第6話 おばか。

夏休みの終わり。

奏はちゃんと宿題を終わらせた。


「遊園地行きたい」

肩に顎を乗っけるんじゃない。重たい。

「んー、宿題終わったしいいか。皆は宿題終わったか聞いてみようか」

皆に連絡しようとしたら、スマホを取り上げられた。


「二人で行きたい」

「むう」

「駄目なのかよ」

「いや、別にいいけど、最近グループで遊ぶ事が多かったから、……二人きりって、なんだか照れくさいなーと」

私は素直にそう言った。


ウォール・オサナナジミは半壊したとはいえ、ちょっと対応に困っている。

まだ付き合わない、そしてまだ気持ちは幼馴染卒業できず…よって壁は半壊を保つ。

友達とグループ交際に持ち込みたくなる私の気持ちもわかって欲しい。


「なあ。……この状況おかしくない?」

「何が?」

「この状況、オレたち既に付き合ってなくない?」

状況はそうだけど、しかし、健全な青少年の付き合いと幼馴染との差は一体なんなのだろう。

……キ、キスくらいか? 


「……そ、そのように捉えられても仕方ない状況だとは思う。しかし違う。金賞とるまでの約束あるでしょ」

「金賞取れなかったらずっとこのままなのか? 取れるまでがんばるけどさ…」

「うーん……それなんだけど」


 奏の言う事は一理ある。

不治の病イベントが始まってしまっているから、私もちょっと考えを変えるところがあった。


 白井清華とも友達になったから、多分金賞を取らなくても彼女のお父さんに執刀してもらえると思う。

実際この間、清華に、思い切って病気のことを打ち明けたら、泣きながら絶対お父さんに頼んであげるって言ってもらえた。

 清華、マジ天使。


 だから、ゲームでの条件の"金賞を取る"が必要なくなったのだ。

そして私が希望しているピアノ再開も、奏自身がやる気を出している。

だから――。


「奏。あのね。金賞は取れなくてもいいよ。取れたほうがいいけど。」

「え、なんだよいきなり。取るぞ。約束だから。例え来月のが駄目でも、またその次を頑張るから待っててくれよ」

 金賞取れるまでこのままー?とか言う癖に取らなくていいとっていうとこれか。

天邪鬼なのかな? でも取るって言える自信がついてきてるのはすごい。


 今年のコンクールなんて、いくら昔に神童って言われてたとしても、すこし無茶がある気がする。

私の考えるスケジュールは来年のコンクールだった。

 ああ、でも奏は主人公だ。

主人公補正でなんとかなるのかもしれない。


「奏は今後も、ピアノを弾いていけそう?」

「もう大丈夫だ。……音大も受験することにした。受験のために指導してもらう先生も見つけた」

おお。


「奏はこれから忙しくなるね。でも、それを聞いて安心した」

「心配してくれてありがとう、がんばる」

ほこっと可愛い笑顔で笑う。なでなでしたい。けど。


「私も一つ、話しておかないといけないことがあるんだ」

来月のコンクールは、別に落としても良い。それなら。


――私は、病気のことを奏に伝えた。


「なんだよそれ……なんでもっと早く…」

 彼の目が潤んでいる。

さっきのほっこり笑顔を速攻で奪ってしまった。


「ごめんね。……でも、伝える時期を私も悩んでたってわかってほしい。

でもほら、お医者さんも見つかってるから。あまり心配しないでほしい」

 奏が泣いて抱きついてきた。泣き虫め。


「まるで死ぬみたいだよ。大丈夫だから」

「なんで、そんな……平気そうにしてるんだよ。強がってるのか? なんでそんな事、一人で抱えてたんだよ……! そんな事情抱えてるのに、オレの宿題の面倒みて、レッスンも付き合って、飯とか作りにきて……なんなんだよ、なんでそんな冷静なんだよ、お前」


