第3話 死亡フラグが本気出してきた。


次の日の朝、奏が本当に迎えに来た。

「おはよう」

「お、おはよう」

玄関の前で待ち伏せされて、一緒に学校行きません、なんてとても言えない状況である。


「昨日距離を置きたいって」

「オレは置きたくない」

「どうして…」

「距離なんておいたら、おまえ吉崎のとこに行くだろ」

「……」

その通りだ。


「吉崎に惚れてる?」

「惚れ…!? そこまで重たい感情じゃないよ! ただ、いいなーって」

「どこが?」

「……所作がきれいとか?」

……あと、手が綺麗、とか。

私はなんとなく、奏の手を見ながら言った。

「ふ、ふーん」

なんなんだ。


学校に着いたら、クラスメイトにいじられる。

「なんだもう仲直りかー?」

「やっぱあんた達仲良しよねぇ」

「結婚式には呼んでくれ」


あんたら、人の気も知らないで……!

これって、今更破壊できない外堀が出来上がってない?

降り積もった幼馴染の歴史が強い外壁となっている気がする。

ウォール・オサナナジミ!!


 ちなみに、幼馴染の壁――ウォール・オサナナジミは私と奏の間にも存在する。

幼馴染という壁があることで、私達はなりたっているのだよ、奏。

奏はそれを壊そうとしている。


壊れたら、どうなるんだろう。

ゲーム画面の中の二人は普通に交際してたように見えるが、私達は今リアルだ。

前世では幼馴染とかいなかったしな……。

想像がつかない。


 そして昼休み。

「ほら」

「え、なにこれ」

「……弁当作ってみた」

「えっ」

「かかった費用がわからないから……これから、卒業までオレが弁当作る。お前が作ってくれた弁当メニューちゃんと全部は流石に無理だけど、大体覚えてるから。お前ほど上手には作れないけど、できるだけ再現して作ってくるから受け取ってほしい」


 えええ……。

そんなの作ってこられて、いらない! なんて人として言えるわけがない……!


「あ、ありがとう。でもいいよ、そんなの。大変だし勉強だってあるんだから。今日だけで」

「いや、オレがやりたいの。じゃあ、一緒に食おうぜ。中庭行こう」

断れない……断る理由が見つけられない。


手を引かれて連れて行かれる。

何気なく奏の手をみる。


 奏の手はきれいだ。

ピアノをやってる人特有の綺麗な手。

私はこの手が……すごく好きだ。


奏のお弁当は完璧だった。

私が作ったんじゃないかって思うくらい、同じものを作ってきた。

「すごい……」

「お前の味が好きだから、自分でも作れるようにしたくて、晩飯とか真似して作ったりもしてたんだ。実は」


そ、そんなに。

さすがにビックリしたけれど、そんなに美味しく食べてくれてたのか……。知らなかった。

言葉で言われるだけじゃなくて、こうやって再現までできるレベルで覚えてるなんてちょっとすごいどころの話ではない……。


「オレの気持ち……まだ、お前に届くかな」

優しい笑顔で少しの間、瞳を覗き込まれた。


 う。


 何そのセリフ!?

……これ乙女ゲームじゃないですよね??(3回目)


ああ――。女性キャラ視点からみたら、ギャルゲーの男主人公ってやっぱ、スパダリなんだよね。

だいたいヒロインを助けたり、ヒロインと将来幸せになるために行動してるんだもんな。

不遇ヒロインを救うためにスパダリ化していくヒーローとか、ザラにいるものな。


奏はすぐにお弁当に目を戻して、食べ始めた。

これはやばい……幼馴染がまるで生まれ変わったかのように態度を改めてきた…。

どうしたらいいんだ。

これでは、吉崎くんのところへ行く気も萎えてしまう。


あれ? これから毎日、奏とお弁当食べるの?

いや、今までもそうではあったけれども……。

吉崎くんルートに行く暇がなくなる…というかこれもう完全に奏が花音の吉崎行きを封じている!


そんな事を考えていた時。

「はわわわー!」

ドジっ子が奏の前でスライディングするかのように転んだ。


「ああああああ……痛いですぅ」

「大丈夫?」


 一学年下だったかな、この子。

……あれ?奏が助け起こさない。

昨日も助けてあげてたよね?

