第2話

 優子の件は片付いたので、次はアンドロイド聖女だ。


「私もついて行きます。他の聖女も気になりますから」


 と優子も同行する事になった。


「それでレオナルドさん、アンドロイド聖女についてもう少し詳しく話を聞かせてください」

「もちろんです瑠璃子殿。彼女の名はホワイトレイヴン。戦うために生み出された存在で元の世界では傭兵だったそうです。それで我が国は彼女と雇用契約を結んだのです」

「ホワイトレイヴンが契約違反した理由に心当たりは?」

「ええっと、そのう……」

 

レオナルドが気まずそうに目を逸らす。


「もしかしてまた王国の誰かが何かやらかしたのですね?」

「国王が報酬を踏み倒そうとしました。聖女は無償で王国に奉仕するという戦時特別法を発令したのです」


 それを聞いた瑠璃子は強烈に酸っぱい梅干しを食べたかのように顔をしかめた。


「じゃあエリート部隊を壊滅させたというのは」

「我が国に対する報復でしょうね……」


 瑠璃子は頭が痛くなってきた。


「国王を処します?」

 

 優子はニコニコしながら手刀の素振りを始める。


「せめて半殺しで許してあげてください」

「わかりました。左右と上下、どっちが良いでしょう?」

「体を半分にして殺すんじゃなくて、適度に痛めつける程度にしてください」

 

 瑠璃子と優子のやり取りを見てレオナルドは「はわわ」とうろたえる。


「ねえレオナルドさん、こんなおしまいになった状況で私に何をしてほしいんですか? まさかホワイトレイヴンに再契約するよう説得しろと?」

「まあ、そのまさかでして……」

「ええ……」


 瑠璃子が呆れた顔をすると、レオナルドは焦って弁明する。


「先の特別法は王妃が国王をぶん殴、もとい説き伏せて取り消しました。さらにホワイトレイヴンへの賠償の準備もあります。だからどうか! どうかお願いします!」

「うーん」


 レオナルドの魔法でホワイトレイヴンが占拠している村へ瞬間移動させてもらう。

占拠と言っても村は廃村だ。しかも何らかの攻撃を受けたようで、どの建物も破壊の爪痕がある。

 その中で一番状態の良い建物にホワイトレイヴンは居を構えていた。玄関に「戦闘、承ります」と看板を出している。

 瑠璃子が扉をノックすると、「どうぞ」と鈴を転がしたような声が返ってくる。

 

 ホワイトレイヴンは相当な科学力を持った世界の出身だとわかった。体はいかにもロボット然とした姿だが、頭部は生身の人間と区別がつかない。

 人造の存在ゆえか、ホワイトレイヴンは美少女と言っても過言ではない。


「また私をタダ働きさせる気?」


 ホワイトレイヴンはじろりとこちらを見る。わかりきった反応なので瑠璃子は特に怖じ気づかなかった。


「王国はあなたに謝罪するそうです。レオナルドさん、彼女に賠償の内容を説明してください」

「我々は特級魔法道具である緑の剣、岩砕杖、弓いらずの火矢筒をあなたに譲渡します。また、再契約では、報酬は前の契約の三割増しでお渡しします」


 ホワイトレイヴンは冷淡な表情を崩さない。


「約束を破ったあなた達を信用する根拠はどこにあるのかしら?」


 レオナルドが「うっ」とうめいた。


「それに別の意味でも信用できないのよね。私が壊滅させた部隊、あいつら自国民に対して略奪行為してたわよ。その上、自分達がやった事は全部魔王軍のせいにしてたわ。この村だって奴らに滅ぼされたのよ。自軍の制御もろくにできない国家を信用しろといわれてもね」

「レオナルドさん?」


 瑠璃子はじろりと睨んだ。

 

