第7話 壁の全壊。 (終)


 ――目をあけると、視界がぼやけていた。


私の部屋じゃない、天井。

ピッ、ピッと、機材の音が聞こえてくる。

これテレビの病室でよく聞こえるやつだ。


とても良い夢をみた気がした。


傍に奏がいるのを感じた。

なんとかそちらに首を曲げて見ると、私の片手を握りながら、ベッドに突っ伏して寝ている。


 動かしたせいか、頭がズキ、とした。

空いてるほうの片手で頭に触ってみると、包帯のようなガーゼのような触り心地があって、ああ、手術したのか…と考える。そして。


 ああ、私、忘れてない。

奏のことを覚えてる。

記憶喪失フラグも折れたんだ……よかった。


 奏が私に執着して好感度を上げ続けてくれたおかげかも知れない。

ヤツはそんな事知らないし、好感度はあるのかないのか知らんけど。でも。

 ほんとに……ホールで『カノン』弾き始めた時は、もう死んでもいいやって思ったくらい……泣きながら弾く奏が愛おしかった。


 そして死亡フラグはもうないはず。

ホッとしたその時、涙がでた。

そういえば、今まで泣いてなかった気がした。

こんな病気になってしまったというのに。


 奏と話したい。


「かなた」

声はかすれてたけど、呼んでみた。


 起きない。

相変わらず寝起きわるい。

しょうがない子だな。


「かなた」

もう一度呼ぶ。


 起きない。

ふつう、こういう時ってハッとして起きて、名前叫びながら泣くとこじゃないのかな?


ん?

繫いでる手が小刻みに震えてる。

目の端に涙が浮かんでる。


「ねたふり やめて」

「――っ」

 奏はそのまま、突っ伏して、号泣した。

泣き虫め。

まず私を労って慰めなさいよね。


「どうして、きょく、かえたの」

「あの音がよく響く場所で、お前の一番好きな曲弾いてやりたくなった……」

「……ばか」

「……うん、ごめん、練習とかいっぱい付き合ってくれたのに」

「うれしかった」

 私は、握ってもらっている手に少し力をこめた。

そしてヤツはまた泣き始めた。

どうしようもないなぁ、まったく。


 そして正面に置いてあるテレビが目に入った。

賞状がなんと無造作にガムテープで貼ってある。

特別賞と書いてあった。


 あんな事したのに、賞状もらえたの?

それなら、もっと大事にしなさいよ。


退院したら、一緒に額縁を買いに行こうね。


 後日知ったのだが、この特別賞は昔、奏がコンクールに良く出ていた頃の審査員がいて、奏の復活を喜んだ事もあったみたい。ホントに特別賞だ。

 もちろん、演奏も評価した上でのことだけれど。


 知らないところで愛されてるね、奏。


※※※


 数カ月後。

私は、リハビリ兼ねて、結構長い間入院したので、勉強が大変になってしまった。

奏の家で、奏がピアノ弾いてる横で、それをBGMにリビングにあるコタツで勉強する。


 五体満足とはいかないけれど、わりと生活に支障がない程度には、身体は動かせるようになった。

あれだね、ゲームのご都合主義で、酷い難病患ったわりにこいつ元気だな、みたいなそんな感じ。だと思う。


 正月には奏の両親が一時帰国して、奏がピアノをやる気になっていたので、感激していた。

奏が私がやれって言ったから、と言ったらしく、ご両親にはとても感謝された。


 奏が指を怪我してからは、よそよそしい家族だったけど、温かみが戻ったように見えた。

ご両親も多分、奏に気を使ってたんだろう。

奏はそれを見捨てられたと感じていたようだけれど……良かったね、奏。


 それにしても。

ゲームは高校3年生の卒業までだったけど、イベントが大分巻いて、高校1年生で終わってしまったぞ。

これはいったいどうなるのだ……?


 もう普通に生活していいのだろうか。

正ヒロインのエンディングは、何枚かイラストがあって、演奏会で一緒にヨーロッパ行ったり、プロポーズのシーンだったり、結婚式の様子だったり………うあ!


 そうか、最終的には結婚するのか!

死亡フラグのことばっかり考えてて忘れていた!

