第3話

 当初の仕事をしませた瑠璃子だが、しかしお役御免というわけには行かなかった。癖の強い3人の聖女達の説得を成功させた事で、魔王討伐のリーダーに任命されたのだ。

 半月優子、ホワイトレイヴン、ペクトラリス。他の聖女達も瑠璃子がふさわしいと認めた。

 それからは魔王討伐作戦のための準備に追われた。

 魔王とはどういう存在なのか。それに率いられる魔王軍とはどのような集団なのかといった情報収集の他、他の聖女達との意識合わせも行った。


 またホワイトレイヴンに対してきちんと特級魔法具が譲渡されたのか、魅了の魔法から開放された王子に問題はないのかという確認もした。

 特級魔法具はまたしても国王がケチって約束を破ろうとしたが、王妃のパイルドライバーによって阻止され、無事にホワイトレイヴンへと譲渡された。


 バイセプス王子について、彼は魅了中の出来事を覚えていた。

 努力と誠意を欠かさなければ自分は大勢から好かれる知ったバイセプス王子は、それまでの自分の振る舞いを改めて反省し、今度は自分の意志で筋トレに励み、他人には誠実に振る舞った。

 瑠璃子が召喚されてから3日後、聖女達と召喚責任者のレオナルドは王宮に容易された一室で作戦会議をする。


「これから私達が相手にする魔王軍は特殊な集団です」


最初に発言したのは瑠璃子だ。

 

「軍というよりは群れといったほうが良いでしょう。魔王と呼ばれる特殊な個体の魔物が、他の種の魔物を操り、この世界の人類に対して攻撃を行っています」


 瑠璃子は収集した情報を皆に伝える。すでに他の聖女も知っているだろうが、会議の時は当たり前の事でも軽く確認するのが瑠璃子の流儀だ。


「魔王は他の魔物を操る他、能力の強化も行っています。魔王さえ倒せば、あとはこの世界の人々だけで対処可能でしょう。それで間違いないですね、レオナルドさん?」

「間違いありません。魔物は普通、自分とは異なる種を無条件に襲う攻撃性を持っています。魔王がいなければ魔王軍の大半は同士討ちするでしょう」


 瑠璃子は話を続ける。


「魔王は私達がいる大陸の北端にある山にいます。ですが周囲には強力な魔物がいて、地形的にも徒歩での移動は困難です。そこでこれを使います」


 瑠璃子は2組の装置を会議室のテーブルに置く。


「王国が管理している旅無しの扉という特級魔法具の一つです。この装置を設置した2地点間の瞬間移動を実現します」


 瑠璃子はホワイトレイヴンを見える。


「ホワイトレイヴンさんは単独飛行できると聞きました」

「ええ。マッハ12くらいなら出せるわ。これの片方を現地に設置すれば良いのね?」

「はい。そして一気に魔王の元へ向かいます。ただ、魔王は周囲に結界を作って身を守っているので、これは半月さんに対処をお願いしたいのです」

「お任せください」


 優子はニコニコしながら言った。


「ところでッ! 私はどうすれば良いのでしょうかッ!」


 ペクトラリスは元気が有り余っている小学生のように挙手して発言する。


「魅了の魔法で周囲の魔物の対処をお願いします。魔王と戦っている時に増援が来たら厄介ですから」

「分かりましたッッッ! お任せくださいッッッ!」


 こうして聖女達のそれぞれの役割が決まった。


「魔王との戦いの主力は半月さんとホワイトレイヴンさんの二人です。ペクトラリスさんも余力がある時は戦闘に参加してください」

「今話し合った段取りが実行できない状況になった時の対処は?」


 瑠璃子に聞いたのはホワイトレイヴンだ。


「もちろんプランBもこれから話し合うつもりです。とはいえどれだけ想定しても想定外は出てくるものです。私も現場に出て、状況に応じて皆さんに指示を出すつもりです」

「待ってください瑠璃子殿!」


 反論してきたのはレオナルドだ。


「あなたは戦う力を一切持っていない! あなたの護衛として承服しかねます!」

「私は皆さんのまとめ役として選ばれました。現場に立つのは当然でしょう」

「しかし!」

「あなたがなんと言おうと、私は他の聖女と一緒に魔王の元へ向かいます」


 断固たる意思を瑠璃子は見せた。レオナルドは気圧されてそれ以上の反論はできなくなる。

 それからいくつかの事を話し合ってその日の会議は終わった。



 魔王討伐作戦の前夜、レオナルドは王宮の中庭で瑠璃子の姿を見えた。

 彼女は手にしている光る板状の装置を見つめていた。


「瑠璃子殿、それはあなたの世界の道具ですか?」

「ええ、そうよ。スマートフォンと言ってね、離れた人と連絡ができるものよ」


 その時レオナルドは察した。きっと彼女は元の世界にいる家族や友人と連絡を取ろうとしたのだろう。

 だが、どんなに優れた道具でも流石に世界をまたがって誰かと連絡を取り合う事は不可能だろう。

 わけも分からずつれてこられ、縁もゆかりもない世界の命運を背負わされているのだ。会議の時は気丈に振る舞い、聖女としての高潔な姿を見せたが、きっと本当は不安でいっぱいなはずだ。

