第14話 華麗なる復讐
青薔薇の加護が復活してから間もなく、クリストファーの裁判が王都で開かれることとなった。裁判と言っても王侯貴族が対象なので、激しい追及があるわけではなく、主張の食い違う双方の意見を第三者が判定するというものである。この日のため、セシリアも王都入りしていた。
「俺は、農奴らが傭兵団を雇って城を襲うという情報をいち早く入手して、近隣の貴族に応援を頼みに行ったんだ。その留守中に妻が傭兵団を引き入れて、城を乗っ取られた。もしかしたら、最初から傭兵団と結託していたのかも」
クリストファーの勝手な言い分に、セシリアはかっとなって声を上げた。
「ふざけないで! そんな根拠のないことを言わないでください!」
「あーセシリア殿。こちらの許可なしに、勝手な発言は控えていただきたい」
判事が咳払いしながらセシリアに注意する。セシリアは口をつぐんだが、その代わりクリストファーを燃えるような目で睨みつけた。
「クリストファー殿。では、あなたは、逃亡したのではなく領地を守るために準備を整えていたと。つまりこうおっしゃるわけですな? それについてセシリア殿の意見は?」
「彼の主張は矛盾してます。まず第一に、彼は腹心の部下や城の兵士らに一切相談していません。反撃の準備をするならば、誰にも相談せず一人で行動することがあるでしょうか? しかも、愛人と一緒に姿を消しています。この状況で、いち早く逃げたと考えるのが普通ではないでしょうか?」
「俺がいなくなってくれてお前は好都合だったようだがな。かつて青薔薇の聖女と呼ばれた女が、異民族の団長とねんごろになるなんて。よくもまあここまで堕ちたものだ」
「法廷で私を侮辱するのはやめなさい! 私は領地の経営権と引き換えに彼の要求を飲んだのです」
「ほお? それだけ? 本当に?」
クリストファーが下卑た笑いを響かせる。セシリアは胸がむかむかして吐きそうになるが、ぐっとこらえた。
「正直に申し上げれば、あなたは領主としての仕事を一切しませんでした。私がどれだけ領地の惨状を報告しても愛人と放蕩にふけるばかり。ただ遊ぶだけならともかく、私が政治に参加する権限を与えなかった。手つかずになった領地は荒れるばかりでした。領民を救うために経営権が必要だったのです」
「判事さん。こんなことを言ってますが、実際にやったことは異民族の団長と関係を持ち、権力を掌握しただけです。大義のためと言いながら、浅ましい欲望を満たしたに過ぎない。違いますか?」
「ふざけないで! あなたがいなくなったところで、自動的に私に経営権が移る仕組みではなかった! ダミアンが新領主になって彼から譲渡されなければ無理だったのよ! でも、そのお陰で領地の経済状態は劇的によくなっています。どちらが領主として優れているか一目瞭然だわ!」
「残念ながら、セシリア殿。本法廷は、どちらが優れた領主かではなく、どちらの主張に利があるかを判断するものです。あなたは、傭兵団の団長と関係を持ったというのは本当なのですか?」
なぜ多くの聴衆が見ている前でこんな質問に答えなければならないのか。セシリアは、屈辱を覚えながらも正直に答えた。
「ええ。本当です」
にわかに傍聴席がざわめく。聴衆の好奇に満ちた視線が痛いほど刺さった。
「実に嘆かわしい。夫が不在でも、貞操を守るのは妻たるものの務めなのに。青薔薇の加護を失ったのも頷ける。こんな淫乱な女に加護がつくはずがない」
クリストファーはそう言うと嘲笑した。そんな彼をセシリアはしれっとした目で見る。
「夫が愛人を持つのは黙認されて、夫に逃げられた妻は貞操を守れと強く要求される。不公平だと声を上げれば毒婦と罵られる。この世は本当にバカバカしいですね」
「なっ……セシリア殿。神聖な法廷においてそのような発言は慎むように!」
判事が気色ばんでセシリアを注意するが、彼女は無視して続ける。
「少なくともダミアンは私の尊厳を守ってくれた。加護がなくても私の価値は揺るがないと教えてくれた。自信を失っていた私の心を蘇らせてくれた。異民族? 傭兵団? 被差別民? どちらが人として優れているか明白では?」
「残虐と恐れられる悪魔将軍に身も心も陥落したのか! どこまで堕ちれば気が済むんだ? これが聖女と言われた女の末路か!」
クリストファーの煽りに呼応するかのように傍聴席がざわざわとする。判事も聴衆もクリストファーの味方だ。常識や慣習の壁は余りにも大きい。
セシリアは決意した。一度は真正面から戦おうとしたが、やはり無理なようだ。向こうが権力を笠に着るならば、こちらも別の権力を使うまでだ。大事なのは勝つこと。領民とダミアンを守ること。文字通り傷だらけになりながらも自分のところに来てくれたダミアンに、今度は自分が恩を返す番だ。そのためなら手段なんて選んでいられない。
「加護のない女、今そうおっしゃいました? 訂正してくださる?」
セシリアはそう言うと、懐から一輪の青薔薇を取り出した。まだ瑞々しさを残し目が覚めるくらいに鮮やかな青の薔薇。判事やクリストファーだけでなく、野次馬根性で集まった傍聴人たちも皆はっと息を飲んだ。
「何ですか、それは!?」
「見ての通り青薔薇ですが? うちの中庭に咲いたものを王都に行く直前に採取しました。これなら私の言うことにも耳を傾けてくれますか?」
「まさか……そんなバカな。どうせ外国から取り寄せたんだろう。そうに違いない」
「それならこれだけの鮮度はないはずですね。もっとも、咲かせる能力が戻ったのはつい先日のことです。ダミアンがこの能力を呼び覚ましてくれたのです。彼が私に自信をくれたというのはそういう意味です」
「ふざけるな! 卑しい異民族の男にそんな力があるわけなかろう! バカなことを言うな!」
「クリストファー殿、静粛に! これ以上何か言うなら法廷侮辱罪で退廷させますぞ!」
クリストファーは愕然とした表情で判事を見つめた。ずっと自分が優位に立っていたのに、青薔薇を見た途端、手のひらを返した判事が信じられない様子だ。
「青薔薇の加護は本当に復活したのですか? 一回限りということはないのですか?」
「青薔薇が咲いたのはつい先日なので、これからどうなるかまだ分かりません。しかし、私が希望を持ち続ける限り加護は消えないことが分かったんです。私の尊厳が踏みにじられない限り。つまり……お分かりですね?」
セシリアが青薔薇の香りを嗅ぎながら判事の方に顔を向ける。目が合った判事は、金縛りにあったように何も言えなくなった。そんな中、すっかり腰を抜かしていたクリストファーが身を起こしながら、おずおずと口を開く。
「悪かった。俺が悪かった。生まれ変わってまた頑張るよ。経営権もお前にやる。お前だけを一途に愛する。だからよりを戻そう。仲直りしよう。俺とお前はお似合いのカップルと言われたじゃないか。あの時を思い出してくれ」
「汚い口でさえずるな! もう顔も見たくない! 私の前から消え失せろ!」
セシリアが、これまでで一番大きな声を張り上げた。その剣幕に、クリストファーは反射的に固まる。もう判事も、セシリアを制することはしなくなっていた。
「クリストファー殿、もうここまでにしておきなさい。青薔薇の聖女が復活した以上、あなたに勝ち目はありません。ここは穏便に身を退かれるのがよいかと」
「おい! お前の両親からくれぐれも娘を頼むと言われたんだぞ! 俺はお前を守る義務がある!」
「私はもう誰かに守られる必要はないの。反対にたくさんの人を守りたい。あなたは私の人生に不要な人です。さようなら」
顔も向けずに言い放つセシリアにクリストファーはなおも呼びかけたが、彼女は二度と彼を見ようとはしなかった。終いには断末魔の悲鳴のように喚き散らすので、判事が彼を退廷させるようにと命令した。
「お見苦しいところを見せてしまいました、セシリア殿。さて、青薔薇の加護が復活したなら、国王陛下にも会っていただく必要があります。青薔薇は国の財産と言っても過言ではないので。これで多くの人たちが救われましょう」
「もちろん、国王陛下に謁見するのはやぶさかではございません。ですが、その前に約束していただきたいことがあります。一つ。ダミアンのことは不問に願います。先ほども申し上げた通り、彼は私にとって大切な人です。他の誰が何と言おうと、彼に手を触れることはまかりなりません。二つ。クリストファーが私の領地に入るのを禁止してください。彼とは金輪際関係を断ちたいのです。これらが守られれば、私も喜んで協力いたしましょう」
「こちらとしては、特に問題がないと考えます。国王陛下は鷹揚な方なので、特に異存はないかと思われますが、こちらからも口添え致しましょう」
かくして、セシリアの王都での仕事は終わった。後光の憂いなく王都を後にして、皆が待つ領地へと戻ったのであった。
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青薔薇の聖女が復活したという知らせは、あっという間に国を駆け巡った。時の国王は祝電を送り、セシリアの名誉は完全に回復された。領地では、復活を祝う祭りが三日三晩行われ、誰もがセシリアへの祝意を述べ、変わらぬ忠義を誓ったと言う。
クリストファーはそのまま釈放されたが、各地を転々としながらも繰り返しトラブルを起こし、やがて落ちぶれ、ある時から行方知れずになった。セシリアの前に姿を現すことも二度とない。
ダミアンは正式に青薔薇の聖女の伴侶となった。有能な夫婦の統治で領地は更に栄え、青薔薇の加護がなくても経済的基盤は盤石なものとなった。青薔薇の模様が描かれた白磁器は全国的な人気となり、この地域を代表する工芸品となっている。青薔薇の加護はそれから尽きることなく、いつまでも青空のような輝きを放ち続けた。
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最後までお読みいただきありがとうございました。楽しんでいただけたら☆~☆☆☆をいただけると幸いです。
加護を失った青薔薇の聖女は悪魔将軍に溺愛される 雑食ハラミ @harami_z
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