第4話

 攻撃者であるホワイトレイヴンは警戒したままで、優子も手刀の構えを解いていない。

 爆発による煙が消えると、片腕を失って倒れている魔王の姿があった。

 魔王がすっと立ち上がる。失った腕は一瞬で再生された。


「ややッ!? 魔王は不死身ですかッッ!?!?」


 ペクトラリスが驚きの声を上げる。


「ホワイトレイヴンさん、魔王の密度は?」


 瑠璃子が尋ねる。


「わずかだけど減っているわ。消えるまで攻撃し続けるしかないわね」


 魔王がホワイトレイヴンに向かって走り出す。それなりにあった距離が一瞬で縮まる速度だ。

 魔王の攻撃は素人丸出しだ。打撃などとはいえず、無造作に拳を叩きつけるだけ。しかしパワーとスピードは必殺のレベル。

 ホワイトレイヴンは魔王の攻撃をよける。だがギリギリだったのだろう。無表情を崩さなかった彼女の表情がわずかにこわばっている。


 ホワイトレイヴンが緑の剣で反撃する。それに合わせて優子も手刀を振るった。

 魔王の体が三分割される。


「ダメ押しのッ! 三連魅了ビィィィィィムッッッ!」


 ペクトラリスが空中からピンク色の怪光線を発射し、分割された魔王の体を砕く。

 砕けた魔王の体はすぐに集合・再構成された。密度はそれなりに減じていると瑠璃子は思いたかったが、わずかに不安だった。

 魔王は消耗らしい消耗を見せなかった。反動で足元がひび割れるほどのジャンプ力を見せ、空中にいたペクトラリスを攻撃する。

 

 空中でペクトラリスと魔王が打撃戦を繰り広げる。

 ペクトラリスは格闘の達人というほどの技量を持っていたが、魔王の単純なスピードは達人を超えていた。ペクトラリスは足を掴まれ、地上に向かって投げ飛ばされる。


「ペクトラリスさん!」


 優子が受け止めたお陰で、ペクトラリスは固い大地に叩きつけられずに済んだ。

 魔王が空中を蹴る。ただそれだけで落下速度を加速させた。

 ホワイトレイヴンがレーザーライフルを撃ち、落下攻撃を仕掛けてくる魔王を迎撃する。

 レーザーの直撃を受けた魔王は空中で体勢を崩す。これでパワーを十分に発揮できないはずだ。

 

 だがそれでも魔王の落下攻撃は恐ろしい威力を発揮した。直撃こそまぬがれたが、衝撃で優子、ホワイトレイヴン、ペクトラリスがふっとばされる。

 やや離れていた瑠璃子とレオナルドだけが攻撃を受けずに済んだ。

 三人の聖女たちはすぐさま立ち上がり戦闘を再開する。


「レオナルドさんも攻撃に参加してください」

「しかし瑠璃子殿、私はあなたの命を守る使命が」

「攻撃に、参加してください」


 瑠璃子はレオナルドをにらみながら言った。

 レオナルドは瑠璃子の指示に従う。彼の戦闘力は他の聖女よりも数歩劣るとはいえ、一応は戦力だ。

 目の前で激しい戦いが繰り広げられる。戦闘力を持たない瑠璃子ができるのは目を逸らさないだけだ。


 魔王は数え切れないほどの攻撃を受け、その度に再生する。魔王のエネルギー密度がどれほどかはわからないが、瑠璃子の目から見てもパワーとスピードが衰えていくのがわかる。

