ATTACK
人の手によって金属と炭素繊維と焼結体で造られた、戦うための巨人。
汎用作業機械から軍用転換して六番目の機体。
ペットネームは 『セス』
運用試験型の
高性能ではあるが多くの意味で取り扱いの悪さが目立った前モデル・
突出した性能はないが高い生産性、良好な整備性と操縦の簡易さで
§ § §
艦から離れるとバックパックに装備されたポール状のパーツがせり上がり、進行方向へと向けられる。
ポールはスライド延長しセスを倍する長さになると先端を支点に浅く傘のように開き、鋭い角度のついたシールドが形成されゆっくりと回転し始める。
傘が展開されると同時に二対のプロペラントタンク一体式の増速ブースターが点火され一気に加速をかける。途端、加速に伴う振動とは別の衝撃がコクピットへと伝わる。
前面モニターに幾つも点灯する、衝突物有りの小さな表示。進行方向への衝角防壁展開の理由はこれであった。
古くは大気圏外へと飛び出したロケットや宇宙船のパーツ類、近代では軌道エレベーターやオービット・リング建設時に出た廃棄物。
そして数日前の大規模戦闘の際に生まれた艦艇の破片等、宇宙空間に漂う無機物・
地球に近いものは重力につかまり、やがては大気との摩擦で燃え尽きてしまうだろう。
そうでないものは慣性に任せるまま漂ったり、引力均衡点に集まり
問題なのは、宇宙空間を高速で移動する航宙機などとの接触。
それなりの質量のあるモノとの衝突から、大事故に至った例が多々あるのだ。たかがゴミと言えど、その危険性を無視は出来ない。
ましてや、通常の何倍もの加速をかけて飛ぶ
おまけに対艦戦闘用に爆装した機体である、安全装置は備えられているが何かの拍子で誘爆しないとも言い切れない。
ゆえの
違った使い方もあるのだが、それはまた別の機会。
「――ぐぅっ」
すさまじい加速Gがトリッシュを襲う。特殊ゲル内蔵の耐Gスーツがある程度受け流すが、それでもかかる圧は高い。
"候補生時代の、耐G訓練、思い、出す、なぁ……"
意識を持っていかれそうになりながら、一年ほど前のことを思い浮かへるトリッシュ。
パイロットスーツ装着で遠心分離機と称される耐G訓練装置のシートに乗せられ、自重の八倍から十倍の加速Gに耐えることを要求された。
重力の弱い宇宙生まれ、慣れぬうちは三Gを越えたあたりで失神していた。
固定状態で六Gを克服したと思ったら、次は変則回転状態でのテスト。
不規則に動くシートに縛られたまま強烈な加速Gを受け、三半規管を乱されまくる。
何度上から戻し下から漏らして、疑似コクピットを汚したことか。
"みっともない姿さらしても、教官たちはけして
教官たちの笑顔が見れたのは、訓練や課せられた問題をクリアできた時。
よくやったと、褒めてくれた。
"叱られること多かった分、あれ、嬉しかった――"
強烈な加速Gの中、微笑みを浮かべるトリッシュ。嬉しかった時の記憶が意識をハッキリさせる。
シートに押し付けられながらも、ヘルメットのシールド越しに前面のモニターから目を放しはしない。
星々の瞬きの中、浮かび上がる人工的な輝きの一団。
鳥が翼を大きく広げたように展開された、
コンピューターがオートで倍率を調節し、シルエットから艦種の特定がなされ、それが次々と表示される。
隙間なく密集して見えた陣容だったが立体的に展開されていることが、モニターの疑似遠距離間調整で知れた。
「……見ぃ、つぅ、けぇ、たぁ」
航法装置の任せるままに、モニターに示された空間へと飛び込んでいくトリッシュのガルガンチュア・セス。
§ § §
「上方より高速で接近する熱源体、
立体格子状に組まれた
「高速? ミサイルか?」
セイヤーズ艦々長の問いに、
「カメラ、捉えました。映像、出ますっ」
観測手が応える。
艦長以下、主だったブリッジクルーの視線がメインスクリーンへと集まる。
映し出されたものは、奇妙な物体であった。
前面は円錐状、その後方に何かゴチャッとした物体がつながっており、側面に張り出しているのが大型ミサイルなのがハッキリと判別できる。
一方向から捉えた映像では全体像も正体もわからず戸惑う連邦士官たち、そこへかかるオペレーターの声。
「味方識別信号に反応なしっ。
