12/23(土) ティアラ
毎週土曜の午前中は部活だが、昨日が終業式だったので今日は休みだ。冬休みの部活は毎日平日の午前。年末年始は一週間の休み。
いよいよラスト二箱、となんとなく覚悟を決めたような気持ちでドアを開けると、カウンターでは店員がコーヒーを飲みながら『陰翳礼讃』を開いている。
「いらっしゃい」
「いいでしょ、それ」
「いいですね。もともと映像が脳裏に浮かぶような文章ですが、写真があると知識不足を補填してくれるのが助かります」
「お兄さ、おっさんでもそうなんだ」
「いまなんで言い直したんです?」
店員が眉をひそめ、眼鏡を外して立ち上がった。怒られるのかと思ったが、何やら店の奥をごそごそやって、一つの箱を手に戻ってくる。
「なにそれ」
「お嬢さんの、お望みの品ですよ。注文していたのが届いたんです」
「お望みの品?」
わたしは思い当たるものがなくてぽかんとしたが、店員は特に説明することもなく、今度は店の棚を漁り始めた。ひとつ、ふたつ、みっつと次々に箱を手に取り、まとめてカウンターに乗せる。
「……あ」
「わかりましたか」
「じゃあ、もしかしてそれって」
「お察しの通り」
店員が綺麗なブルーの紙箱を取ると、中から現れたのは大きな宝石箱だった。縁取りの銀細工と、蓋のカメオが美しいジュエルボックスである。
「今日の一箱はこれでいいですね?」
「もちろん」
差し出された一箱を受け取る。棚から取り出されたそれは、他の三箱より大きめでずっしり重かった。
「まだあったんだ」
「ええ。それで全部です」
わたしはドキドキしながら、そうっと蓋を開けた。中身は予想通り、不思議なガラスが嵌め込まれたティアラである。
「綺麗……」
「箱も中身も知り合いの工房の先代の作だったので、注文記録を見せてもらえたんですがね。結婚式用に、婚約指輪と揃いのパリュールを誂えさせたみたいですよ。センスのいい旦那様だったようで」
「でっかいダイヤとかじゃなくて、綺麗なガラスっていうのがロマンチックだよね」
「まあアンティークですから、もしかするとそれ以上の価値はありますが」
「値段じゃなくて、選び方が安直じゃないのがいいんだよ」
「そういうものですか」
「そういうものでしょ」
キラキラと、しかしどこか仄暗くきらめくティアラを、そうっと箱から取り出した。店員が気を利かせて、新品の箱の蓋を開けてくれる。
「ここでいい?」
「ええ」
わたしがティアラを一番奥に乗せると、店員が手早く残りの箱を開け、首飾りと耳飾りを開いたスペースに嵌め込んだ。
「そっか、結婚式用だから腕輪がないんだね。ウェディングドレス、手袋するもん」
「そうですね――婚約指輪だけは別で注文されていましたが、一応場所を作っておきました」
ここに、と言いながら店員がティアラの真ん中に指輪を差し込んだ。
「うん。結婚したら着けないもんね、婚約指輪」
「というより、あなたが『寂しそう』と言ったからそうしたんですが」
「……そうなの?」
なんとなく店員の顔を直視しがたくて、わたしは手元に目を落とした。一つの箱におさまったジュエリー達からは、あの涙があふれそうな潤みが消えているように見えた。甘くあたたかなココア色が、前よりも少し鮮やかになった気がする。
「……よかったね」
「一箱になりましたが、買いますか?」
店員がそう言ってにやりと笑う。どうせ高校生が買えるような額じゃないんだろう、とわたしはため息をつきながら一応値段を聞いたが、想像の何倍も高額で思わず目が点になった。
「……やるね、旦那さん」
「この色と大きさのルースを揃えるために、世界中探し回ったそうです。注文を受けた職人がうんざりするほどベタ惚れだったそうですよ。隙あらば終わりなき惚気話が開始されたとかで」
「だろうね」
お金と愛は比例しないが、愛を感じるお金の使い方というのもあるんだろうな……とわたしはしみじみ考えながら店を後にした。
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