第一話⑧
「待ってください! そんなに一度においしいものはいただけません。小分けにして、何度も楽しまないとっ」
「? 昨日はあんなに食べていたじゃないか」
「あれはわたしにとって、百年に一度、あるかないかのことですから」
リルのおおげさな言い分にレオラートは小首をかしげた。わかるようでわからない
「とにかく、今日のマドレーヌとレモネードは貴重な甘味ですから、小分けにしていただきます」
「……結局、食べるんだな?」
テーブルに散乱していたハーブ類を手早く片付けるリルをレオラートは眺める。
今日は
──城から恩給が出ているはずだが……?
灰色の
「それにしてもよかった。昨日、ミス・アレクシアのマドレーヌを買いそびれたから」
またキッチンに向かったかと思えば、リルは手にしたシルバープレートにマドレーヌを三つのせる。
「
リルが
レオラートのうしろに隠れていたザシャが「ひぃぃいい」と身体を
「どうした?」
「か、閣下……あれはきっと絵画のなかに、まだ
「どういう意味だ?」
「夜になると絵から出てきて、ムシャムシャってあのマドレーヌを食べるに決まってます……」
黒くってギョロ目の
「ミス・アレクシアは金色の髪ですよ」
目は切れ長でしたけど口は裂けてません、とリルは不服そうにザシャをふり返った。
「一番
中央の玉座に
向かって左の
そのマクシーネの
そして王のすぐうしろ、リカルダの隣が《王の魔女ベアトリクス》。のちの
「彼女が……《雨の魔女アレクシア》?」
レオラートはリルが指差す魔女に目を細めた。「ええ」とリルはうなずく。
「わたしがここに来たときには髪は白毛になってましたけど、
「……」
──
レオラートはとっさに胸のうちでつぶやいた。
【トット・アカデミー】で学んだ建国史に出てくる四人の魔女。
教書に
「ミス・アレクシアはものぐさな方でしたけど、この絵画のとおり、本当にお
「それは本当に《雨の魔女アレクシア》か」
思わず口をついた。レオラートはハッとして手で口を覆う。「……いや、失礼」と
「間違いなく、ミス・アレクシアですよ。あんな
リルは絵画を見つめたまま、
「魔法の構造は魔女によってさまざまなんです。系統が違うっていえばいいですかね」
マドレーヌを供えたリルがめずらしく話をつづけた。
「ほかの魔女たちに直接会ってたしかめたことがないので、ミス・アレクシアからの受け売りになってしまうのですが……」
《石の魔女マクシーネ》、彼女は物質を分解する術に長けています、すべてを解いて構築する……限度があるそうですが、新たな物質を創るには最適だとミス・アレクシアが言っていました、とリルは話す。
「《騎士の魔女リカルダ》は
「《雨の魔女アレクシア》は?」
レオラートが問いかけた。リルはくるりとザシャをふり返ると、「あなた」と呼びかけた。
「あなた、名前は?」
「へっ?」
難しい話をしていたかと思えば、
「お、俺の名はザシャ。……ザシャ・カラキ」
「『ザシャ・カラキ』?」
「ああ」
リルがザシャの名を口にすると──ハンチング
と、同時にザシャが
「な、なにをっ」とザシャが
「ミス・アレクシアを悪く言った
「はぁ!?」
「『黒くってギョロ目の口裂け婆さん』がどうとかって、さっき話してたでしょう?」
「そ、そそそそそれはだなぁ!?」
「それはなに? 悪口以外のなにものでもないでしょ?」
「はぁあああああ!?」
「リル、説明してくれ」
興奮するザシャを制止し、レオラートがリルを見やった。昨日は
「《雨の魔女アレクシア》は特異な『目』を持っているんです」
雨の魔女と灰公爵 ~白薔薇が咲かないグラウオール邸の秘密~ 𠮷倉史麻/角川ビーンズ文庫 @beans
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。雨の魔女と灰公爵 ~白薔薇が咲かないグラウオール邸の秘密~/𠮷倉史麻の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます