幕間 清川さんと女子会――IN早川家②

―― AM 11:07 ――


 清川さんをリビングまで案内していると、リビングからこちらをのぞく一対の目。それは真美の目で、清川さんを観察してる。今日は初めてくるお姉さんがいるよ、とは伝えていたんだけど、好奇心ゆえか、やっぱり初対面の相手には人みしりを発揮しているのか。一度でも触れあうと、なっちやケーコを出むかえたように、朗らかに行動できるんだけど。


 清川さんを返りみると、どことなく目を輝かせてるみたい。でも無表情気味の顔つきは変わった気がしない。あくまで私には殺気とかオーラとかは見えないはず。以前に取り違えされたんだよね。


 少し清川さんを意識している間に真美の顔はリビングに引っこんだ。その直後に、背後からションボリとした空気が伝わってきて。清川さんって小動物系とか、好きなんだろうか。姉としては、真美はあざとかわいい系だと思うんだけどね。


 リビングにたどり着いたら、みんなに清川さんの到来を告げる。


「みんなー、清川さんが来てくれたよー」

「……こんちは」


 私の後に少しの間をおいて、玄関に向かうときも聞こえた清川さんの気負いのない声のあいさつ。もしかして、これが素なのかな?――学校で私を試していたときの張りある声とは、ずい分違ってると思う。


「ちわー、清川っち? あたしは小野夏実だよー」

「こんにちは、清川さん。私は津島恵子です。お先にくつろがせて、いただいております」

「…………」


 なっちやケーコからあいさつの返しがあって。真美はなっちの後ろに隠れ、なっちとケーコの間から清川さんをのぞいていた。なっちやケーコも清川さんと言葉を交わした回数は少ないから余所余所しい。その空気にてられてか、真美も好奇心より人みしりの様子を見せて。フインキがそうだからといって、いつまでも清川さんを立たせていてもと思い――


「清川さんは、この席に座ってね。私、新しいコップやお皿を持ってくるから」


 さっきまでユウくんのいた席に清川さんを導いた。その席は私のお隣。ユウくんの使っていたコップや取り皿などをキッチンへ持っていき、代わりに未使用品を持ってきて取りかえる。その間に清川さんは、手荷物から持参品をテーブルの上に取りだしていた。そんな時に――


「おねえちゃん、おなまえ、なに?」

「……一美ひとみ

「ひとみ?」


 ちょっとシンとしてしまった空気の中、真美の声がした。どうやら清川さんの下の名前を聞いたみたいで。清川さんは返答して、真美のオウム返しにうなずいてみせていた。その様子をみた真美はなっちの後ろから出て、清川さんのひざに飛びつき――


「ひとみおねえちゃん、はじめまして!」

「……初めまして」


 清川さんは少し驚いた表情を見せたけど、すぐに優しい表情になって、真美にあいさつを返していた。それを見ていたなっちやケーコも、しばらくの間、言葉を失っていたようだけど――


「うーん、真美さんに助けられてしまいました」

「そうなー。あたしらも下の名前で呼びあおっかー?」

「そうですね。清川さん――いえ、ヒトミさん、私のことはケーコと呼んでくださいね」

「同じくー。なっちと呼んでねー。あたしは……ひとみんって呼ぶよー」

「……ケーコ? ……なっち?」

「はい! ヒトミさん」「ひとみん、よろー」


 真美の手を借りたとはいえ、気まずい空気を追いはらおうとするように、自分たちの呼び方、そして清川さんの呼び方を、それぞれで案内と提案をしていた。それに対して清川さんは、おぼつか無いフインキで応えて。なっちとケーコは元気よく返答しかえしている。


