第2話 黎明

「ソル!おはよう!」


軽やかに朝の光を浴びて白く輝く階段を降りていく。

ベーコンの焼ける匂いにつられてソルの足はキッチンの方へ向かう。

一瞬の眩しさに目を眩ませると、キッチンの奥にサラダ用の野菜を切る母の姿が光の中から現れた。

母はソルが近づくと、手を止めて笑顔を向けた。


「ソル、卵はどうする?」

「スクランブルエッグがいいな」


そんな他愛もない会話を交わして、ソルは穏やかな表情でダイニングテーブルに移動した。斜め向かいの席には父が座って、コーヒーを飲みながらモバイル端末の情報誌を眺めている。

ソルの椅子を引く音に反応して、父は一言静かに「おはよう」と声をかけた。ソルもそれに返す。

ソルの隣には誰もいないが、食器だけ置いてある。


「…ルナは今日も降りてこないのか」

「声はかけたよ」


全く降りてくる気配のない隣席の人物を思って2階に目をやる。父もソルも、それも挨拶の一部のようになっているし、お互い郵便受けを覗いた時に何も入ってなかったくらいにしか思っていない。

自分の目の前に、こんがり焼いたベーコン、トマトケチャップで曲線を描いたスクランブルエッグと、溶けかけたバターがきらめくトースト、新緑に母特製のドレッシングがかかったサラダがのった朝食の皿が出された。


「ルナには後で私が持って行くわ。さ、ソル、先に食べて。今日は友達と出かけるんでしょう?」

「…うん、ありがとう。お母さん」


にっこりと笑いかけてくれる母に、ソルも笑顔で返し、フォークで黄金色を掬う。

口に運ぼうとフォークを口に入れると、それはただ冷たい鉄の味しかしなかった。


「?」


不審に思って口からフォークを出す。皿に目をやると、何もない。先程まで美味しそうな食事がのっていたのに。

何が起きているのか理解できず、ぼんやりと柄のよく見える綺麗な皿を見つめていると、辺りが暗くなっていることに気づく。

さらに周りを見渡すと、先程まで父が座っていた椅子は倒れ、牛乳が入っていたであろうグラスはテーブルの上で弧を描くように転がり、その中身を垂らしていた。それはテーブルの上にいつの間にか広がっていた血飛沫と混ざり合って奇妙な臭いを上げていく。

外がピカピカと光っている。稲妻の光だ。ドームの外では雨が降っているらしい。ソルは立ち上がり、震える足で踏み出す。

足の裏を染めていく赤黒い液体はまだ生温かい。ダイニングルームの隣のリビングルームから人の脚が見えている。

眩暈がする。吐き気がする。それでもソルの脚は歩みを止められない。

それが追憶である限り、定められた道を逸することはできない。


リビングルームに近づくと、生き物が大きく呼吸をする音が聞こえてくる。ソルはそれを見て絶句する。


「ひどいね。あんなにいい奥さんだったのに。」


後ろから人の声が聞こえて振り向く。その人はソルを恨めしい目で見ている。


「違う!俺じゃない!」


否定の言葉を叫んだ瞬間、また新しく人が現れた。


「旦那さんは奥さんを庇ったから奥さんよりも損傷が激しいんですって。本当に涙が出てくる。なんであんなことできるのかしら」

「―――ッ!だから俺じゃない‼︎」


その後も次々と人が現れ、ソルの家は人で埋め尽くされる。全員が一斉に話すからもう一人一人が何を言っているかはわからなかったが、ソルを肯定する言葉がないことはわかる。