 無駄と分かっていながらも、元の世界にいる人々の声を聞きたいと思うのは当然だ。


「瑠璃子殿」

「なにかしら?」

「私は決してあなたを孤独にしたりしません。護衛として、命だけでなく心も守ってみせましょう」

「別にいいですよ。そんな事しなくても」

「私はあなたの本心を分かっています。だからどうか私を信じてください」

「いや、だから」


 瑠璃子が何か言いかけるが、レオナルドはそれに気づかず立ち去った。



 ホワイトレイヴンは背中に2つのサブアームがあり、両腕と合わせて4つの武器を同時に扱える。

 今、ホワイトレイヴンは王国から譲渡された特級魔法具を持っている。サブアームに岩砕杖と弓入らずの火矢筒、左手には緑の剣を持っている。

 残る右手にはホワイトレイヴンが元々持っていたレーザーライフルが握られていた。


「ちょうどメンテ中に召喚されてね。とっさに掴んだのがこのカラサ社のマーク2レーザーライフルだったのよ。普段はこれ以外に、ミサイルとかグレネードとかレーザーブレードなんかを使っていたわね。だから似たような使い心地の武器が手に入って良かったわ」


 ホワイトレイヴンはすでに特級魔法具の習熟訓練を終えていた。その成果、超科学の存在である彼女が魔法の道具を持っていても様になっていた。


「じゃあ、行ってくるわ」

「よろしくお願いします」


 ホワイトレイヴンはあっという間に空へ舞い上がり、十分な高度に達した時、一瞬で音速を超えた。

 地上の風景が一瞬で移り変わる。

 やがてホワイトレイヴンの視界に山が見えた。黒ずんでいて人目で生命が死に絶えた不毛の地と分かる。

 ホワイトレイヴンは山の真上にたどり着くと、一気に降下を開始する。

 音速を超えたゆえのホワイトレイヴンの大きな飛行音に気づいた、ドラゴンや怪鳥といった魔物が迎撃にやってきた。


 ホワイトレイヴンはサブアームに装備した岩砕杖と弓入らずの火矢筒を使った。

 岩砕杖からは魔力弾を、火矢筒からは無数の火矢が射出され、敵に襲いかかる。

 魔力弾は敵に命中するとグレネードのように爆発し、周囲の敵も巻き込む。

 小回りの聞く魔物は回避行動をとるがが、火矢筒から発射された火矢には高い誘導性が付与されていて、敵を逃さずに仕留めた。

 火に包まれる魔物達の間を縫い、ホワイトレイヴンは地表に着地した。

 ホワイトレイヴンは即座に特級魔法具を設置し起動する。


 するとその場に扉が出現した。扉は即座に開かれて、待機していた聖女達が現れる。


「では早速ッ! そこいらの魔物を魅了してきますッ! とぉうッ!」


 ペクトラリスは自前の翼で飛び上がる。


「喰らえッ! 必殺ッ! 魅了ビィィィィィムッッッ!!」


 錐揉み回転するペクトラリスがピンク色の怪光線を四方八方に乱射する。いい加減に撃っているように見えて、決して誤射しなかった。

 魅了された魔物達は互いに争い始める。

 一部、変な興奮をして同士討ち以外の事をおっぱじめる魔物達もいたが、瑠璃子は見なかったことにした。

 瑠璃子達の前にはかすかに発光する巨大な半透明のドームがそびえ立っている。これが魔王の結界だ。


「半月さん、お願いします」

「ええ、任せてください」


 優子が白く輝く手刀を結界に叩きつける。すると、結界は脆いガラスのように一瞬で粉々に砕け散った。


「あれが魔王です!」


 レオナルドが指差す。

 それは一言で言うならば実体のある影だ。あらゆる光を吸収するどす黒い肌を持った人形の何かだ。 

 目もなく、口もなく、ただ人の形をしているだけの暗黒は無造作に岩に腰掛けている。


「なんとおぞましい。魔王は悪意に染まった魔力の塊です」

「レオナルドの言葉は確かね。私のアナライザーも物質化するほどの高密度化したエネルギーと出てるわ」

 

 レオナルドとホワイトレイヴン、二人から同じ結論が出ているのなら間違いないだろうと瑠璃子は判断した。


「ペクトラリスさん、魔王相手に魅了は通用しますか?」

「無理ですッ! 愛情も性欲もなさそうですからねッ! ですがッ!」


 ペクトラリスは魔王に対して無力というわけではない。


「気合いを入れればッ! 魅了ビームは物質的な破壊力を出せますッッッ! 私も一緒に戦えますよッッッ!」

 

魔王が立ち上がる。

 最初に攻撃したのはホワイトレイヴンだ。彼女は緑の剣以外の射撃武器を一斉発射する。 爆風に魔王が飲み込まれる。

 

「やったぞ!」


 楽観的な事を言うレオナルドの後頭部を瑠璃子は無言でひっぱたいた。

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