、あるいはふらふらしながら、殴り飛ばされた布切れが戻ってきた。

 なんだか知り合いのようだ。

 しかしそれよりも、少女が今にも泣き出しそうなほど狼狽し出した。

 原因が、自分がいつまでもなんの反応も示さないからだと……見惚れていた嶋村はようやく我に返った。

「だ、大丈夫! 大丈夫だから、ちょっとバランス崩して転んだだけだから……大丈夫……」

 立ち上がると、少女は嶋村の肩より少し高いくらいだった。

 見下ろす目と、見上げる目がちょうどいい位置と角度で重なる。

 心臓が早鐘を打っている。

 何事もなく立ち上がったことで安堵したが、再び黙りこくってしまったので、少女はまたしてもあたふたし始めた。

 その様子を可愛いと思う一方、嶋村は意を決して……いや、意はすでに決していた。

「好きです」

 人生初の告白。

 気持ちは不思議なほど落ち着いていた。

 胸の奥から湧き出る想いをただ口にしただけ。

 素直な想いをストレートに口にした。

 だから、唐突で突然だったけれど、それは十全に少女に伝わった。

 少女はポカン、とし、言葉の意味を理解して耳まで赤く染めた。

「ま、待って! い、いきなりなに!? 会ったばっかりでいきなりそんな! ……あれ? どこかで会ったことある?」

「この前、ここで。すぐ逃げられちゃったけど」

「……あー! わかった、あの時の!」

「覚えててくれたんだ! 俺、その時一目惚れして、ずっとまた会えないかなって毎日ここ来てたんだ」

「あーなるほど、そういう事か」

 興奮で一気にまくしたてる嶋村の言葉に布切れが相槌を打つ。

「なるほどなるほど、このご時世になかなかの純情少年じゃあねぇか。うん、俺は気に入った。少年、さっきは悪かった、俺の早合点だった。許してくれ」

 などと急にフレンドリーになった布切れに……嶋村は改めて(あれ、そういやこれ、なんだ?)と思った。

「えー……と、うねりさんは白うねり言う、いわゆる妖怪って呼ばれる人たちのひとつです。ってそうやうねりさん、なにしてるんですか。ひと襲っとったら祓わなあかんとこだったんですよ!」

「わぁるかったって。ちょっと驚かすだけだったんだよ。実際怪我はしてないからいいじゃねぇか。なぁ、少年?」

「え、あ、はぁ……妖怪? 白うねり?」

 冷静になるとして今度は嶋村が面食らう番だった。

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嶋村くんと諏訪野さん @kody24

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