そして奏が助け起こさないからか、いつまでも転がったままだ。


見かねて私は助け起こした。

「あわわわ、ありがとうございますー!」

ハンカチで顔を拭いてあげた。

「ありがとうございますぅ、お姉様!!!」

後輩に感謝されて心地よい。


ドジっ子&後輩枠ヒロインは去っていった。

「……どうして助けてあげなかったの?」

「そんな。小さな子供じゃないんだから、自分で起き上がれるだろ?」

えっ。どうした。ヒロインだぞ。


「昨日助けてあげてなかった?」

「なんだ、見てたのか。オレのこと」

ニコリとされた。ちがう、そうじゃないよ!


「なんでそういう話に! そうじゃなくて、いつもああいうのって率先して助けてあげてたじゃない」

「今のは花音がやってくれて助かった。

 ……正直困ってたんだ。女難の相があるのかとお祓いに行くか悩むくらい」

「女難の相!?」


「うん……やたらオレが助ける羽目になる女に絡まれる」

 ひょっとして下心で助けてた訳ではないの?

私はてっきり……。

酷い誤解があったかもしれない。

自分のギャルゲ脳が嫌になるな……。


「昨日の広美だって……借りたら返さないといけないから、また会話しないといけないだろ?

……あ、そうだ、これ、昨日借りた金持ってきたんだけど…お前から返しておいてくれない? オレ実は広美苦手でさ…」

「お、おう……」


そこで鐘が鳴った。

私は広美に返すお金を受け取った。

苦手なら仕方ない。

この正ヒロインが返しておいてやろう。

正直、他のヒロイン、誰を選んでも文句は言えないんだけど、広美だけはどうも嫌だった。


「教室帰るか」

「そうだね」


※※※


 放課後。

奏と手をつないで帰る。

恥ずかしいんですけど……私達、ただの幼馴染……いや、奏は違うのか。


ちなみに広美にお金を返したら、すごい低いテンションでありがとうと言われた。

他の女経由とか、そりゃさすがに落ち込むよね。

うちの人が借りたお金返しますね、おほほな正妻ヅラの正ヒロインですまない。

これはプレイヤーに嫌われるのも無理がない。


「手はつなぐ必要あるの?」

「ある。世の中何があるかわからないから」

「そんな緊迫してる世界じゃないと思うよ!?」

そこへ。


――車が突っ込んできた。

――前世の死ぬ直前の記憶がフラッシュバックする。

嘘でしょ!?

「いやあああ!!」

私はその場で悲鳴を上げた。


「花音!そこで立ち止まっちゃだめだ!!」

奏が手を引っ張った。

車が私のいた場所を猛スピードで走り抜けて、近くの壁に衝突した。


「うあ…あ…」

「大丈夫か?」

「な? 何があるかわからないだろ」

「いや、それにしたって、これはレアすぎるイベントでしょ! 手は放そうよ!逆に危ないよ!」

「結果を見てくれ。オレがお前を助けることができたのは手を繫いでいたからと、思わない?」


 私は繫いだままの手をじっとみた。


「た、たまたまじゃないの……」

「……そんなに否定したいのか」

奏が手を放してそっぽ向いた。


「助けたのに……お礼も言ってもらえない…」

しょぼくれた!

「ああ!? ごめん!!! それは本当にありがとう!!」

「もういい……一人で帰る」

いじけた!?


「いや、ほんと、ごめん」

私は、奏の制服の裾を掴んでそのまま歩いていった。


 結局、奏の家の前まで、その状態だった。


 歩きながらふと思い出したけど、花音が交通事故で死ぬのは広美のイベントと連動してたっけ。

多分、さっきのは広美のイベントの死亡フラグだったのでは。

なら、私が助かったから、広美のイベントはもう発生しないのかな。


そうか、広美ルート、消えたのか。

確信はないけど。

……正直、ホッとする。

交通事故も怖いけれど、広美がヒロインレースから消えたかもしれないってとこに。

ああ、私いやな女だな。


「電車ごっこじゃないんだぞ!?」

ずっと裾を掴んだままだったから、奏に突っ込まれた。

「いや、だって、…えっと、一緒に帰ろうっていったの奏じゃないのよ!」

「お前嫌がってたじゃないか!」

「嫌だったよ! だからっていじけてる子をそのままにできないでしょ!?

