魂は針の先にある
壱単位
魂は針の先にある
魂は針の先にある。
銃弾が俺の左腕をかすめた。
叩かれるような衝撃と、熱。
咥えていた煙草が落ちる。声を漏らす。
が、左手で支えていた相手を落とすようなことはしない。
鉄屑となった乗用車を背にして、俺はそいつをもう一度抱き起こし、顔を近づけて怒鳴りつけた。
「叫べ! 生きたいと言え! 帰りてえと、いますぐ、喚いてみろ!」
ぎりぎりだった。
出血が多すぎる。応急の処置はした。が、死神の指がこいつの魂に届いたとしても文句はつけられない。できることは、痛み止め、それと、こいつらの宗教では禁忌とされている、この薬品。
男は薄く目を開いた。
俺の軍服を見て、声にならない声をだし、腰からナイフを抜こうとした。その手を抑え、もう一度怒鳴った。
「リ・クエフ・ドルヌン、ダンゼリオ!」
<俺は医者だ、暴れるな!>
「……ジ、ジジオ・メリア……ゼンビア、ゼ!」
<……か、神の敵……ころしてやる……っ!>
俺は構わず、注射の準備をはじめた。地面においた身体を膝で押さえつける。痛む左腕でバッグを開ける。アンプルを取り出す。男はそれを見て、おおきくもがいた。
<やめろ、なにをする!>
<気にするな。気付け薬だ>
<あ、悪魔の液体が、はいってる……やめろ、やめろ、地獄に落ちてしまう!>
<馬鹿野郎。地獄は、ここだ>
注射器に満たした液体を見て、男はさらに暴れた。
<ああ、神よ、いやだ、だめだ>
<じゃあ、やめるか>
<……あ>
<あんたの出血量なら、すぐには動けねえ。こいつで目を覚ましておかなきゃ、おそらく夕方には、あんたが大好きな神様行きの超特急に乗ってる。俺はそれでもいい。あんたが使わないなら、次はあっちの車の陰で倒れてるやつに使うだけだ>
<……>
<なあ、家族はいるか>
<……い、る……>
<名前を呼べ。全員だ>
<……>
<呼べ!>
<……リーリア……リーリア、妻よ……>
<他には>
<……娘、ピリン、息子はジザ……ピリン、ジザ……ちくしょう……会いたい>
<あんたの魂は、どこにあるんだ。ありがてえ神様の、お膝の上か。経典のなかか。それとも、毎日変わり映えのしねえ飯を出す嫁と、いうことを聞かねえ生意気なガキが、つまらねえコメディを見て笑ってる夜か。どっちだ>
<……>
<どっちだ!>
男は、腕を出した。
濡れた目が天を見ている。
たぶんいま、神様に別れのキスでもしてるんだろう。
<了>
魂は針の先にある 壱単位 @ichitan
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