「まみはねー、まみだよー」

「……まみ、ちゃん?」

「えへー」


 そして真美も自分の呼び方を清川さんに提案していた。やはりたどたどしく返す清川さんに、真美は破顔してみせる。そして応じるように清川さんも破顔していった。


「じゃあ、私のことはリオって呼んでね。私はヒトミちゃんって呼ぶね」

「……リオ」

「うん、ヒトミちゃん」


 コップや取り皿などの取り替えを終えた私も、清川さん――うんん、ヒトミちゃんに提案してみた。ゆっくりでもハッキリと応じてくれたヒトミちゃんに、GOODを意味するハンドサインを笑顔で返した。ヒトミちゃんは突然のハンドサインに目を丸くしていたけど、しばらくして笑みと共に同じハンドサインを送ってくれた。


 これであいさつはお終い――そう思って平手を打ち、ヒトミちゃんが取りだしかけていたものを確かめるように、聞いてみた。


「ヒトミちゃん、その取りだしかけてるの、何かな?」

「……小倉、トースト」

「おいしそう!」


 そうだった――そんなフインキで、取りだしかけていた小箱――タッパーを完全に取りだし、ヒトミちゃんはフタを開けてみせた。中にはぎっしりと一口サイズのあんこのお菓子。ヒトミちゃんはその名称をはずかし気に口にした。中をのぞき見た真美が目を輝かせて感想を言う。


「本当に、おいしそうです」

「リオち、はやく、食べてみよー」

「そうだね。フォークを持ってくるよ」


 私はもう一度キッチンにもどり、人数分のフォークを取りだしてリビングにとって返し、タッパーの小倉トーストに突きたてた。なっちやケーコに真美はフォークをつかみ、小倉トーストを口にする。


「あまーーい!」

「小豆が良くゆでられていて、本当に美味しいです」

「甘美、甘美ー」


 そして私もフォークをつかみ、小倉トーストを口に入れた。


「甘すぎず、塩気も強く感じない。もしかして、あんこも手作り?」

「……祖母様、教えて、くれた」

「そうですか。優しいおばあ様ですね」


 優しい味わいに売り物と思えなかったので、手作りかヒトミちゃんに聞いてみた。首をコクリと動かし、自分の師を教えてくれる。それに同調したのはケーコで。ケーコも自分のおばあちゃんから、料理を教わっていたと聞いている。


 そして、みんなが二つ目を手にしたところで、タッパーをお返しするために残りの中味を取り皿に取りだして、私はキッチンへと三度足を運び、タッパーを洗って乾かした。


 リビングでは、主にケーコとヒトミちゃんで料理談義が行われ、時になっちや真美が食べてみたいと声をあげていた。ケーコもヒトミちゃんも共におばあちゃん自慢がスゴイのだけど。たまには私も、私のおばあちゃんに料理を習ってみようかなと思うようになっていった――



―― AM 11:38 ――


 ヒトミちゃんを交えてのおしゃべりは、料理談義からファッション談義を経て、コイバナに変わっていた。その間に真美は、ヒトミちゃんの腕の中で静かに寝息をたてている。重いだろうと、こちらに渡してと語りかけた時、ヒトミちゃんは首をフルフルふって受けつけない。それならと毛布をリビングの一角から持ってきて真美を包ませてもらった。


 ちなみに、今日のヒトミちゃんのコーディネートは彼女のおばあちゃんが行ったらしく、ゴスロリ風?――フリルの多い少女趣味なセレクトもできる人物像に対して、私やなっちにケーコは戦りつしていた。髪型が少女剣士風だからミスマッチ感が大きいわけで……。


 そしてコイバナは先日のユウくんとのデートの話題になって――


「――ほほー、ほっぺにキスねー。奥手なユウマにしちゃー、がんばったほう、じゃない?」

「いや、約束の証だから。期限が来たら、ちゃんと、くちびるにしてくれるから」

「でも、お返しにと称して、リオさんからくちびるに、キスされようとしたのでしょう?」

「あー、それはユウくんに流されて……」


 あの観覧車の中のできごとを問われるままに話してしまったら、きつく突っこみを受けてしまった。なっちには、ほっぺであったことでかわらかわれ、本番の約束だと反論したけど、ケーコに私から約束破りしようとしたことで追及され、私は言葉に詰まる。