 自分が無防備になってでもレオナルドを戦いに参加させたのは正しい判断だっと瑠璃子は思った。


 その時である。

 魔王が瑠璃子を見た。目はないが確かにこちらを”見た”のだ。

 突如として魔王が瑠璃子に襲いかかる。振りかざされた拳には、最初の頃のような威力はないだろう。だが凡人を殺すくらいならまだ十分に可能だ。

 魔王の打撃が瑠璃子のみぞおちに突き刺さる。


「瑠璃子殿ーっ!」


 レオナルドが叫ぶ。

 ホワイトレイヴンが突進し、魔王を蹴り飛ばす。そしてレオナルド、ホワイトレイヴン、ペクトラリスが全力で攻撃し、最後に優子が手刀で魔王の体を両断した。

 この全力攻撃によりようやく魔王は実体を保てなくなって霧散した。


「瑠璃子殿! 瑠璃子殿! どうか死なないでください」


 レオナルドが真っ青な顔で倒れた瑠璃子を抱き起こす。


「うるさいですよ。耳元で騒がないでください。ちょっと殴られただけじゃないですか」


 瑠璃子は鬱陶しそうにレオナルドを押しのけて立ち上がる。かなり痛かったが、”保険”のお陰で無傷だ。


「さて皆さん。仕事は終わりました。帰りましょう」

「え? え?」


 戸惑うレオナルドを放置し、瑠璃子はさっさと旅無しの扉をくぐっていった。他の聖女たちもそれに続く。


「ま、待ってくださいよー!」


 レオナルドも慌てて扉をくぐった。

 魔王討伐の知らせを聞いた王国は大いに沸き立った。それから三日三晩もの間、盛大なお祭り騒ぎが続く。


「そろそろ私達を元の世界に帰してくれませんか?」


 祝賀ムードがようやく落ち着いてきた頃、瑠璃子は聖女を代表して要求した。

 場所は謁見の間で、国王夫妻が並んで座り、その傍らにレオナルドがいる。


「帰す? ふん、お前たちは……」


 国王がふんぞり返って何かを言おうとした時、即座に王妃が拳で黙らせた。

 そして王妃はジャイアントスイングで国王を窓の外へと投げ捨てる。


「私達はあなた達に謝罪しなければならないことがあります。私達が使った聖女召喚は一方通行のもので、あなた達を元の世界に帰せないのです」


 聖女たちは全員、黙って王妃を見る。


「もちろん償いはします。あなた達には我が国における最高の生活を保障します。どうか許して……あの、瑠璃子さん?」


 瑠璃子は王妃が話しているのを完全に無視して、ポケットから取り出したスマートフォンを操作していた。


「もしもし? 案の定だったわ。そういうわけで迎えに来て」


 瑠璃子は誰かと話していた。


「皆さん、迎えを呼んだので一緒に外まで来てください」


 瑠璃子が言うと、他の聖女たちは彼女に突いていった。

 他の者達はぽかんとあっけにとられていた。


「あ、ま、待ってください!」


 我に返ったレオナルドや王妃達が瑠璃子たちを追いかける。

 外に出ると、ちょうど空に穴が空いて白い鳥のような金属製の飛行体が飛び出してきた。明らかに人の手によって作られたものだ。

 飛行体が瑠璃子たちの前に着陸すると、中から若い男が現れる。


「またせたな、姉さん」


 男は瑠璃子を見てそういった。


「彼女たちの帰還の手配はどう?」

「終わってる。元の世界の座標はもう分かっているから。このまま一人ずつ送っていく」

「よろしくね」

「戦闘の現場の出たって言ってたが、怪我はないのか?」

「ええ。一度だけ攻撃を受けたけど、スマホにバリア発生アプリを入れてたから何ともないわ」

「あ、あの瑠璃子殿?」

「あれ、いたの」


 ようやく瑠璃子はレオナルドに気づいた。


「彼は一体?」

「え、私の弟だけど? 大抵の召喚って一方通行の欠陥技術だから、迎えを手配してたの」


 迎えに来てもらった。つまりこれから瑠璃子は元の世界に帰るのだ。


「ま、待ってください、瑠璃子殿!」

「何、さっさと帰りたいんだけど……」

「私と結婚してください!」


 瑠璃子の動きが止まる。


「和を重んじる姿勢と聖女としての高潔な姿に私はあなたを愛してしまいました。どうか帰らず、この世界で一緒に私と人生を歩んでください」


 レオナルド、一世一代の求婚であった。

 が。


「嫌よ」


 瑠璃子は照れ隠しなどではなく心の底から嫌そうな顔をしていた。


「なんで誘拐犯と結婚しなきゃ行けないのよ」

「誘拐犯……」

「そうでしょ。そう思わないんだったら、あなたは生まれつきの犯罪者だから今すぐ自分から牢屋に入ったほうが良いわよ」

「もちろん悪いことだと思っています。ですから、私の人生をあなたに捧げて償おうと……」

「それで結婚? 気持ち悪いわね……」


 瑠璃子は冗談抜きで本当に不快そうな顔をした。

 それでレオナルドの心は粉砕された。彼は膝から崩れ落ちる。

 それから瑠璃子は王妃に向かって睨みながら言った。


