彼方へと悪夢を
紫鳥コウ
彼方へと悪夢を
床の間に
佐助は、このお雪のことを「
朝日の煙に眠りを破られたお雪は、目をこすりながら起きあがった。「もう朝ですの」と聞く彼女をそっと抱き寄せて、「まだ夜更けだよ」と囁いた。「じゃあもう少し寝ようかしら」「それがいい」「あなたは寝ませんの?」「これを
嫌な夢を見たのだと彼女は言う。しかしどういう夢だったのかは、すぐに忘れてしまったのだという。床の間の珊瑚の念珠に目をやる。今度こそ良い夢を見るのだと彼女は
自他ともに認める色男といえども、実の兄の妻にまで手を出したら
だが、その策謀は瞬く間に兄の知るところとなり、散々
朝日を吸いきると蒲団にもぐりこみ、お雪を後ろから抱いた。こうすれば、いくらか悪夢もやわらぐだろう。事実、あのころの自分は、女性と何度も肌を重ねながら、悪い夢を眠りの中から追い払っていた。義姉はいま、なにをしているのかしら。そういうことを想うと、また良くない夢を見てしまう。だから「好色一代男」を止めるわけにはいかない。
「うちの実家に、猫がいるの。白と茶と黒の毛色をした、ちいさくて大人しい猫。その猫がね、もう助からないって分かってから、弟に、ぴったりとひっついて離れなかったらしいの。ずっと、弟の
次の間へと続く
「ふたりは、喧嘩をすることでしか、愛し合うことができなかったのかもしれないわね。弟のいなくなったあと、うちの猫は、だれから愛を受けとることができるのかしら……」
少しの打撃で消え入りかねないほど、もろい声をしている。両手で大切に持たなければ、瞬く間に
そのとき、
「憎しみあいながら、愛しあうくらいが、ちょうど良いのよ……」
お雪の肩が震えているのが伝わってくる。それを抑えこむように、このまま抱きしめてもいいのか、それとも背中を向けて放っておくべきなのか、すぐには判断がつかなかった。
さきほどの鳥の声が、兄と
彼方へと悪夢を 紫鳥コウ @Smilitary
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