「奏が泣くから、逆に冷静になれるんだと思う。ほら、私のかわりに泣いてくれるというか。それに、まだ病気になってから間もないから元気だし」

「あ、あのなぁ。 ……てか、オレ馬鹿みたいじゃないか。お前はそんな状況抱えてるのに。お前と付き合いたいとかそういう浮ついたことしか考えてなかったし」


「知らなかったらそれが当たり前だと思うよ。…というか、私、病気克服するつもりでいるから、そんな絶望しないでほしいんだけど」

「絶望してないの!? メンタル強すぎだろ!? 難病とか言われたらオレなら立ち直れないで引きこもるぞ!?」

私は吹いた。


「たしかに、指の怪我とか、かなり引きずったよね」

「笑うところじゃないぞ!?」

ボロボロ泣いて止まらない、困ったな。


「そろそろ泣き止めない? ほら、遊園地行く相談しないと」

「そんなのできるわけないろ!?」

「……」

私は奏に顔を近づけて

「ん」

 ――キスをした。


「えっ」

え、じゃない。

何回かするうちに、奏はすっかり大人しくなった。ただし今度は震えてる。


「おまえ、なにを……オ、オレたち付き合ってないんだぞ」

 プルプル震えて顔が赤い。何を後ずさっているのだ。

お前は純情な乙女か。ギャルゲーの主人公のくせに。

こちとら命賭けてるのだ、それを知らないとはいえ、これくらいは許してほしい。


「ショックを受けた人間には別のショックを与えて治すといいとか聞くから」

「そんな理由でファーストキスを!?」

「少女漫画とかではよくあること」

これはギャルゲーだけど。


「漫画と一緒にすんな!?」

「ごもっとも。……でも実際、涙止まったよね?」

私は、ヤツの額をデコピンした。

「ぃたっ!! 男の役目を盗られた気分だ!?」

「うるさいなぁ、もう。じゃあ私が泣いても良いようにどっしり構えてよね…」

「う……ごめんなさい」

今度はイジイジしている。

面白れぇ男。


「奏」

「ん?」

私は改めて奏に向き直り笑顔で伝えた。

「奏、好きです。病気抱えてる私だけど、絶対治すから……付き合って下さい」

「――っ」


 突伏して、号泣された。おーい。


 そして奏は喋れないのかコクコクと頷いた後、私に抱きついて、また泣いた。

しょうがないので今度は泣きたいだけ泣かせることにした。


 ああ。これも大切な思い出になるけれど、来世には持っていけない。

消えてしまうこの世限りの思い出。

だからしっかり今のうちに抱きしめておく。

なんど抱きしめても、その気持に足りはしないけれど。


※※※ ※※※ 


――コンクールの日。


 私は清華に付き添ってもらって、奏のコンサートを見る為、地元のホールへ向かった。

家族にも心配されたが、明日から手術の為に入院だし、すこし無理してでも行きたかった。

やっと奏がピアノをホールで弾くのを見られるのだから。


 病気の進行が早い。

多分、もとのゲームのイベント速度に合わせてる。

そこはゆっくりでお願いしたいんですけどねぇ……。

 ままならない。


 席について、清華にもたれさせてもらう。

しばらくすると、身支度を整えた奏がやってきた。


 私は目を閉じていたので、耳だけで会話を聞く。

「……寝てる?」

「ううん、起きてると思う」

それが聞こえたので声を出す。


「かなた」

目を開けると、黒いスーツを来て、額を少し見せるように髪をセットした奏が見えた。

かっこいいね。


「(にこ)」

ごめん、喋るのしんどい。

目の前にいるのに、喋れないってなんだか遠く感じるね。


「…………」

こら、泣くな。


仕方ないけれど、泣かないでくれ。

大事の前だぞ。


 それに、まるで私が死ぬみたいじゃないか。

だいたいこうなったのは奏のせいなんだからね。

あんたが私の攻略ルートに入らなければ、こんな事にはなってないんだからね。

一番厄介な死亡ルートに乗せてくれたよ、まったく。


 それでも付き合って命かけてる私に対して……いや、知らないんだからしょうがない。

奏のせいだけど、奏のせいじゃない。これも全て私の推測だし。


そして、どうしようもなく命をかける羽目になったけれど、命かけてもいいかと思えるくらい私は奏が大事だ。

なんだかんだ、ぶつくさ言ってしまう私だけれど、私のルートを選んでくれたことがとても嬉しい。

 光栄です。


 前世を思い出したせいで、もし死んだらその時の大事な人とまた会えるかどうかは、奇跡の確率なんだと知っているから、今はそれが一番怖い。

 前世の家族なんて、もし近くにいたとしてもわからないものね。

もし、死んでまた生まれ変わっても、君は違う君だし、私は違う私。

出会っていたとしても、きっとわからない。


 だから、まだ奏と一緒にいたい。

 そこまで考えて意識を失って。


清華に、優しく起こされると、奏が舞台袖から出てくるところだった。

「ごめん、課題曲の時、起こしたんだけど……」

そうか、課題曲は聞き逃しちゃったか。


「ううん、ありがとう」

清華、ホントにありがとう。清華マジ天使。


舞台を見ると奏が、こっちをまっすぐ見てる。

私は起きてるよ、と意味を込めて、小さく手を振った。


少し奏の肩が震えるのが見えた。

ああ、大丈夫かな……。


「ショパンだったっけ……モーツァルトだったっけ……」

曲は奏がいっぱい弾いてたから聞けばわかるんだけど、クラシックってどうも題名やら作曲家の名前が覚えられない。


「ショパンだよ。エチュード第一番。よくテレビでも聞くやつ」

「ありがとう、それでよくわかる」

私は苦笑した。

最近では奏や清華が、曲を説明する時、これよくCMで使われてるやつ、とか言ってくれる。

ちょっと覚えやすい。


奏が少しだけ椅子を調整して、座った。

奏が深呼吸するのに合わせて私も深呼吸してしまった。


――曲がはじまった。


――ん?


「……え?」

となりで清華も、小さく声をあげた。

観客席も少し、ザワ、とする。


 これ違う。


 ヤツは自由曲を、ショパンではなく――『カノン』を弾き始めた。

巷でよく『パッヘルベルのカノン』と呼ばれる曲だ。

ようは、私の名前の曲だ。


「……なんて、なんて事を……」

私は小さく呟いた後、額に手をやり、赤面した。


 何やってんだおまえー!


清華が隣で小さく吹いた。

見ると、奏がポロポロ泣きながら弾いてる。


ああもう、めちゃくちゃだよ!

さすがに金賞無理だよ! これじゃ!


――なのに一切ミスしてないのがわかる。


 もともと美しい曲だけれど、奏が弾くとなにかが違う。

少しざわついた会場が再び静かになっていく。


私はいつのまにか聞き入っていた。

これは、いつも誕生日に弾いてくれる曲。

初めて弾いてもらった日。私は、自分の名前の曲があるなんて知らなくて、とても感動した。

しかも、おだやかで優しくてきれいなその旋律。

何回も弾いてとせがんだけど、特別だから誕生日だけにする、とか言われた。


 しょうがないから、知らない誰かが弾いたCDを家で聞いてた。

でも、多分。

奏が最初に弾いてくれなかったら、ここまで好きにもならなかった曲。


「おばか…」

と言ったか言わないか。


その後、私は意識を失った。



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