あれだね、前世を覚えてるデメリットがここにあったね。


 死亡フラグ回避する知識があって助かったけど、プロポーズ……の言葉やイラストを覚えていたりで、先の楽しみを知ってしまっている残念さがある。


 お楽しみにしておきたい事なのに、何を言ってもらえるとか知ってるとか……これも一長一短だな。

まあ、死亡フラグも箱を開けてみれば内容が違ってたりしたから、またゲームとは違う事言ってもらえるかもしれないけれど。


……ん? なにか忘れてることがある気がする。


まあいいか、とりあえず普通に暮せばいいか、と結論付けたところで気がつくとピアノの音が止んでいて、

コタツに奏が入ってこっちを見てた。


「あれ、いつのまに練習終わったの?」

「もう少しやるけど、ちょっと休憩」

「じゃあ宿題やる?」

「休憩にきたんだよ!? 休憩が宿題とかお前は鬼なの!? 泣くよ!?」

「いや、つい。……お茶でもいれようか?」

「もう、自分で淹れた」

 Oh…。考え事して気がついてなかった。

目の前にはホカホカ緑茶がマグカップに入っていた。

茶柱立ってるじゃん。良かったね。


「お前こそ勉強の手止めて、ボーっとしてたみたいだけど、何考えてたんだよ」

「……ああ、もうすぐ春休みだし皆とどこ行こうかなーとか」

「なんでお前はいつも皆と遊ぶ前提なんだ。……そこはまずオレとどこに行こうとかじゃないの?」

「いや、二人とかって、どうやって間をもたせたらいいかとか考えるとつい」

「そろそろ付き合っているという自覚をだな」

「自覚……はあるよ。大好きだよ、奏」(淡々)

「……ちがう、そうじゃない」

 奏がコタツに肘をついて顔を覆った。

幼馴染の壁はまだ残っているからなぁ。

わたくしも難しいところでして。


「んー、じゃあさ、話しは戻すけど。奏はどこか行きたいとこある?」

「……。そうだな。それよりも、やりたいことがある」

「なによ、言ってみ?」

「言うより実践したい」

「ほう、それはいったいなんだね」

「こういう……」

そう言って奏が、身体を近づけてキスしてきた。


え……。

何……。


そういえば、コンクールの前の日以来、してませんでしたけども。

あの時、真っ赤になってプルプルしていた貴方様はどこへ行った?


「…えっと、実践できましたか?」

「まだ」

「?」

「実践というのは、この先のことで……」

「さ、先……!?」


 あ……そういえば、このゲームは、18禁でしたね…?

学園もので18禁と言いますと、卒業までにそういうイベントが……。


 あっ。

さっきなにか忘れてる気がしてた、けど。

重大なイベントが一つ残っておりましたね……!!


やばい、いやなよかんがする。


「わたくし、まだ身体のほうが万全では、ありませんで…」

私は後ずさった。


「……今日、学校の廊下で全速力で走ってたのをオレは見た」

「移動教室が間に合いそうになかったからね……だから何だってんですかね?」

 距離を開けた分を詰めてくる。

ジリジリと、後ろに下がったが、背中が壁にあたる。

た、退路が……!!


壁に手をつかれる。

これは、壁ドンというやつでは……!!


「軽やかに走ってたヤツが、身体が万全じゃないのか?」

 目がマジですよー…? 奏君そんなマジな目しちゃってど、どうしちゃったのかなー?

死亡フラグがなくなって安心しきっていた私の心はノーガードだった。


 心の中で。

幼馴染という壁に囲まれた中で、平和でのんきに暮らしていた小さな自分が、奏の進撃にプルプルと怯えている。そんな映像が頭に浮かぶ。


「そう、そうそう。あと心の準備ってものもね、あるのよ。世の中には」

心がガタガタブルブルしている事を悟られてはならない。

ここは毅然とした態度を。


「確かに、その通りだな。……わかった」

聞き分けがよろしい、とホッとしたのもつかの間。


「じゃあ、考慮した結果……練習をしよう」

「練習!?」

「心の準備とは練習を重ねて出来上がるものだとオレは思うんだ」


か、奏の癖になんだその言い回しは!

私の顔に影が落ちる。あ…あ、ああああ…。

「拒否ったら泣くからな」

「どういう脅しよそれ!?」

「まあ、練習だから気にするな。……大体心の準備が出来てるヤツとか誘っても、つまらないしな…」

「気にするわ!!! って今何っつった!? あー!? こら……っ!!!」


 奏が! なんか! 怖いこと言った!!

ゲーム、こんなのじゃなかったよ!?

予定外の行動するんじゃない!! 主人公め……!!


――彼の言うその練習とやらは、練習と言えたものではなく、それは即実践でありました。

 既に半壊していたウォール・オサナナジミは、その日、完全に崩れ去ったのだった。


※※※



 その後、交際しながら高校卒業して、お互いバラバラの大学へ行ったけれど、結局奏は家でずっとピアノを弾いているので、私も結局その時間に、勉強したりとかして。

ずっとそんな付き合いを続けて、最終的にはやはり結婚した。

 プロポーズの言葉とかも違ってた。


 ひょっとしたら、前世を思い出した頃に考えていた、"みんなきっとどこかの誰かだった"。


奏もきっとそうなんだろう。

きっとこの主人公の中の人は、その人に沿った人生を送って、私を選んでくれたのだろう。


――ありがとう、私はあなたが主人公で、よかった。


                  

『ギャルゲーの正ヒロインに転生してしまった。』 おわり


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