(6)


 楚天華は、小華だ。間違いなく、呪妃の下僕だった小華だった。

 天華の腕に囲われた檻の中で、晩霞は愕然とする。「この千年」と言っていた。ならば、天華もまた、晩霞と同じように転生したのだろうか。

 そこに第三者の声が掛かる。


「殿下」


 低く通る声。いつか、地下牢で聞いた声に似ていた。

 はっと顔をそちらに向けると、いつの間にか室内に三人の男達がいる。一人はスーツを着た痩せ型の男。一人は警備員の制服を着た大柄な男。最期の一人は作業服を着ていた。

 そして、彼らの顔にもまた見覚えがあり、晩霞の心臓は大きく跳ねる。ドクドクと身体全体の血管が脈打つのが分かり、眩暈と頭痛がしてきた。

 スーツの男が、微笑みながら静かに言う。


「ようやく呪妃を捕らえたようですね。これで我らの念願が叶います」


 文官――霍景良によく似た男は、天華から晩霞へと視線を向ける。その目は、かつて呪妃の罪状を述べていた時の目とそっくりだった。

 晩霞は緊張で乾いた口を開く。ここで自分が呪妃だと、素直に頷けるはずがない。


「何の、ことでしょうか。あなた達は、一体……」

「この期に及んでシラを切る気か? 相変わらず諦めの悪い女だな」


 吐き捨てるように言ったのは警備員の男だった。

 この荒っぽい口調と蔑む目つきもまた、よく覚えている。呪妃に剣を突き付け、後宮から無理やり引きずり出して無様な姿を皆の前に晒させた。将軍の劉玄真だ。

 最後の一人、作業服の男もまた、場にそぐわぬ呑気な笑みを見せる。


「久しぶりだね、呪妃さま。あなた、ちゃんと記憶あるよね? でないと俺達のこと調べたりしないし。歴史から綺麗に消したはずの俺達の名前が検索された時、思わず『キター!』ってなっちゃったよ」


 得意そうに笑う姿は、呪術師の漂雲とそっくりだった。呪妃が作っていた呪具を見せびらかしながらすべて壊した時のように、一枚のハンカチを取り出した。

 赤いお守り袋と共に捨てたはずの、晩霞のハンカチだ。


「しかもちゃんと力もある。いやあ、よかった。これでやっと呪いが解ける」

「呪い……?」

「あれ、覚えていないの? 言ったでしょう。死ぬよりも恐ろしい呪いを与えてやる、千年悠久の時を苦しむがいい――と」

「っ……」


 ズキリと頭に痛みが走る。激しい頭痛に脂汗が滲んだ。

 呪い? 自分を追いつめた四人に?

 そんな記憶はない。覚えていない。だいたい、あの時の自分にそんな力は無かったはずだ。呪具を奪われ、囚われていた。

 強くなる痛みに頭を押さえる晩霞に、天華は顔色を変える。


「どうしましたか、我が君。大丈夫ですか?」


 心配そうに差し出された天華の手を振り払い、彼の腕の檻から逃れようと身体を捻るも、足が縺れた。力の入らない膝が崩れて、床に倒れそうになる。

 そんな晩霞を天華がすかさず支えた。


「我が君!」

「……いや、だ……はなれて……」


 むずかる子供のように身を捩る晩霞を天華は片腕で抱きかかえ、もう片方の手で優しく頬を撫でてくる。


「お願いですから、どうか怖がらないで。私は貴女を……」


 天華の声が遠くに聞こえる。がんがんと激しくなる頭痛に、聴覚も視覚も鈍っていく。

 だが、晩霞の耳には天華の声が最後まで届いていた。


『私は、貴女を傷付けることは絶対にしません』


 そうだ。

 あの時も、彼はそう言っていた。

 そう、言っていたのに。


「……うそつき」


 裏切ったくせに。

 私を――呪妃を、裏切ったくせに。


 叫び出したくなる激情も痛みに掠れて、意識ごと薄れてしまう。

 抗えない痛みと遠ざかる意識に閉じた晩霞の瞼を、そっと指が撫でる。その指が眦を伝う涙を拭ったことを知らぬまま、晩霞は意識を失った。


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千年呪妃 黒崎リク @re96saki

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