告白
「浩一、すぐ帰ってったな」
「よっぽど電話の相手は青山さんの帰りを待ってるんだろうな。それなら最初から同窓会に行かせなきゃいいのに」
浩一が慌てて最寄り駅にまで駆けて行き、微かに雪が舞う夜道に残されたオレたちは、静かに会話をしながら自宅までの道を歩いていた。
「それにしても別れる直前、青山さん、俺のことを煽ってたよな? 電話の相手と俺が似てるなんてさ、バカにしてるでしょ。俺は別に電話で早く帰ってきて欲しいとか言っちゃうほど寂しがり屋でもヤキモチ焼きでもないんだけど」
「バカにしたつもりはなかったと思うぞ。アイツはつい嫉妬をしてくるパートナーのことが可愛くて仕方がないんだろうし、勇みたいになかなか素直になれない弟みたいな奴を可愛がってくれてるだけだって」
「小さい頃ならまだしも、高校生にもなってあの人に可愛がられたくもないけどね。つか可愛がってるっていうかおちょくってるだけじゃん、あの人の場合」
幼い頃はオレと浩一の背中を追いかけ「遊んで」と乞うていたはずの勇が、年を重ねるにつれて何処か冷たく距離を置いているように感じてしまうのは自分がまだ勇を子供扱いしているからだろうか。もうそろそろ身長も抜かれてしまいそうなほど成長し、大人になり始めている勇からの脱却が図れない証とも取れる。
だがあの頃と今とで違うのは、オレとコイツが恋人同士であることだ。距離を置かれてしまったら、オレよりも魅力的な人間に出会ったのだろうと不安がり、彼の将来を想えば別れることさえ考えるべきと思い至る。
しかし実行に移せないのは――オレが勇を好きだからだ。過去、弟のように思い心配し背中を追いかけて来てくれるその様子に胸を躍らせたのとは違い、今は弟ではなく、歩幅を合わせて隣を歩き、愛のもとで汚らしい欲望さえも抱いているのだ。
「いーや、オレにとってもお前は可愛い奴だよ。今と昔とでは可愛いの意味合いが違うけど、そう気付かせてくれたのは勇が何度も告白をしてくれたからだ。それまで見せたことのなかった真剣な顔して想いを溢れさせてるお前の好きだって言葉が気付かせてくれたんだ。ありがとな、勇」
「ホントらしくないな。トモがそんな風に俺への気持ちをぶつけてきてくれるなんて。びっくりしちゃうよ、慣れてもないし」
照れたように俯く勇が静かにオレの冷えた手を握った。周囲には通行人がいて、つい振り払いたくなってしまうがそれが叶わないほど力強く握られている。
「けど、その……本当は同窓会に行ってほしくなかったとか……トモを独り占めしたいとか心では思ってるのに、普段は全然素直になんかなれない俺を好きになってくれて、ありがと」
今日は久しぶりに感じた勇の手のひらの熱と感触に全てを委ねてしまうことにした。
「手、離さなくてもいいのかよ」
「いいんだよ。今日は、このままで」
雪が舞う夜道。オレら以外の通行人がいても関係ない。数メートル先で点滅しかけている横断歩道へ急ぐこともなく、絶えず手を繋ぎ続けてしまおうと決めたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
帰宅したオレたちは、冬の夜風で冷えてしまった体を温めるようにソファーの上で横並びに座っていた。相変わらず手を繋いだままで互いの呼吸音だけが室内に響き渡っていたが、同時に体の内側から熱くなってしまうような緊張感に包まれていた。互いの手のひらには無意識に力がこもり、何も言えぬまま静かに時が過ぎていく。
テレビも点けず、どちらかが口を開くのを待っている状況が続いた。
「トモ、俺の話、聞いてくれる?」
先に沈黙を破ったのは勇だった。短く「ああ」と相槌を打ち頷くとゆっくりと言葉が紡がれる。
「帰り道でも言ったけど、ホントはさ、同窓会になんか行ってほしくなかったんだ。二人でトモの誕生日を祝いたかったから。正直俺は素直に喋れるような奴じゃないって自覚はしてるんだけど、誕生日当日までに何度も何度も言おうと思ったんだ。誕生日の日は予定を空けといてって。そんで特別なお祝いってか、あまりにも高いプレゼントは用意できないから、その日くらいは俺がご飯を作ってあげたりとかしてさ、普段抱いてるトモへの感謝だったり、気持ちを伝えたかった」