「貴国には私が所属する並行世界調査機関から正式に抗議します。また、不完全な召喚技術による使用を防止するための措置を取らせていただきます」

「措置? それはいったい」


 瑠璃子は切り捨てるように王妃に告げる。


「お答えできません。対策されて、また誰かが聖女として誘拐されますから」


 瑠璃子に言われて、自分は間抜けな質問をしたと自覚した王妃は恥ずかしそうに顔をしかめる。


「もう良いですね? 私はあなた達とはもう二度と会わないでしょう」


 実際、瑠璃子の言葉通りになった。

 後に並行世界調査機関の使者が抗議するために現れた時、瑠璃子の姿はなかった。

 レオナルドはもう一度瑠璃子に会いたいがために、ほぼ失敗すると分かっていながら、聖女召喚を行ったが、全く発動しなかった。

 王国が窮地に陥った時の切り札が聖女召喚だ。しかしそれは未来永劫失われた。

 唯一の救いは、この世界で存続の危機が起きた時は、人道的理由から並行世界調査機関が手を貸してくれると約束してくれたくらいか。

 ともかく二度と瑠璃子と会えないレオナルドにとってそれは自分と関係にない救いだった。



「あぁー、やっと帰って来れた」


 久しぶりの我が家に気が緩んだ瑠璃子はベッドにダイブした。

 並行世界にいたのは1週間くらいだが、慣れない環境というのはそれだけでストレスになるものだ。

 ベッドには大きなぬいぐるみがある。ストレス緩和用に買ったものだ。抱き心地が良いので、ギュッとすると気持ちが和らぐ。


「まさか私が異世界にいっちゃうなんてねえ」


 瑠璃子のいる世界は並行世界間を移動する技術が必要化されているが、原則として調査員以外が並行世界に行くことは禁止されている。

 並行世界調査機関に所属している瑠璃子だが、ただの事務作業をするだけの職員なので、並行世界とは無縁だった。

 縁があるとしても調査員である弟の鋼治から、規則に抵触しない範囲で彼が見た並行世界の話を聞くだけだった。


「子供の頃は異世界に行きたいと思ったけど、実際はあんまり楽しくなかったわね。状況のせいかもしれないけど」


 瑠璃子はぬいぐるみに向かって呟く。

 並行世界を移動する技術が登場する前、日本では異世界を舞台にしたライトノベルやマンガなどが大流行りした時代があった。当時の名作のいくつかは今でも親しまれている。

 子供の頃、瑠璃子はそう言った古典エンタメが好きだった。異世界物なんて古臭い趣味をしていると友達にからかわれたものだ。

 

 瑠璃子にとって、あの時の情熱はそう悪いものではなかったはずだった。

 一時は本気で並行世界調査員を目指した。ただ、弟と違ってその才能はなかった。

 それでも異世界の存在をわずかでも近くに感じていたく、ただの事務員でも良いからと並行世界調査機関に就職した。


 だがいざ異世界に召喚されると瑠璃子の心にあったのは不安だけだった。

 異世界に聖女と召喚されて人助けをするというのは子供の頃に何度も夢見たものだが、夢がかなった喜びは自分でも驚くほどなかった。

 元の世界に帰りたい気持ちのほうが強かった。

 それでも聖女らしく仕事をしたのは、一言では説明できない複雑な気持ちがあったからだ。

 

 少女時代の夢に誠実でありたいとする意地。

 人の命が危機に陥っているのなら自分ができることくらいはやりたいという良心。

 ひとまず相手の望みを叶えてやらないと、なにをされるかわかったものではないという恐怖。

 そういったものがまぜこぜになった結果、瑠璃子は聖女として振る舞った。


 レオナルドは瑠璃子のことは聖女らしいと褒めていたが、瑠璃子本人としてはこういうのは人生で一回限りの根性のようなものだと思ってる。

 能力も精神も自分は凡人だと瑠璃子は自覚している。


「異世界なんて懲り懲りよ」

 

 そう呟いた時、瑠璃子は自分の言葉が、異世界がまだ素敵な夢であった時代の人たちにとってどう受け取られるのだろうと思った。

 疲れと帰ってきた安堵から、瑠璃子はそのまま眠りに落ちる。

 それから体に伝わってくる硬い感触で目が覚めた。

 瑠璃子は草原にいた。遠くの空でドラゴンが飛んでいるのが見える。

 瑠璃子はポケットからスマホを取り出す。


「そう、またなの。だから迎えに来て。うん、ここでじっとしてる」


 通話を終えた瑠璃子はしばらくその場で体育座りしていたが、我慢できずに叫んでしまう。


「もう! なんでよ!」


 結局、瑠璃子はその後の1年間で5回もの異世界召喚を経験することになる。

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特攻聖女セインツ4~イカれた聖女を紹介するわ!殺人鬼!アンドロイド!サキュバス!そして私はただの事務員!以上よ!~ 銀星石 @wavellite

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