特攻聖女セインツ4~イカれた聖女を紹介するわ!殺人鬼!アンドロイド!サキュバス!そして私はただの事務員!以上よ!~

銀星石

第1話

 自分が異世界に召喚されたと黒井瑠璃子はすぐに分かった。

 目の前には中世ヨーロッパ風の服を着た人々が、未知の言語で会話している。

 それでいて瑠璃子は彼らの言葉が理解できた。


「成功だ!」

「今度こそまともであってくれ」

「いやほんとマジで」


 おそらく召喚の際に自分の言語能力に対して補正がかかったのだろうと瑠璃子は推察する。大抵の異世界召喚というのは、言語の違いによるコミュニケーション不全を予防するためにそのような機能が実装されているものだ。


「それで、私に何をして欲しいの?」


 瑠璃子は異世界人に問いかける。とは言え相手が求めるものは概ね察していた。おおかた彼らの国とか世界とかを救って欲しいと言ったところか。


「聖女様、私はレオナルドと申します。この召喚の責任者です」


 異世界人の男が一歩前に出て言う。責任者だけあって他の異世界人より身なりが立派だ。貴族かもしれない。顔は瑠璃子の好みではないが結構ハンサムだ。


「聖女様、どうか我々をお救いください」


 ほら来たと瑠璃子は思った。

 しかしそうなると一つ気がかりな点がある。


「すみませんが、私は世界を救うようなすごい力は持ってません」


 瑠璃子はどこにでもいる平凡な事務員だ。勤勉さと社会性、あとは要領の良さがあれば誰でもできる仕事だ。

 そうなると召喚の際には一般にチート能力と呼ばれる超自然技能が召喚の際に付与されるものだが、しかし瑠璃子は何かしらの変化は実感できなかった。

 大抵の異世界召喚は使用者がその仕様や仕組みを十分に理解しないまま運用される。そのため、誤作動を起こすことがあるのだ。

 そうなるとちょっと不味いことになる。チート能力者を期待したのにやってきたのは無能力者なのだ。お前はいらないと言われて異世界に放り出される危険がある。

 

「いえ、我々があなたに求めるのは強大な力ではありません」

「では何をして欲しいのですか?」

「説得です! 他の聖女たちをなだめて欲しいのです」

「はい?」


 瑠璃子はちょっと間の抜けた声を出してしまった。


「我々は現在、魔王軍の侵略を受けており、それに対抗するために聖女を召喚しました。それがとんでもない殺人鬼聖女で、教会の上層部を惨殺したのです」

「え」


 話がおかしな方向にロケットスタートした。


「その後、殺人鬼聖女に対抗するために新しい聖女を召喚しました」


 瑠璃子はもう嫌な予感がした。


「その聖女はアンドロイド? とか言う機械の体を持った人でした。彼女は我が国から離反してしまい、また名門貴族出身で編成されたエリート部隊を壊滅させたのです」

「うん」


 瑠璃子は他に言葉が見つからなかった。


「我々は今度こそと三度目の聖女召喚を行いました」


 瑠璃子はまた嫌な予感がした


「しかし! 召喚された聖女はサキュバスだったのです! 彼女は王子を魔法で魅了してしまったのです!」


 瑠璃子は顔を覆った。


「そして四度目! あなたが現れたのです。どうか他の聖女をいい感じになだめしかして、我々をお救いください」

「もう帰っていい?」

「そこをなんとか! ようやく現れた常識的な聖女のあなただけが頼りなのですす!」


 レオナルドは恥も外聞もかなぐり捨てて瑠璃子の足にしがみついた。


「どうか! どうか我々にお力を!」


 レオナルドは涙と鼻水を垂れ流しながら必死に懇願した。追い詰められているのは確かだろう。


「分かりましたよ」


 知ったことじゃありません! と言ってレオナルドの美顔に無慈悲なストンピング攻撃をするわけにもいかず、瑠璃子はしぶしぶ彼らを助けることにした。


「それにあなたたちが救われるまで、どうせ元の世界には帰してくれないんでしょう」

「ええまあ……」


 レオナルドは気まずそうに目を逸らした。


「とにかくさっさと仕事を始めるわ」



 手始めに瑠璃子は殺人鬼聖女から対処することにした。

 

「召喚した者の責任として、私が護衛します」


 と言ってもレオナルドも付いてきた。


「私は魔法使いとしてそれなりの腕を自負します。あなたには傷ひとつ付けませんよ」

「それはすごいですね」


 口では言っても瑠璃子は正直不安だった。

 レオナルドはあまり体を鍛えている様子はなかった。強力な魔法を使える反面、身体能力に乏しい魔法使いだ。

 戦闘員として考えるなら、身体能力が低い魔法使いは論外だ。銃を使う兵士だってちゃんと体を鍛える。瑠璃子としては、戦う魔法使いは、最低でも素手でゴブリンを撲殺できる程度の格闘能力を持って欲しかった。