一呼吸を置きながら丁寧に囁かれる本心の数々に胸が熱くなるようだった。普段は口が悪く冷たい言い方をしてくるような勇だが、優しく温もりのある口調で語ってくれる気持ちに笑みが零れる。
ゆっくりと目線を合わせては再び耳を傾けた。
「トモ、大好きだよ。俺なんかまだまだ子供っぽくて、トモからしたらただのガキかもしれない、いや、トモのことだから自分が年上だからって告白を受け入れたことに負い目を感じてるかもしれない。でもそんな必要はないってことも言いたかったんだ。俺はいくつ年が離れていようがトモが好きだし、これからもずっと一緒に生きて行きたいと思ってる。だから――」
「オレも、気付いたら勇と同じ気持ちになってたよ。お前の言う通りどうしてオレなんだろうって不安にもなるし、お前の人生の選択の幅を狭めているんじゃないかとも思った。だけど、これだけは分かる。やっぱりお前は昔から嘘をつくような奴じゃない。いつだって素直になれなくて、ちょっと意地を張る子供っぽいところが残ってるのがまた可愛くてさ、一緒に住んでみると余計にその気持ちが深まっていった。少し時間はかかっちまったけど、オレもさ、お前を好きになったんだよ」
勇の言葉に感化されてか、オレも本音を漏らした。普段であれば伝えられようもない本心の数々につい恥ずかしくなりつつも、彼の頭を静かに撫でた。昔もよく勇を褒めるためにこうしていたが、今は違う。――今は愛しむような優しい瞳で見つめながら恋慕を込める。
「けどな、勇。まだ聞いてない言葉があるんだ。……まだ誕生日を祝ってもらってねーよ」
自分から求めるのは違うような気がしたが、どうしても聞きたかった。居酒屋では柏木のせいで落ち込んだが今日はおめでたい日なのだ。この言葉をなくして一日は終われない。
「ごめんごめん、わざとじゃないんだけど、伝えたい気持ちが多すぎて、頭の中がパンクしそうだったんだ。もちろん、ちゃんと言うから、ちょっとだけ体の力を抜いてよ」
「は? 力を抜くったっていきなり、何だよ」
思わぬ彼からの頼みに言い返してしまうも、するりとオレの手のひらから逃げて行った勇の手で両肩を強く押される。そして力に負け、後ろ向きにソファーに倒れ込んでしまった。クッションに背中を預けた感覚はあったが、突然すぎる展開に思考が追い付いてはいない。
天井をバックに勇が目前五センチにまで迫る。
「おいおい、いきなり積極的すぎないか、勇」
「たまにはいいじゃん。今日はトモが生まれた記念日だよ? 祝福した後にキスの一つや二つしたいんだ」
「お前、そのつもりで……!」
「キスだけがしたいわけじゃないよ。ただ我慢できそうになかっただけ」
体勢を変えてオレに覆いかぶさるような形になっていく勇の行動を止めはしなかった。心の底ではこの展開を望み、勇との距離をより縮めたいと思っていたのだ。会話が少なくなっていた日々を埋めるように、勇の顔を引き寄せる。
「あれ、トモもその気じゃん」
「悪いかよ。オレだって男だ。そういう気分にだってなるんだよ」
肌に降りかかる吐息にくすぐったさを感じながらも、オレは勇の目前で微笑んだ。
「それじゃあ、誕生日プレゼントに俺をあげちゃおっかな。誕生日おめでとう、トモ」
「有難く受け取るよ。ありがとな、勇」
ますます近付いていく薄い唇に目を奪われて、そのまま口付けた。二人分の体重でソファーが沈み込みかけるが気にもならない。何度も角度を変え啄み、深めていくのだ。誰にも邪魔をされない二人きりの空間で。
しかし不意に、二人だけの空間を崩し聞き慣れた着信音が響いた。
「電話じゃない? 出なくていいの」
ゆっくりと唇を離した勇が先に口を開いたが、オレは気にも留めずに抱き締めた。