そろそろ機嫌なおしてよ!?」

「いやだ!!」

バタン!!

奏は私を放置して家に入った。


「なっ」

なんといういじけっ子!


しかし、しばらくすると。

バタン、と先程閉められたはずのドアが、少しだけカチャリと隙間5センチくらい開く。

「ん!?」

「(じー)」

隙間からこっち見てる!!

お前は猫か!

世話の焼ける!!


あれか、いじけてるけど、構っては欲しいみたいな……。

ああもう、しょうがないな!

私はドアノブを掴んでガッと開いた。


「なっ! 何するんだ!」

私は家に侵入し、奏の頭を撫でた。

「ごめん、て。」

「……」

静かになった。


「は、恥ずかしいから、もう帰ってくれ」

顔を真っ赤にした奏がそう言った。……ピキッ!

「…もっ」


「もう二度と来ないわよ!!! バーカバーカ!!!」

私は、正ヒロインにあるまじき、暴言を吐き、ズカズカと歩いて目の前の自宅へ帰った。



※※※


 次の日。

自宅を出て、道路を挟んだ向かいの門を見ると、門の影に隠れた猫(かなで)がこっちを見ている。

「……」

「……おはよう。学校行かないの?」

「……行く」

その割に門から離れない。

しょうがない。

道路を渡って、私は手を差し出した。


「ん」

「……」

「ん!!」

私は強引に手を取った。


「ま、まだ許してないんだからね!」

「ツンデレか! ……それよりちゃんと宿題やったんでしょうね」

「あ」

「あ?」

「や、やった」

「それはやってないわね。早く行ってやるよ」

まったく、手のかかる。


ああもう…

奏が手間がかかり過ぎるせいで、幼馴染ヒロインから離脱できない!


※※※


 学校についたあと確認すると、やっぱり宿題を忘れていた。

見せてやるからとっとと写せ!!

世話の焼ける!!


 さて、次は移動教室だ。

私は当番だ。早めに行って、先生の手伝いをしないといけない。

背後に奏の気配を感じる。

くっつき虫め!


その移動中、階段の上に銀髪ロングストレートに赤い瞳の女の子がいるのが見えた。


あ、あの子、ヒロインの一人だ。

確か上級生で無口の……可愛いなぁ。

私、この子は好きなヒロインの一人だったっけ。


そんな事を考えながら、階段ですれ違う際に――あきらかに故意だった。

ドン!と私は階下へ突き落とされた。


「――え」

銀髪のヒロインは、その冷たい赤い瞳で落ちていく私を見て、微笑んだ。

「ざまぁ」

……なんで!?


「花音!!!」

奏の声が聞こえて、受け止められる感覚がした。

そしてそのまま、一緒に転がる。


「きゃああ!」

「うっ…」

奏のうめき声が聞こえた。


「か、奏君!?」

銀髪ロングストレートは、その後、ハッとして、走り去った。

逃げた!!