ソルは部屋の隅に座り込んで、虚な目で母と父の亡骸を見下ろし激しく肩で息をしている怪物のような人間を指差した。


「あいつが……!あいつがやったんだろ‼︎なんでわかんないんだよ‼︎」


人々にはその人間が見えていないようだ。尚もソルを指差して非難し続ける。

人間は膝と膝の間からソルを睨んでいる。

ソルの心臓の鼓動が速くなり、吐き気がさらに増す。


「ソルがやったんだよ」


肩に置かれた冷たい指。それは蛇のようにソルの首へとするするも伸びてくる。

いつも姿を見せない唯一の兄。

ルナはソルを見つめて微笑んでいる。目に感情はない。

ソルは出血するほど唇を強く噛み、彼のその手を掴む。


「ルナッ――!お前はどうしてあの時―――」


ルナにそのまま詰め寄ろうとした時、伸ばしたもう一方の腕は宙を掴んだ。

気づけばそこはベッドの上だった。

伸ばした腕にはうっすら汗をかいている。そのまま首へとその手を持っていくと、首はびっしょりと汗をかいていた。

上がった息を整えるため呼吸をゆっくりとしているうちに、段々と自分の置かれた状況を思い出してきた。


(確か…アヴァリと森に行って、そこで闇梟に襲われて…)


ふと自分の身体に目をやる。

いつの間にか肌着だけになっている。服を脱がされたのだろうか。よく見るとあちこちに包帯が巻いてある。誰かが手当てのために脱がせてくれたのだ。おそらくアヴァリだろう。

その白い包帯を見つめているうちに、最後に見たあの真っ白な人間を思い出した。


「〜、〜〜!」


人の声がした。全くなんと言っているのかわからなかった。

方言とかではない。全く聞いたことのない言語だ。

声の主は薬品棚の影から現れた。間違いない、あの真っ白い男だ。そのまま何か言いながらこっちに近づいてくるが、ソルには全く何を言っているのか理解できない。

消化の良い果物を少し切って皿に乗せて持ってきた白い男はソルの隣の丸椅子に座った。

自分の言葉を理解できていないことに気づいたのか、何か言い淀み、少し考えてから口を閉じると、口の代わりに手を動かし始めた。

そうして自分の胸に手を当てると、口を大きく動かしてゆっくりと一音一音発音した。


「キ、ズ、ナ」


自分のことを言っているのだろうか。


「…?えっと…あんた、キズナって名前だってことか?」


ソルはその男のことをそっと指差して首を傾げる。

男は伝わったと思ったのか、顔を輝かせて頷いた。

そのままソルへと、手を向けて首を傾げる。

名前を聞かれているのだろうか。


「えっと……俺は…ソ、ソルだ。ソ、ル」


男は嬉しそうに頷いてソルの手を握り、「ソル、ソル!」と繰り返す。

予想外の男のキャラクターにソルが戸惑っていると、部屋の中にアヴァリも入ってきた。


「ああ!よかった!起きたんですね!キズナさん、ずっと付き添ってくれてたんですよ」


替えの手当の道具を一式持ってきてくれたのか、アヴァリは小箱を扉の近くのカートの上に置いてソルの元へ駆け寄ってきた。


「キズナさん…?やっぱりこいつはキズナって名前なのか。な、なぁアヴァリ…俺はこいつの言葉がわからないんだが、どこかの方言だと思うか?」


キズナという男のキラキラとした目に耐えきれずソルはアヴァリに助けを求めるような顔を向けた。


「いえ…私も殆どこの方の言葉が理解できなくて…国によって言葉が違ったのは200年以上前でしょう?だからといって部族などはもうとっくにいなくなっていますし…あ、それに!この方が助けてくださったんですよ!私たちのこと!あっという間にあたりが真っ白に凍って…闇梟たちが雪像みたいになってボトボトと落ちていって…」

「…?それは、こいつが辺りを凍らせて助けてくれたって言いたいのか?いや、そんなことができるわけ…」


ふと、ソルはこのキズナという男を初めて見た時のことを思い出す。一瞬で凍った大きな生き物の尾。

アヴァリは思考を始めて黙り込んでしまったソルに、さらに興奮した様子で続けた。


「そ、それで…!この人私たちの拠点に戻るまでマスクもしないしこの薄着でこんなに元気にしてるんですよ⁉︎本当に信じられない……この方は神様が何かなのではないですか⁉︎何言ってるかわからないところも神様っぽいです!」


アヴァリが息を巻く姿に、ソルは呆れた様子で息を吐いた。


「……違う。あのな、こいつなんだよ。俺が言ってた要救護者。それに…その人並みならない力を使える人、ドーム外の空気を吸っても平気な人…そういうのが可能な種族に心当たりはある。」