「この着信音だったら会社の用事じゃないし、いいよ。無視無視。今は勇とこうしてたいんだ」
言い終えると再び唇を塞ぎ、激しく貪った。高校時代、無理矢理唇を奪われた時とは違う、互いに求め合う口付けに一層身も心も熱くなる。
そして体を痛めてしまうからと、勇の提案でソファーからベッドに移動をしてからも愛し合い、オレたちは数か月ぶりに体に愛を刻み合った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目を覚ますと寒さでぶるりと体が震えた。カーテンの隙間から朝日が漏れるが温もりとしては弱い。ゆっくりと寝返りを打てばベッドの周囲にはいくつもの服が散らばり、下着までが乱雑に放置されている。
掛布団と肌が触れ合う独特の感触に自分が全裸であることに気が付くと、昨晩愛し合った直後に眠ってしまったことを思い出す。
「痛てて……昨日はヤリすぎたか」
上体を起こせば腰に鈍痛が走りつい顔をしかめてしまう。
現在の時刻を確認すべくスマホに手を伸ばそうとすると、その瞬間扉の向こうから着信音が聞こえてきた。枕元のサイドテーブルの上は何もなく、リビングにスマホを置きっぱなしにしていたことに気が付く。
腰を押さえながらもベッドから降りリビングへ向かうと、暖房は入ったままになっていたが流石に全裸では冷えを感じてしまい、慌ててスマホを拾い上げた。画面を見れば数件の着信が入っており、全てが浩一からの電話だった。
温もりを求めて寝室に戻ると、ベッドの中で浩一へ電話を掛け直す。
「智樹、何度も電話をかけてすまん。昨日あの後は平気だったか? 柏木のこととか、あと、勇君とか」
ろくにコールに仕事をさせないまま電話に出た浩一は間髪入れずにオレを質問攻めにした。
「柏木には今度俺からまた厳しく言っておくからさ、今回のはあんまり気にすんな、忘れちまっていいからさ。とりあえずまずは勇君と話し合って、お互いに素直に――」
「大丈夫、もう話し合ったよ。自分に素直になれない不器用な高校生と、恋に奥手で後ろ向きだったいい年したおじさんは無事想いを確認し合ったさ。そういうお前は? 家に残してきたヤキモチ焼きのパートナーさんの機嫌を取ったりしたわけ」
「それはもちろん。ただ……一緒に居たのがただの幼馴染って言っても信用してくれなくてさ、今度会ってくれないか? 智樹さえよければなんだけど」
「いいよ。オレだってお前が一緒に住んでるっていうパートナーとは話してみたかったし」
「それじゃあ、空いてる日があったら後で教えてくれよ。こっちで都合合わせるから」
「おっけ。じゃあまあこの辺でいいか? もう少し、寝たい」
「ああいいよ。じゃあまた今度な」
浩一の返答を聞きオレは電話を切った。思わぬ予定が入ったが、きっと浩一のパートナーは勇と似ているのではないかと想像をしてしまう。ヤキモチ焼きの同居人と何処で出会い、どんな相手なのか、気になるところだ。
だがまだ寝足りないのか欠伸が漏れた。スマホをサイドテーブルに置き直してベッドに潜り込む。もぞもぞと寝返りを打つ勇はまだ眠り続け、穏やかな寝息を立てている。
「ホント、寝顔はいつ見ても可愛いんだけどな」
微笑み勇の頭部を撫でると、オレは目を瞑った。すると思わぬ言葉が返ってくる。
「可愛いのは寝顔だけ?」
目を開けば目尻を擦り眠たそうに口を開く勇の姿。まだ覚醒しきっていないのか寝ぼけた様子だが誤魔化す必要もないだろう。オレは微笑み胎児のように丸まっている勇の体を抱き締めた。
「だからそういうところも可愛いんだっつうの。ほら、昨日は遅くまで起きちまってたし、もう少し寝ろよ。んで時間が残ったら何処かに出かけようぜ」
「……うん」
「おやすみ、勇」
腕のなかで丸くなる体を優しく抱き締めながら、もう一度目を瞑った。
終
腕のなかで眠る @hnsmmaru
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