「奏!! 大丈夫!?」

「大丈夫だ……お前は?」

「奏が……受け止めてくれたから…手は!? 大丈夫?」

「もうピアノは弾いてないんだからそれは気にしなくていい。大丈夫だ」


私は問答無用で彼の手を取って、一本一本指を確認する。

少し擦りむいているけれど、動かしても痛む様子は見受けられない。


「……良かった…でも、保健室行こう」

「大丈夫だって言ってるのに」

奏は起き上がった。

打ち身はあるだろうけど、とりあえず救急車に乗らなきゃいけないような怪我はなさそうだ。


私は強引に保健室に連れて行って、保健の先生にも確認してもらった。

大丈夫とは思うけれど、何かあったらすぐ病院へ行きなさい、と言われた。


「それにしてもあの銀髪女……」

「奏、知り合い?」

「ああ。知り合いってほどじゃない。部活動決めるときに見学に行った吹奏楽部にいた先輩ってだけで」

「吹奏楽部入ろうとしてたの?」

「一応見に行っただけだ」

……やっぱり音楽が気になるんだな。


 私はもう一度、奏の手を確認して、自分の手で包み込んだ。

奏はもうピアノ弾かないっていっても、そういうことじゃない。

幼い頃から私にピアノを弾いて聞かせてくれた手だ。

私にとっては大事な思い出が詰まっている手だ。

無事でよかった。


「……花音、大丈夫だから」

「うん」


 それにしても、あの銀髪の女の子…名前はたしか、雪城(ゆきしろ)のぞみ。

私が前世でプレイした時、たしかに彼女が正ヒロインを事故で階段から落としてしまうイベントがあった。

私は死なないが、目を覚まさなくて一生病院とかになるはず。

そして罪の意識に苛まれてるところを奏が救うんだったっけ。

二人のえちえちの為の私の待遇が不幸すぎる…。ひどい。


でも、さっきあの子…"ざまぁ"って言ってわざと突き落としてきた。

なんだかおかしくない?

あんな事いう性格では無かったはずだし、彼女は今のところヒロインレースに参加してるとは言えない。


奏の言い方的に会いに行ったりすらしてないはずだ。

ホントに部活紹介で顔を知った程度。

私のことだってまるで知らないはず…。

何故こんな事を……。


しかし、さんざん悩んだ割にそれ以降彼女がなにかしてくる事は無かった。

奏が怒って話をつけに行ったらしい。


彼女は奏に一目惚れしていたらしく、傍にいつもいる私に嫉妬して、との事だった。

世の中、やって良いことと悪いことがありますよ!先輩ヒロインさん!!


※※※


昼休み。


今日は屋上で食べたあと、空を眺めながら二人で喋ってたら、そこへあのドジっ娘がやってきた。

「お、おねーさま!!」

私を見つけてちょっと頬を赤らめて寄ってくる。

可愛い。

しかし嫌な予感しかしないのは何故。


「あわわわわわー!!!」

やばい、やっぱ転ぶ。

奏が面倒みたくないって言ってたし、私が受け止め……えっ。


ドジっ娘の転び方が前のめりにダッシュする勢いで、私はそのまま鳩尾に頭突きをくらい、そのままフェンスに激突した!

「ぐほっ…!?」

「なっ!?」

正ヒロインにこんな役割やらせんな!?

奏もドン引きした表情で口をあんぐりした。


「あわわわ!! おねえさまごめんなさ……ああっ」

――私がぶつかったフェンスが、グラリ、と揺れる。

私は後ろ向きにそのまま、屋上から落ち――


「危ない!!」

奏が引き寄せてくれた。

私は私で奏にしがみついた。

こわ!こわ!こわあああああああ!!!


階下でフェンスがすごい音を立てて落ちたのが聞こえた。


――そうだ。

これも正ヒロインの死亡フラグの一種だ。

助かったのでフラグは折れたのだろうけど。


ゲームでは、フェンスの外にヒロインが二人とも身体が投げ出される。

奏が二人共助けようとして、ドジっ娘しか助けられないっていう……。


そして、二人で罪の意識を抱えてお互いを支えあって…みたいな。

人の不幸を幸せの種にしないで!?

私をなんだと思って……。


 ドジっ娘が私に抱きついてごめんなさいごめんなさいと泣いている。

「う、受け止めようとしたのは私だし、あなたも悪気があったわけじゃないから……」


 奏が眉間にシワをよせたけど、なんとか優しい声をかけて、その場を後にする。

震えが止まらなくてうまく歩けない。

奏が支えてくれてるからなんとか歩けてる。


死亡フラグが本気出してきた。


――チャイムがなる。


 階段の踊り場で。

「か、奏……私、今日、早退する、ね…」

私はもう駄目だ……(心折)

自宅の布団に潜り込んで震えたい。


「オレも帰る。二人で帰ろう」

「いや、でも」

さすがに一人になりたい。


「一人になりたい? でも帰り道が心配だ。二度あることは…って言うだろ」

「フラグ立てないで……」

「あ、悪い…。だけどオレも落ち着かないから、授業受けても多分頭はいらないと思うし」


あ…そうか、私、自分の事だけ考えてた。

立て続けに二つも危ない目にあったら、奏だってそりゃ気分が落ち込むだろう。

「それに、オレの女難の相を、かわりに受けさせてるよな……」


奏がしょんぼりした。

うーん……仕方ない。

「そんなの、わからないことだよ……わかったよ、一緒に帰ろう」


私達は二人で早退した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る