「リオ、キス、してる?」

「くちびるには、まだ……」


 ユウくんと私の話になってから聞き役になっていたヒトミちゃんが反応した。ほっぺには、あれから何度かしてはいるけど。くちびるは当然、まだで。


「仕方、知らない?」

「えっ?! 知ってる知ってないなら、知ってるつもり、だけど――ヒトミちゃんは知ってるの?」

「……水人、に、してる……」


 ヒトミちゃんを除く女性陣の黄色い声がこだました。キスをする間柄でも不思議ではない距離感には見えていたけど、本人から聞かされると納得感が違う。


「くちびるにー?」


 なっちがニヤニヤしながらキスの場所を聞けば、ヒトミちゃんはコクコク首を振り応えてくれて。私もなっちもケーコももっと騒然とした。正直、ヒトミちゃんと鈴城くんの進み具合に戦りつが止まらない。


「ええと、さすがに、バードなキス、ですよね?」

「バード?――知らない……めてる?」


 私たちはまだ中学一年生だからキスをしても当然軽いもの――自分に言いきかせた表情でケーコが問いかけるけど、ヒトミちゃんはフルフルと首を振る。そして用語は知らないけどフレンチなキスをしてるらしいと言葉を投げてきた。


「……進んでます……」

「リオちも追いつくにゃー、がんばらないと」

「追いつくとかどうかじゃないんだけど……」


 ケーコは真顔で言葉を失い、なっちはなぜか張りあい気味に私をあおってくる。恋愛はカップル間の競争じゃないからと、私は抵抗したのだけど――


「……進む……もっと、先に、進み、たい……」


 意味深な言葉をはくと共に真美を見つめるヒトミちゃん。それって妹……じゃなくて子供が欲しいってこと?――自分の体の中に鈴城くんを迎えいれたい、そんな気持ちなのだろうか。想像しただけなのに、私は赤面してしまってるだろう。自分の恋愛がまだまだ子供にも思えて、はずかしくなってきた。


「……でも……水人、は、盾……」


――えっ!


 意味深では足りない言葉に、内心驚きがでて。その言葉は、秘密にしている話に通じるものではと、推しはかってしまった。なっちやケーコは意味が理解できなかったのか、どう反応しようかとまどっていた。


「もしかして、ご家族に反対をされていますか?」

「……祖母様、賛成……」


 理解はできないなりにケーコから鈴城くんとの交際を反対する家族の有無が、ヒトミちゃんに質された。料理談義の中で、すでに両親が交通事故死していることは、語られている。だからヒトミちゃんの家族は祖父母と父の妹の家族だけ。その家族の中で鈴城くんとの交際を積極支持するのは、ヒトミちゃんのおばあちゃんだけらしい。


「もしかして、おじいちゃんの意見が強いの?」


 おばあちゃんに抵抗できると言えばおじいちゃんだろう。そう当たりをつけて問えば、ヒトミちゃんはコクリとうなずいた。なっちやケーコに打ち明けられないけど、ヒトミちゃんは古流武術の後継者だというから、鈴城くんの何かが相応しくないということなのかも。


「おねえちゃん、元気ない?」


 少ししんみりしたフインキになったところで、いつの間にか真美が目を覚ましていた。ヒトミちゃんは真美に向けてフルフル首を振り否定する。でも――その未だ小さな両手でヒトミちゃんの顔をはさむと、真美自身の顔に近づけてほっぺ同士をこすりつけて――


「元気、注入ー!」


 かけ声とともにほっぺ同士をゴシゴシと強くこすりつけだした。目を大きく見ひらいたヒトミちゃんだけど、すぐに優し気な表情になって。その様子をなっちやケーコと見ていて、私たちもとアイコンタクトを交わし――