正体が何にせよ敵対勢力が爆装して接近して来ているのである、軍人として取るべきはただひとつ。
「直衛は迎撃に入れっ、対上方戦闘用意っ」
艦長が指示を飛ばす。クルーたちがそれに応え、艦の関係各部署へと伝えていった。
セイヤーズ艦内に非常警報が鳴り響き、乗組員たちが素早くそれぞれの持ち場で動く。
各セクションからの報告が上がり、オペレーターたちの対応の声がブリッジに響き、ざわついた活気が満ちていく。
スクラムロケットにコクピットを備えたようなシルエットをした戦闘航宙機。
セイヤーズ周辺で待機していた数機が、姿勢制御ノズルを操って上方へと機首を向け、メインノズルを吹かし加速していく。
全長十五メートルほどの航宙機に、空間機動戦闘は望めない。そんな戦い方をすれば、あっという間に推進剤が底をついてしまうからだ。
ゆえに航宙機における戦術は一撃離脱。
連邦宇宙軍がかつて地球の大洋で猛威を振るった空母打撃群のような航空戦力を主体とした
稼働効率の悪い航宙機は、宇宙空間での戦いでは主力となりえないためだ。
戦闘機操縦士が花形と呼ばれたのは過去のこと、今では
軍人とは、与えられた任務を遂行するものなのだから。
「
母艦に状況を伝えながら、燃料消費を考えていないようなふざけた速度で迫ってくる敵をスコープに捉える直衛機パイロット。
――ミサイルだけなのか、あるいは爆撃型の航宙機か? 航宙機だとすれば、あんな飛び方をしていては母艦への帰艦は難しいだろう。
モニターにロックオン表示されているターゲットを眺めて、心で毒づく航宙機パイロット。
トリガーを引き、撃ちっぱなしのロケット弾をばらまく。
続くように僚機たちも一斉に発射する。推進炎の尾がまるで網のように広がっていく。
無誘導弾はそれなりの破壊力しかないが数だけはある。どれかに引っかかれば十分。
ぐっと操縦桿を傾け、目標の予想進路から離れていく。自らがまいたロケット弾の爆発巻き添えは御免こうむりたいものだ。
転回中にパイロットは見た。ロケット弾の網に敵が引っかかるところを、小爆発が続くさまを。
「……おしまいだな」
直衛機隊で戦果を出した。上手くすれば臨時ボーナス? 配置転換の申請が通るかもしれない……。
モニターに映る爆発光を見やって、夢想する。
――が。
爆発煙をまとわせながら人の形をしたものが突っ切って行き、パイロットの淡い夢を破っていった。
§ § §
"
警報が鳴り警告がいくつも表示されるコクピットで、トリッシュは自分でも驚くほど冷静に事態を受け入れ対応していた。
"全体損傷チェック……軽微、シールドポール切り離し。コースは……このまま、マーカー射出ランダムモード"
モニター越しに連邦艦隊を目にとどめながら、ひとつずつ為すべきことを片付けていく。
機体の加速は続いたままだ。連邦艦の群れがぐんぐんと迫ってくるのが見える。
艦隊の最上層に陣取る艦艇から弾幕が張られる。
小口径弾とはいえ自機の加速エネルギーもあり、当たり所次第では撃墜されてもおかしくはない。
「――!」
トリッシュはフットペダルをさらに踏み込み、ブースターの推力を上げる。
増速することで弾幕が薄いうちにそれをすり抜けようとする試みは成功し、思惑通り連邦宇宙軍艦隊の陣中に潜り込めた。
艦同士が干渉しあわないよう十分な距離を置いてはいるものの、陣形の内側に向かっての重火器での砲撃は不可能。
陣中層艦直衛機の一部が早い反応を見せ迎撃行動をとろうとするが、主兵装のロケット弾は友軍機を巻き込みかねないため撃ち込めず追尾にとどまる。副兵装の機銃で撃ち落とすことは困難と判断したためだ。
敵陣の中へ潜り込めた時点で、トリッシュの目的は果たされたも同然であった。
"あと、少し"
分厚い艦隊の層を高速で駆け抜けていくトリッシュのガルガンチュア・セス。
連邦艦の側面を通過するたび、不規則に粘着性物質に包まれた小さなボールが撃ち込まれていく。
ついに連邦艦隊の多層陣を突き抜け、底へと出た。
トリッシュ機が艦隊から離れたため、主兵装が使えるようになった航宙機たちが撃ち落さんと増速し迫りくる。
"推力停止っ、方向転換、姿勢制御っ"
フットペダルから足をあげ左右の操縦桿のスイッチをいくつか操作し、そのままグイッとひねりこむ。