「さ、流石にそれは私も初耳です。確かに例の部隊は、エリートというのは名ばかりで、家柄が立派なだけの無能なドラ息子連中の掃き溜めでしたが……」

「ともかく、私は王国を信用できない」


 ホワイトレイヴンはきっぱりと言いきった。


「でしたら私を信用してください。先ほどレオナルドさんが提示した報酬は責任をもって支払わせますし、私からもあなたに一つ報酬を約束します」


 ホワイトレイヴンが胡散臭さげに瑠璃子を見る。


「見たところ、あなたも聖女としてこの世界にいきなり誘拐されたんでしょう。報酬になるものを持ってるように思えないけど」


 隣でレオナルドが「誘拐ではなく召喚です!」と言ったが瑠璃子はそれを無視してホワイトレイヴンにだけ聞こえるように囁いた。


「ふーん。まあ悪くないわね。問題は瑠璃子を信用する根拠がないという事だけど」

「それはまあ、これから私の行動を見て信用してもらうとしか言いようがありません」

 

 実は、瑠璃子としてはホワイトレイヴンに信用されなくとも、それは仕方ないと思っていた。そもそもこの交渉もレオナルドがどうしてもとお願いされたのは渋々やっているのだ。やれる事を真面目にするつもりだが、あくまでそこまでだ。


「瑠璃子さんは信用できると思いますよ」


 それまで黙って見守っていた優子が声を発する。


「私、悪い人をいっぱい殺してきましたから、なんとなく良い人悪い人の察しが付くのです。この人はあなたを騙そうとしてませんよ。それに……」


 優子はニコニコ顔を崩さず言う。


「あなたを騙す悪い人がいたらちゃんと殺してあげますからね」


 レオナルドは「ひぃ」と小さく悲鳴を上げるが、瑠璃子は特に動揺しなかった。

 とにかく説得は上手く行った。ホワイトレイヴンはレオナルドが持ってきた契約書にサインする。



 聖女はあと一人となった。

 サキュバス聖女は王宮にいると言うのでそちらへと向かう。

 ついでに中間報告も済ませようと言う話になり、優子とホワイトレイヴンを連れて謁見室へと向かう。


「だから馬鹿な事はやめろって言ってるでしょうが!」

「ぎゃあああ!」


 王妃が国王にアルゼンチンバックブリーカーを仕掛けている所だった。


「王妃は元々は騎士でした。それも凄腕の」


 とレオナルドが説明する。


「王妃は国中を旅して魔物と盗賊を退治されていた時期がありまして、その時に魔物に襲われていた国王を助けたのが切っ掛けで結婚されたのです」

「なるほど」

「王妃は賢明ながらも苛烈な性格で、国王の思いつきをああやって止めるのです。まあ、最近は国王の方も王妃の目を盗むのが上手くなってきて、トラブルを引き起こしているのですが」


 王妃は国王を投げ捨てると、そこから腹にエルボードロップを叩き落とした。


「ぐえぇ!」


 潰れたカエルのような声を上げた国王が白目を剥く。そんな彼を家臣達が手慣れた様子で運んでいった。

 

「見苦しい所を見せましたね。聖女瑠璃子、現状はどうなっていますか?」

「半月さんとホワイトレイヴンさんは再び協力してくれると約束してくれました。あとはサキュバス聖女だけです」

「素晴らしいです。最後の聖女があなたで良かった。サキュバス聖女はこの宮殿にいます。どうか息子の魅了を解くよう説得してください」


 瑠璃子達一行は王子とサキュバス聖女がいる部屋へ向かった。

 その途中、歩きながら瑠璃子はレオナルドに質問する。


「レオナルドさん、今回の件で誰が何をやらかしたのか教えてください」

「王子です。サキュバス聖女が召喚された時、王子は彼女に性的な行為を要求したのですが、サキュバス聖女は自分にも選ぶ権利があると拒否しました」

「オチが見えてきました」

「まあ、お察しの通り王子は強引に事に及ぼうとしました。そこでサキュバス聖女に返り討ちにあって魅了の魔法を受けたのです」


 新しい頭痛に瑠璃子は、この世界から帰ったら休暇を取ろうと心に決めた。

 途中、太った青年の肖像画を見かける。


「あれは我が国の王子、バイセプス殿下の肖像画です」


 美化して描かれているが、それでも誤魔化しきれない醜悪さを感じる。


「体を半分にしても生きていそうなくらい太っていますね」

「重量過多ね。まともに動けるか怪しいわ」


 優子とホワイトレイヴンがそれぞれ感想を口にする。瑠璃子も似たようなものだ。サキュバス聖女が拒絶したのも納得だ。

 やがて目的の部屋の前に到着する。


「良いですよッ! その調子ですッ! あと10回ッ! あなたならできますッ!」


 部屋に入らないうちから、女性の大きな声が聞こえてくる。おそらくこの声の主がサキュバス聖女なのだろう。

 部屋に入ると、ある意味異様な光景が広がっていた。様々なトレーニング機器が置かれており、その内の一つを使って、ハンサムな男が汗だくになりながらトレーニングに励んでいた。


「あの御方がバイセプス王子です」

「えっ!?」

 

 レオナルドの言葉に瑠璃子はもう一度見る。確かによく見ると、あの肖像画の姿から痩せれば目の前のような男になるかもしれない。

 その隣でハレンチな服装をした官能的な体つきの女性が、さながらトレーナーのように王子に声援を送っていた。


「97、98、99、100!」

「お疲れ様です、バイセプス王子ッ! あなたの筋肉から歓喜の声が聞こえてきますよッ!」

「ああ、ペクトラリス。私の愛しい聖女。君のおかげで私は生まれ変われたよ」


 バイセプスは白馬の王子のイメージそのままの笑みを浮かべる。

 瑠璃子は優子とホワイトレイヴンと目があった。二人は静かに頷く。彼女達とは出会ってまだ1日も経っていないが、この瞬間に限っては心が通じ合っていると瑠璃子は確信した。

 瑠璃子、優子、ホワイトレイヴンの三人はレオナルドを見る。


「王子はこのままで良いのでは?」

「王子はこのままで良いでしょう」

「王子はこのままで良いんじゃない?」


 三人の聖女は同時にレオナルドへ言った。


「いやー、魅了されたままの方が良いという声は多いのですが、流石に次期国王が他人に洗脳されてるのはちょっと……」

「極めて残念だけど、確かにそうね」


 瑠璃子は残念という言葉を強調して言った。

 そんなやり取りをしていると、サキュバス聖女と王子がこちらに気づいた。


「おやッ!? レオナルドさんじゃないですかッ! その人達は聖女でしょうかッ!」

「ええ、黒井瑠璃子です」

「私は半月優子と申します」

「ホワイトレイヴンよ」


 聖女達はそれぞれ自己紹介すると、サキュバス聖女がそれに応じる。

 

「よろしくお願いいしますッ! 私はペクトラリスッ! ご覧の通りサキュバスですッ!」


 ペクトラリスと名乗ったサキュバス聖女はボディビルディングのポーズを取りながら自己紹介した。


「あなたが新しい聖女ですか。こんな汗まみれの姿で失礼。私はバイセプスと申します。申し訳ありませんが、私はこのあと政務があります。時間が空き次第、改めて瑠璃子殿にご挨拶しに伺います。では失礼」


 そう言ってバイセプスは立ち去った。彼の振る舞いは感心するほど礼儀正しかった。


「それで瑠璃子さんッ! 何のご用でしょうかッ!」

「王子の魅了を解いてください」

「お断りしますッッッ!!!」


 ペクトラリスは両腕でバッテンを作って拒否の態度を見せる。


「せっかく私好みの誠実で真面目な細マッチョのイケメンに育ってきたんですッ! 世の女性のためにもこのままの方が良いに決まってますッ!」

「反論の余地がない完璧な正論ですね。レオナルドさん、説得は諦めましょう」

「もうちょっと頑張ってください!」

「チッ」


 瑠璃子は交渉を続ける。


「どうしてもバイセプス王子でないと駄目なのでしょうか?」

「同じくらい顔が良ければ他の人でも良いですよッ! ただ健康でセクシーな筋肉の持ち主が良いですねッ! そういう人からなら良質な精力を吸収できるのでッ!」


 ペクトラリスは常識的な妥協案を提示してくれた。レオナルドも反論はしなかった。


「あとで候補者リストをお渡します。近衛騎士に何人か心当たりがあります」

「よろしくお願いいしますッ、レオナルドさんッッ!」


 こうして瑠璃子はどうにか全ての聖女の説得を終わらせた。 

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