 瑠璃子はレオナルドを見る。敵を殴ったら自分の腕を折ってしまいそうだ。彼を単独の戦闘員として見た場合、過度に信用しないほうが良いだろう。

 道中、レオナルドの武勇伝を聞き流しながら歩いていると大聖堂に到着した。この異世界における宗教の総本山だ。


「殺人鬼聖女は半月優子という名前です。彼女は教会上層部の半分を殺した後、大聖堂を掌握しました。信徒たちはきっと恐怖で支配されているのでしょう。哀れな」

「はいはい」


 そもそもお前が召喚した聖女だろうと思う瑠璃子だが、それは口に出さなかった。

 いざ大聖堂に行くと、恐怖で支配されていると言う割には信徒たちの雰囲気はずいぶん明るかった。


「君、これはいったいどう言うことだ。大聖堂はあの殺人鬼聖女に恐怖で支配されているのではないのか?」


 レオナルドが近くにいた信徒を捕まえて問いただす。

 それに対し信徒はこう答えた。


「確かに優子様は敵とみなした相手には無慈悲です。しかしあのお方の半分は間違いなく聖女と呼ぶに値する慈悲深さですよ。だって、あれ程の悪事に手を染めていた上層部に対し、一切の苦痛を与えずに処刑されたのですから。それに心を入れ替えて罪を償うと誓った者は殺していません」


 その信徒によれば教会幹部の腐敗は相当なものだったと言う。

 寄付金を横領して私腹を肥やしており、さらに一部では「清めの儀式」と称して若い女性に対し口に出すのも憚れる行為をしていたと言う。


「それで半月さんは今どこに?」

「外出されております。そろそろお戻りになるはずです」


 ちょうど信徒が言った直後、何やら騒がしくなった。


「優子様がお怪我をされた! 誰か回復の魔法を使える者を早く!」


 大怪我をした日本人女性が担ぎ込まれてきた。彼女が半月優子なのだろう。

 信徒たちは数名がかりで優子に魔法をかけて治療した。


「ううん」

「ああ良かった! ご無事で何よりです」

「子供は?」


 優子は目覚めるなり信徒に尋ねた。


「子供?」

「馬車に轢かれそうになってた子供です。あの子は無事ですか?」

「え、ええ、それはもちろん。優子様がお助けになったおかげで無事です」

「ああ、良かった」

「ですが優子様、あなたは我々にとってなくてはならないお方です。どうかご自愛くださいませ」

「しかたないじゃないですか。自分の良心には逆らえません」


 会話から察するに優子は子供を助けるために大怪我したようだ。


「失礼、あなたが半月優子さんですね」


 瑠璃子は優子に話しかける。


「あなたは日本人?」

「ええ、そうです。あなたと同じく聖女として召喚されました。少し話をしても良いですか?」

「ええ、もちろん」


 瑠璃子とレオナルドは教会の教皇が使っていた私室に案内された。ちなみに教皇は優子の手によって物理的にクビになった。


「まず半月さんにいくつか質問があります」


 瑠璃子は優子に対して地球に関することを質問した。


「うん、思ったとおり、半月さんがいた地球と私がいた地球は別々の世界ですね」


 まず前提から違っていた。彼女は21世紀の地球出身だが、魔法や超能力の存在が社会的に認知されていると言う。

 優子はあらゆる存在を切断する〈切断の魔法〉を使えると言う。これは物理的だけでなく、抽象的や論理的な切断現象を発生させるらしく、例えば無線通信を強制的に切断できたりすると言う。

 

「ともかく半月さんのことは少し分かりました。それで私と約束して欲しいことがあります」

「何でしょう」

「誰かを殺すときはちゃんと相手の言い分を聞いてください。そしてもし相手がちゃんと謝ったら、許してあげてください」

「ええ、かまいません。それにわざわざ約束しなくとも、私はちゃんと謝った人は殺しませんよ」


 瑠璃子はほっとした。殺人に対する抵抗感が著しく低いが、優子なりの優しさがあると言うことだ。だったら常識的な付き合いをしていれば問題ない。


「それじゃあレオナルドさんは後で今の話を関係各所に周知してください。半月さんに対しては誠意ある態度を欠かさなければ問題ないと」

「わ、わかりました」


 レオナルドはまだ優子が恐ろしいらしく、青ざめた顔をしていた。 

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