「「「元気注入!」」」


 私となっちとケーコは、ヒトミちゃんに向けて両手をのばして、かけ声を発した。


「……ありが、とう」


 その光景に、少し目に水滴をためて、ヒトミちゃんは微笑んだ。そして元気注入が済んだところで、ヒトミちゃんに問いかける。たぶん、この流れなら、無用なのだろうけど。


「ヒトミちゃん、鈴城くんについて聞きたいことあるけど、いい?」

「……何?」

「よく、ヒトミちゃんの代わりに鈴城くんが話してるように見えるのだけど、そのことを迷惑とか、イヤな気持ちに、なってる?」


 今日、女子会にヒトミちゃんを呼んだのは、鈴城くんと少しは距離をおく時間を持てたら――あの試された日に私が思ってしまったことを実現する――そんな目的も含まれていた。けれどヒトミちゃんは、しばらくコテンと首をかしげた後、首をフルフル振って私の問いを否定していた。どうやら私の無用な心配だっただけだった。



―― PM 0:00 ――


――ピリリリリリリリ!


 スマホの電子音がリビングに響きわたる。ヒトミちゃんが自分のスマホを見て残念そうな表情を見せていた。そして名残惜しそうな表情で、抱きかかえていた真美を傍らに下ろすと、立ちあがり言葉を発した。


「済まない、屋敷に、戻る、時間……」


 その言葉を聞いてキッチンに乾かしていたタッパーを取りにいく。タッパーを持ってすぐリビングにもどって、荷物をまとめていたヒトミちゃんにお返しした。


「はい。タッパーのお返し。それじゃ、お見送りするね」

「では、私もご一緒に」

「うむ、あたしもいくよー」

「まみもー」


 見送ろうと話すと、ケーコやなっち、それに真美までも玄関へ行くという。それを見たヒトミちゃんは『ありが、とう』と答えてくれて。私を先頭にリビングを後にする。


 玄関にたどり着くと、私もサンダルをはきドアを開け外に出れば、すでに鈴城くんが待っていた。その鈴城くんの表情は少し青い。鈴城くんの後ろで控えていたユウくんに目を向けると、苦笑を返してきた。


 疑問に思っていると、ヒトミちゃんも外に出てきて。なっちやケーコは中で見送ったようで出てこない。代わりに真美が出てきていて――


「ひとみおねいちゃん、また、きてねー!」

「……また、来る!」


 ヒトミちゃんと真美でハイタッチを交わしていた。そして――


「「またねー」」


 手を振る私と真美の声に、目いっぱい手を振りかえしながらヒトミちゃんは、青色吐息の鈴城くんの手を引いて、幹線道路のほうへと歩いていった。


「いっちゃったー」

「また来てくれるよ」

「ほんとう?」

「ほんとうよ。それと、これからリンちゃんも来るから」


 少しションボリする真美に、ヒトミちゃん再訪はかなうと言葉をかけると、元気よく玄関のドアを開けて中へ飛び込んでいく。それをユウくんと一緒に追いかけた。



―― PM 1:08 ――


――ピンポーン!


「リオちゃーん、来たよー!」


 リンちゃんの声が玄関からした。ヒトミちゃんの残していった小倉トーストを中心にお昼ごはんにしていたところで。私たちはリンちゃんを出迎えるために玄関へ向かう。リンちゃんもそろうのは小学校最後の冬休み以来。情報通のリンちゃんから何が聞けるだろうか、とても楽しみだと思った――



―― PM 6:30 ――


 みんなが帰って一息ついて、再びリビングのそうじをして。そして夕飯を準備していく。夕飯分だけのお米を研いで、電気すい飯器にお水を指示線にきっちり合わせてスイッチオン。お昼と同じく野菜スティックも用意して、ご飯のむらしが終わるころにインスタントのカレーを電子レンジでチン。用意ができたので、ユウくんにも食べてもらってた。


 お話のタネに、清川さんが私たちといた時の『男子会はどうだった?』と、ユウくんに聞いたのだけど――


「鈴城くん、落ちつこうよ。ジュースがこぼれるほど、コップを持つ手が震えてるからさ」

「お、落ち着いて居られると思うかい? ひ、一美ちゃんが、ボクをおいて、一人であの家に居るんだよ?……心配で心配で、落ち着いて等居られるわけない!」


 やり取りを教えてくれたユウくんは苦笑いだった。依存してるのは、鈴城くんもらしかった――

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