推力を切っても慣性で進む中、ガルガンチュアは両腕と両脚を大きく振り回して一八〇度方向を変え、再び両腕と両脚を動かし連邦艦艇群の最下層と正対する。
宇宙空間ではデッドウエイトと思われがちな腕と脚だが、振り回すことで生まれる運動エネルギーの作用・反作用が機体の姿勢制御に使えるのだ。
推進剤を使わない方向転換、すなわち稼働時間の延長にもつながる。
ガルガンチュアは同程度の推進剤ならば、連邦の航宙機の倍以上もの時間、戦場で働けるのだ。
"ブースター再点火……減速。機体維持、
慣性のまま連邦艦隊から離れていこうとしていた機体に減速をかけ、宙域に留める。
静止したガルガンチュアの両腕が持ち上がり、連邦艦艇へと向けられた。
メインモニターに、先ほどばら撒いたガイドマーカーからの信号が届いたことが表示されている。
"信号受信、マルチロックオンッ"
これほどの近距離ならば、強指向性通信での誘導は有効なのだ。
連邦航宙機が迫っていることを知らせる警報が鳴り響く中、トリッシュは必死に定められた手順をなぞる。
"対艦ミサイル、発射っ!"
突き出されたガルガンチュアの両腕の外側にセットされていた、左右二本ずつ、計四本の大型対艦ミサイルがラッチから外され、ゆらりと機体から離れる。
間髪入れずミサイル本体のロケットモーターが火を噴き、連邦艦隊へと飛び込んでいった。
「う、おぅ?」
正面から迫りくる対艦ミサイルに、航宙機パイロットの意識が回避に向かう。不用意に姿勢制御噴射をかけ、機体を揺らす。
トリッシュはその隙を逃さなかった。火器管制を操作し、航宙機の迎撃を目論む。
ガルガンチュアの脚部に装着されていたポッドから、次々と打ち出される非誘導ロケット弾。
確実な撃墜を求め、接近しすぎていた航宙機群はロケット弾のクモの巣に捕らえられ、爆散。
撃墜を免れた航宙機もあったが、加速をつけすぎていたためトリッシュ機を大きく追い越してしまう始末だ。
減速、方向転換、再加速。
少しでも早く。航宙機パイロットたちが持てる技術で機体を操る。
しかし、それはトリッシュとて同じ。
対艦用装備を素早くパージ、戦闘モードを対艦から近接に。四肢を駆使して機体の向きを変え、航宙機へと襲い掛かる。
手にするは
「――う、わあぁぁぁーーっ」
自分でもわからないまま叫んでトリガーを引くトリッシュ。
ばら撒かれるライフル弾に、貫かれていく航宙機たち。
弾倉内の銃弾を打ち尽くし発砲が止まる。マガジン交換シグナルの点滅に気づき、ようやくトリガーから指を放す。
「――ハァ、ハァ、ハァ」
グッとつばを飲み込んでから、呼吸を落ち着かせにかかる。
"隊長たちが見てたら、叱られただろうなぁ……"
訓練でさんざん無駄弾を使うなと言われていたのに、引き金からすぐに指を放せなかった。
一瞬落ち込みかかる。が、サブモニターに映された爆発光とメインモニター上のマーカーサインの消失がそれにストップをかけた。
四発放った対艦ミサイル、そのすべてが目標に命中したのだ。戦果のほどは不明だったが、意気を上げるには十分。
よく見れば、連邦艦隊のあちらこちらで爆炎が上がっている。僚艦の先陣たちの仕事だろう。
「――反省なんか、後々!」
作戦は継続中だ。素早くライフルのマガジンチェンジを済まし状態確認。
「残弾……十分。推進剤、大丈夫。予備兵装、無事」
"アタシも
トリッシュは顔を上げ戦場を映すモニターを見つめ、操縦桿をグッと握りしめる。
「――もうひと暴れ、行こうかっ!」
己の為すべきことを為すために、機体を連邦艦隊の中へと再び潜り込ませていった。
――次回へ続く――
G戦記~WAR OF GARGANTUA~ シンカー・ワン @sinker
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。G戦記~WAR OF GARGANTUA~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
シンカー無芸帖外伝 カクヨム日月抄/シンカー・ワン
★17 エッセイ・ノンフィクション 完結済 23話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます