第6話

「……なあ、アイカ」


「なに?今大事なところなんだけど」


 アイカの顔が吐息がかかる程近くにある。


「……これ、女の格好だよな?」


 俺は自分の身体を見下ろした。

 白のフリフリが邪魔なシャツに、膝から下が露出した黒のスカート。

 頭にはウィッグというものを被せられ、黒髪が肩あたりにまで伸びていた。


「顔動かさないで」


 自分の格好見てたら怒られた。

 顔を正面に向ける。


 目の辺りに何か描かれる。


「……なあ、これ化粧だよな?なあ、俺の世界にも一応化粧あるの忘れたか?」


「日本では男も化粧するんだよ?」


 ……本当だろうか?

 でも、そこら辺の常識は確かに習ってないんだよな。

 ここはアイカを信じるか。



◇◆◇◆◇◆



「リオこっち見てー」


 嵌められた……っ!

 アイカに案内されて来た、ショッピングモール。そこですれ違う人たち。

 その中にスカートを履いている男の姿はなかった。


 アイカが満面の笑みで俺にカメラを向ける。


「覚えてろよ、アイカ……っ」


「顔赤いよ?熱でもあるのかな?」


 くそ。馬鹿にしやがってっ。


「早く、服買いに行くぞ」


「だめ。まずはゲームセンターから」


 アイカが俺の手を引いて強引に歩き出す。


「おい、まずは服だ。というかゲームセンターってなんだよ?」


「たぶん気に入ると思うよ。その服装が気にならないくらいには」


「はっ、そんなことあるわけないだろ。少し寄ったら服だからな?」


「もちろん」


 俺の手を引くアイカが勝ち誇ったように笑った。


 あー、スカート落ち着かねぇ。



「おい、見ろアイカ!メダルがこんなにっ」


 めちゃくちゃ面白かった。


「まだまだだね、リオ」


「……お前、その量はどうやって?」


 同じゲームをやっているアイカのメダルを見ると、最初の十倍くらいの量があった。

 二倍で喜んでた俺が馬鹿みたいじゃん。


「経験かなぁ」


 アイカが自慢気に笑う。

 ……すげぇ。俺は普通に尊敬してしまった。


「それより、あまり足開いてるとパンツ見えるよ?」


「……っ!」


 アイカから指摘されて、俺は急いで足を閉じた。


「……ちっ」


「え?」


 斜め前のおじさんに舌打ちされた。

 ……なんかスマホ向けられていたんだが?


 あ、あまり深く考えないどこう。



「あれれー?リオ、画面の動きに合わせるだけだよー?」


 くそっ!

 次は画面の中で踊ってる人を真似するゲームなんだが、外からの野次にイライラを募らせていた。


「スカートの丈が短過ぎんだよ!」


 ちょっと動くだけでスカートの端が上がる。

 仕方ない、重力魔法でスカートが捲れないように……


「リオ、魔法はだめだよ?」


 間髪入れずにアイカから注意される。

 

「まじで、覚えてろっ」



「はあ、はあ、はあ……」


「お疲れ、リオ。スコアは私の半分だったけど、可愛かったよ?」


 憎たらしい程の笑みで俺に近づくアイカ。


「アイカの方がスカートの丈長いんだから当たり前だろ。つか、もういいだろ。服買いに行くぞ」


「仕方ないなあ。じゃあ、服買いに行こっか。でも、その前にお手洗いに行ってもいい?」


「ああ。ここで待ってるな」


 アイカが俺の元を離れ、一人になる。


 たく、なんでこんな格好させたんだよ?俺に恨みでもあったのか?

 俺が何したって言うんだよ。


「ねぇ、そこのお姉さん。一人?」


 つか、この格好無理があるよな。

 俺の身長は女子と比べて高いし。


「無視?酷いなー。ねぇって」


 いきなり、知らない男に腕を捕まれた。


「あ?」


 咄嗟なことでついつい睨んでしまった。


「……っ」


 男は俺の顔を見て怯んでいた。

 黒の前髪を分けた、カッコいい男だ。身長もすらりと俺よりも高い。


「あ、悪い。それで、なに?」


「い、いや、一人みたいだから一緒に遊ばないかなーって」


 男が顔をひきつらせながら言う。


「俺はいいけど、アイカが良いって言うかだな。ちょっと待ってろ。もうすぐアイカが来るはずだ」


「あ、うん」


 無言で待つこと数分、アイカがトイレから出てくる。


「お待たせ……て、誰?」


 アイカが男を見て困惑の表情を浮かべる。


「なんか、俺たちと遊びたいらしい。名前は……知らん」


「リオ、それナンパだよ」


「難破?」


「ううん、そっちの難破じゃない。男性が気になった女性に話しかけるのをナンパって言うの」


 ……ナンパかぁ。言葉の意味は分かった。

 でも、だったらおかしくね?


「俺、男だからそれはナンパじゃなくないか?」


「…………え?」


「ふふっ」


 男が唖然として、アイカが笑い出す。


「ま、待って。き、君は男なのかい?」


 我に返った男が俺に問いかける。


「いや、どう見ても男だろ。この服はアイカに騙されて着せられたのであって」


「っち、紛らわしいんだよ!」


「え?おい、紛らわしいってなんだよ?」


 男が何故か怒って去っていった。

 遊ばなくてよかったのか?


「勘違いされたんだよ。リオ、可愛いもーん」


「…………はあ!?」


 そういうことだったのか。誠に不本意だけど、あの男には俺が女に見えたらしい。


「はいはい、そんな照れない照れない。服買いに行こう?」


 アイカが俺の手を取り進む。やっと、服を買いに行く気になったみたいだ。

 俺はアイカに着いて、



「待て」


 俺はアイカの手を引き足を止める。


「ん?どうしたの?」


「……来る」



 轟音。そして、地響き。

 照明は落ち、賑やかだった空間は静まり返る。



『あーあー、俺たちは冒険者だ。今からここを占拠する。無駄な抵抗をする奴は殺す。逃げる奴も殺す。うるさい奴も殺す。なんとなく気分でも殺す。以上』



 ショッピングモール全体に渋い男の声が響き渡る。

 次には、悲鳴が轟いた。


「なあ、アイカ。これって、日常茶飯事なのか?」


「――なわけないでしょ!?テロよ!テロ!嘘でしょ……日本でこんなこと。魔法とかができたから?んーもう、リオ!」


「20人ぐらい。一人強いぞ」


 魔力を探知して、アイカに伝える。


「私より?」


「なわけ」


 勇者より強い奴がいたら、それは魔王だろ。


「行くよ、リオ……折角のデート。邪魔した罪は重いから」


 アイカが静かに怒っていた。

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異世界召喚された勇者がニホンに帰るらしいから勝手に着いていくことにした 猫丸 @nekomaru2

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