「え?なんですか?」


ソルはその名を口にするのを少し嫌そうに顔を顰めた。

思い出したかもないことを思い出すからだ。


「"ムジカ"だ。ヤツらなら人外的な力を使えるし、この瘴気にもある程度耐性があるのもいるだろう」


"ムジカ"―――この時代で音楽活動で食べていくのならば必須となる人間の条件だ。

ムジカとは端的に言えば、改造人間である。

詳細は不明だが、ある特別な施術を受けて、人の音楽の才を高め、同時に"ミューズ"という人外的な能力を手に入れる。

また、ムジカは常人とは違い、食事で空腹感を満たすことができない。食事を摂る必要はあるが、その食事によって空腹を満たすことができないのだ。

その代わりに、彼らは音楽活動をすることで観客から生まれる感情エネルギーを吸収して空腹感を満たす。

この感情エネルギーこそ、彼らがミューズを発動するために必要なエネルギーである。

これは彼らにとって必要不可欠であり、逆に言えば感情エネルギーを摂らせてくれる観客がいないと彼らは空腹を満たせない。空腹を満たせないと彼らは―――

ソルは嫌なものから目を逸らすように目を閉じた。


「ああ、なるほど…確かに、ムジカなら…でもそれなら既に彼は空腹を拗らせて狂気化してしまっていてもおかしくなくないですか?あの地には人なんて1人いればとてもラッキーなほどいないですし…」

「それは……そうなんだよな…」


2人して再びゆっくりとキズナに視線をやる。

キズナの方もこっちの言葉を理解できていないようで、ずっときょとんとしている。


「…何か訳ありなのかもしれないな。もう少し様子を見たいが…アヴァリ。俺はあとどれくらい"ここにいられる?"」


辺りを見回す。

ベッドこそある部屋だが、とにかく狭い。

天井には蜘蛛の巣がうっすらと見え、棚がひしめき合っている。扉までの道は人1人しか通れないだろう。

とてもここが病室だとは思えない。

おそらくアヴァリが急遽スペースを用意して空いているベッドを転がしてきてくれたのだろう。ソルが寝ているベッドにはキャスターがついている。そもそもこのベッドさえも狭く、どちらかといえばソファーと言えそうな形をしている。

アヴァリは気まずそうに目線を下にする。


「……ごめんなさい。でも最初はあなたを中に入れることさえ許されなかったのです。なんとか説得して、ここまでさせて貰えたので…これでも結構譲歩してもらった方なのです。

その…目覚めるまでの約束なので、そう長くは…」

「そうか。ありがとう。じゅうぶんだよ」


ソルはアヴァリに優しく微笑んだ。


「ムジカ?」


2人は驚いてパッと同時にその声の方を向く。

キズナがそうはっきり発音したのだ。


「お前…ムジカは知っているのか?」


キズナはこくこくと頷く。


「でも、ムジカ、違う」


突然理解できる言葉で話し始めたキズナに、ソルとアヴァリは顔を見合わせてぎょっとする。

キズナは熟考しながら言葉を絞り出すようにしてポツリポツリと話す。


「言葉、知りたい、今の」





しばらくキズナに伝わるようにいろんな話をしてみせると、キズナの学習能力は著しく高く、あっという間にかなり話せるようになった。


「ありがとう。こんなにも言葉が変わっていたなんて、知らなかったよ。これで少しは君たちとコミュニケーションが取りやすくなる、かな?」

「いや、だいぶだよ。何一つ言葉知らなかったのに、お前すごいな…」

「そう?大体の文の構成は昔から変わってないから基本的な単語をいくつか教えてもらえればそんなに難しいことじゃないと思うよ」


キズナは屈託なく笑う。

アヴァリとソルはさきほどから聞いていてずっと気になっていた部分があった。2人はお互いの考えていることが同じであることを確認するように顔を見合わせ、頷くと、ソルが先に口を開いてキズナに尋ねた。


