12/24(日) 購入

 腕を組み、リボンの箱と猫の箱を目の前に並べてわたしは唸っていた。


「うぅ……」

「どちらかひとつですよ」

「わかってる! 邪魔しないで!」

「はいはい」


 厳密に言えば、今日はイブ。クリスマスは明日だ。でもクリスマスプレゼントはサンタさんからでなくとも、クリスマスの朝に欲しい。なんとなく夜じゃだめなのだ。クリスマスのテンションというのはイブの夜がマックスで、二十五日の夜は「もう終わってる」感があるのだ。なんとなく。


 だから絶対、今日決めなければならないのだ。


「ね、そう思わない?」

「はい?」


 聞き返されたが、説明はしてやらない。どうせ「うちは神道ですから」とか言い出すだけだから。


 わたしは目を閉じて悩んだ。自分の部屋を思い出し、その机の上に箱が置いてあるさまを想像した。可愛らしい星砂糖の空き箱か、ちっちゃな段ボールか――本棚の上に飾ってもいいし、引き出しにしまっておいてもいい。枕元にはちょっと可愛いガラスのランプシェードの読書灯を置いてあるので、その下というのもアリだ。


「んんぅー……」

「あみだくじで決めたらどうです?」

「うるさい」


 この店員、いや、店主。どうしてこんなやつなんだろう。普通、こういう店のあるじというのは人生にひとつきりの宝物を選ぶのを急かしたりしないし、というか、むしろ一箱開けるたびにその品物にまつわる素敵な物語を聞かせてくれたりするものじゃないんだろうか。何が「瞳孔ってそういうものですよ。高校生なのに知らないんですか?」だ。


「質問しても普通に『さあ』とか言うし……」

「もしかして、私の悪口ですか?」

「そう思うってことは、ちょっとは自覚あるわけ?」

「ないですね」


 ほら!


 ……ほらこういうところだ!


「ルミナスクレイジーとかって、おに、おっさんの趣味なの?」

「言い直さないでください。クレイジールミナスビートルです。昔からやり取りのある工房の新作を入荷しているだけですよ」

「ふうん……よし、決めた!」


 大声で宣言すると、店員がビクッとしたのでちょっと笑った。


 わたしがカウンターへ置いた箱を見て、彼は目をぱちくりさせる。さもありなん。


「……これは、まだ開けていないのでは?」

「クリスマスの朝に開けるプレゼントはさ、やっぱサプライズが粋じゃない?」

「そういうものですか」

「そういうものよ!」


 そう断言したわたしに店員は苦笑すると、手にした箱の底から丁寧に値札シールをはがした。白い貝の板を嵌め込んだ黒檀の小箱が、透けるような白い紙で包まれてゆく。流石に慣れているのだろう、思わず見入ってしまう素早く正確な手つきだ。


「……お好きだと思いますよ、とても」


 紙のこすれる音の合間に、店員が囁くように言った。


「これ、当たり?」

「あなたにとっては、きっと」


 わたしがにやりとして財布を開こうとすると、店員は白い紙の上から深い紫色のリボンをかけながら「いえ、結構です」と言った。


「え?」

「私からプレゼントしましょう、クリスマスですから」

「……いいの?」

「ええ」

「あ、ありがとう、ございます」


 おずおずと頭を下げたわたしをちらりと眼鏡越しに見上げて微笑んだ店員は、過去最高にイケメンだった。プレゼントをくれたからじゃなくて、絵になる角度と表情だったという話である。


「……え。じゃあもしかして、わたしはもう一箱買っていいとか」

「流石にそう都合よくはいきませんよ」

「ですよね……」


 少しがっかりしたが、悔いはない。まあ、どこかよそであのリボンとか猫とかを持ってる人を見かけたらちょっと嫉妬するかもしれないが、それでも自分で選んで決めたのだ。


「メリークリスマス、でいいんですかね」

「うん、ありがとう」


 美しく包装された箱は、見かけより少し重い。何が入っているのだろう。待ちきれない期待を抱えて、わたしは店員に笑顔を向けた。


「じゃあ……昼から用事あるから、そろそろ」

「ありがとうございました」

「うん」


 カラン、と乾いた音を鳴らして背後で戸が閉まる。わたしはスキップしたいような浮かれた気持ちで駅までの道を歩き始めた。


 まだ『陰翳礼讃』を返してもらっていないのは、あえて言わなかった。



〈了〉

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一箱屋(アドベントカレンダー2023) 綿野 明 @aki_wata

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