「なぁ…さっきからなんか昔…とか今…とか、まるで自分が違う時代の人間みたいに話すだろ?それにお前、生身で外にいても平気だしよ。何者なんだ?その…人間、なのか?」


キズナはソルの言葉を一生懸命頭の中で訳しているのか少しの間上の方を向いていた。

5秒後くらいに、キズナは頷いてニコニコと笑いながら答えた。


「えっと、簡単にいうと、俺は今から…結構前の時代で生まれたよ。君たちが生まれるずっとずっと前の時代。あと、お察しの通り普通の人間ではない。でもムジカでも、ない。同類?ではあるけど。あれらは一応誰でもなれるけど、俺のは限られた人しかなれない種類で…」


キズナはキョトンとしているソルとアヴァリに、首を傾げて苦笑いした。


「話すと長くなる!」


絶対とんでもない秘密を抱えているはずなのに、ふわふわとしたキズナの態度にはソルとアヴァリも拍子抜けしてしまう。

2人して同時に大きなため息をついた時、誰かの足音が近づいてきて、扉をノックしてきた。


「アヴァリ。"例の赤紋"は目覚めたか?」


声の主は低い男の声で、無感情に聞こえた。

ソルのような赤紋章の連中をよく思わない者なのだろう。

アヴァリはソルの顔を窺う。ソルは首を横に振る。

キズナはあまり何もわかっていないようでキョトンとしている。

アヴァリが言い淀んでいるうちに、その扉は開かれてしまった。

部屋の中に入ってきた男は舌打ち混じりに「相変わらず狭いな」とぼやきながらこちらに近づいてくる。

姿を現したのは中年ぐらいの男性で、眉間に皺を寄せて、ソルとキズナを見下ろした。


「なんだ、起きているじゃないか。」

「い、今、ちょうど今起きたんです!」


アヴァリが2人を庇うように立ち上がる。

男はそんなアヴァリを呆れた様子で片手で退かせた。


「おい、出ていけ赤紋。特別に食料も少しはその袋に詰めておいた。もう用はないだろう」

「そんな……!見てくださいよ、班長。彼はこんなに傷を負っているのに…!」


アヴァリはそう言って後ろを確認すると、既にソルは側に畳んで置いてあった自分の服を羽織り始めていた。


「ありがとう。恩にきる」

「ソ、ソル…!そんな状態でまたあんなことになったら…」

「大丈夫。こんな怪我経験がない訳じゃない。それに、こいつも――」


ソルがキズナに目を遣ると、その前に青い紋章が立ちはだかった。


「この男はこちらで保護・調査する」


キズナは尚も状況をあまり理解していないのかぼんやりしている。ソルはその不機嫌な表情を彼に向けようとしたが、その一瞬で考えてから黙って下を向いた。

遭難していたキズナを助けた。そのあとは?

なんとなく必死で彼を助けたがその後どうするかはそういえばよく考えていなかった。当たり前のようにキズナを自分に同行させようとしていたがそんなことしてどうなる?


「……わかった。よろしく頼む」


アヴァリは納得いかない様子でソルに目で訴えていたが、班長という上席がいるからか、それ以上は何も言わなかった。

ソルは最後に麻の袋を背負うとアヴァリに会釈、班長に敬礼をし、部屋を後にしようとした。

不意に腰の辺りの服の裾を引っ張られて、ソルはベッドの上に再び尻をついた。


「ソルと行く。俺も。」


ソルは驚いて目を丸くしたままキズナをただ見つめる。

キズナは曇りのない透き通った空色の瞳でソルを見つめる。

アヴァリと班長も驚いた様子でそれを見ていた。


「おい、聞いてないぞ。こいつ対話が可能なのか?」


キズナの目はソルの意識をも吸い込むようで、班長の声はソルには届いていなかった。


「ソルが…俺を目覚めさせた。氷の中からソルが俺を呼んでた声を聞いた時、君のところへ行かなくちゃと思った。俺が今、生きている意味は君とじゃないと見つからないような気がするから。だから、君と一緒にいたい、ソル。」


まるで愛の告白でもするかのような真剣な表情のキズナに、ソルも少したじろぐ。

班長は理解できないというように大きくため息をつく。


「なんだこいつ…イカれてんのか?おい、謎の異邦人。お前言葉を理解して話せるようだから説明してやるけどな、この男は赤紋っつってな。元囚人なんだよ。わかるか?犯罪者だ。そんなやつとの荒地探索への同行を自分から希望するなんて頭おかしいやつの言うこととしか思えん。お前がこの男にどんな思い入れがあるのかは知らないが、まともな道を選ぶならここに残ることだ。」

「…この班長さんの言う通りだ。見ろよ、この班長さんの態度とこの部屋。これでも俺の身分だと最上級の待遇だと思う。俺と一緒にきても辛いだけだ。だから――」


ソルがキズナの手を振り払おうとした。

しかしキズナはぎゅっと握って離してはくれなかった。


「やだ。あなたたちとでは俺は目覚めた意味がない。ソル――君もわかっているはずだ。」


不思議なことを言う男だ。

ソルは確かに何故この男のためにあれほど無我夢中になれたのかも不思議に思っていた。当然のように自分と同行させるつもりだったことも。

しかし、だからといってそれでは理由が曖昧過ぎる。それにキズナはただの遭難者ではなく、特異な性質を持った人間だ。

感情的な判断はできない。

ソルは迷うように視線を落とす。

するとキズナは意を決したように立ち上がってソルの腕を取った。


「逃げよう!ソル!」

「えっ、おい!ちょっと!」


ソルはキズナに無理やり引っ張られてこけそうになる。

班長が咄嗟に前に出て行手を阻んだ。


「そこをどいて欲しい」


そう言ったキズナの手は銀色の星のような光に包まれていく。

ソルはその光の色が、あの時大きな地底の生き物を包んだ氷の色に似ていることに気づき、咄嗟にキズナの視界を遮るように前に出た。

キズナと班長が同時に怯んだ瞬間を逃さず、ソルは班長を片手で殴り倒した。


「ばか!加減を知れ!」


ソルはキズナの手を引いて一緒に倒れて痛そうに蹲っている班長を飛び越えると、申し訳なさそうに小さく頭を下げると素早く出入り口の扉に手をかけた。

そのまま出て行こうとして、思い出したように振り向く。


「アヴァリ!本当にありがとうな、悪いが班長さんには俺の代わりに謝っといてくれ」

「あ、ちょっと――!」


アヴァリが引き止める言葉を思いつく前に2人の駆け足の音はもう遠くに行ってしまっていた。

アヴァリは諦めて少し笑ってから、床に膝をついて班長の頭に腕を回してゆっくり上半身を抱き起こした。


「班長……なぜ通したのですか?」


班長は自分の腕を目隠しにしていたので、その表情はよくわからなかった。


「…この荒地を駆ける探索者なんて今は皆、金のためか罪滅ぼしのために働いてるやつしかいない。生きている理由を探すため、なんて、なんだろうな、羨ましかったんだろうな。」

「…ええ、私もです」


アヴァリは天を仰いだ。


「あの事件の後から私も赤紋をつけていればどんな人でも許せない気持ちでいました。でも、私あの人に言われたんです。命を差別するような人間と犯罪者、何が違うんだって。私その時、ボロボロになって今にも倒れそうな彼を部屋の中でカメラ後しに見下ろして排除しようとしている自分が恥ずかしくなった。」


班長は黙って、アヴァリの方を見ずに彼女の話を聞いていた。


「…もちろん、彼のように本当は誠実な赤紋だからよかったですが、騙されて殺されて貴重な資源を盗まれていた可能性もあります。でも、それでも私は…この広大な荒地のオアシスとしての役割は赤紋に対してのみ働かないというわけには行かないと思いました。今後も…」


班長は不機嫌そうにフンと鼻を鳴らした。

でも、そう見せているだけで、きっと彼は機嫌がいい。


「お前にはもう見張り台は任せられないな」

「あはは…そうですね…それがいいかもしれません」





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白亜の解凍 塩胡しょこ @syoko_yasou

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