80、不届き者にドロップキック!

「ちいっとばかし手間取りましたが、へへ、なんとか大人しくさせましたよ」

「……」

「さすがにこんなガキ相手に遅れはとりませんって」


 何度も頭の中で繰り返した言葉をそのまま出力しているかのようにつらつらと口を動かす三十路男。さすが荒くれ集団、こういった状況は慣れっこなのかと思ったが、よくよく見れば握りしめられた後ろ手にはおびただしい量の汗。威勢の良かった若い方は黙りこくってしまっているし、どうやら見た目通り下手を打てない相手らしい。まさか、こいつが例の頭とやらなのだろうか。

 なんとかうまくいってくれ。そう心の中で念じながら俺は男と同じか、それ以上に汗の滲んだ手を握り直した。


「……ずいぶんと、」

「へ、へい」

「時間がかかったじゃァねぇか。なァ?」

「え、えぇ、まぁ……」

「こんな細っこいガキふたりによぉ……」


 真上から聞こえてくる大男の声。それは暗雲の中で渦を巻く雷のようなガラガラ声で、聞く者全員の視線を強制的に地面に縫い留めさせるような暴力的な威圧感に満ちている。


?」

「――は」

「大の男がふたりがかりで、なんでここまで時間がかかったか、って聞いてんだ。宿屋にも手回しは済んでたはずだろ? なァ」


 それは痛みこそ伴わないが隠し事を暴くには威力十分で、大男の前で若い方は身を震わせてわかりやすく狼狽えた。


「……何かあったみてェだな」

「ぁっ、あ、ぃ、いぇ、そんな! スムーズなもんで!」

「そいつは『何でもねぇ』なんて面ァしてねえが」


 地響き。その正体が自然現象でなく、同じ人間が床に降り立った衝撃だと誰が思うだろうか。


 浅黒い色の傷だらけの肌に、ライオンを思わせる黄金の髪。擦り切れたシャツの下からはみ出んばかりに盛り上がった筋肉。だが何より目を引いたのは、奴の大きさだった。同じ床に立っているからこそわかるその巨大さときたらとんでもない。頭なんて俺のはるか上、天井すれすれのところにある。あのライゼですら見上げるような、巨躯。

 そんな大男が、今、俺たちを見下ろしている。俺の頭なんて簡単に握りつぶせそうな手が、若い男の肩に乗る。


「わかってるとは思うが俺ァ嘘が嫌いでな、もう一度聞くぞ。……何かあったか?」


 気づかれている。詳しい内容まではわかっていないかもしれないが、確実にこいつらに「何かがあった」と見抜いている。

 冷や汗が首元を伝う。震えがばれないよう、両の手を握りしめる。俺は喋れない。無力で従うしかない子供を演じるだけ。そしてあいつらが事前に言った内容を翻さないよう――祈るばかり。

 頼むから、拾った命を捨てるような真似してくれるなよ。

 

「お、俺、俺ぁ――」

「……バルタザールの兄ぃ。勘弁してやってくれやしませんか。こいつも自分のわがままで計画を遅らせた手前、ばつが悪いんですよ」


 若い方が何かを口にするのを三十路男が遮った。どこか呆れ気味に。

 わがまま。その言葉にバルタザールが反応を示す。


「わがまま?」

「ええ、わがままです。こいつときたらこのガキがずいぶん好みだったみてぇで、連れていく前に味見がしたい、なんて言い出しやがった」

「……あァ?」

「こっちはさっさと連れて帰るべきだって言ったんですがね。こいつときたらうるせえのなんのって」

「てめっ……! 全部、俺におっかぶせるつもり――っ!?」

「黙っとけ。兄ぃの前でこれ以上醜態さらすんじゃねぇよ。大体、てめえの不手際で時間が遅れたのは事実じゃねえか」


 三十路が若い方のみぞおちに一撃。若い男はその場で息を詰まらせたように崩れ落ち、三十路が向き直る。こちらを向いた一瞬、その口が「死にたくないんでね」と動いたのを俺は見逃さなかった。


「そういうことで、こいつビビッてまして。兄ぃに絞られるんじゃねぇかって」

「……ったく、そういうことか。つーか、支障が出るくらいならてめえも止めやがれ」

「おっしゃる通りで。すいません、俺の監督責任です」


 深々と頭を下げる三十路にバルタザールは深くため息をつく。眉間には険しい皺が刻まれていたが、その目は怒っているというより、呆れているといった感じだった。大男は俺と、三十路の間に視線をさまよわせ、ため息を再びひとつ。


「怪我は、させてねえみたいだな」

「ええ。俺とこいつはもちろん、大事なガキには傷ひとつつけてません」


 ああ傷ひとつないだろうよ。主にボコボコにされてた不審者ふたりは俺の祝福できれいさっぱりだ。女神バレは色々面倒そうだったので祝福の際はライゼとカミラにお願いして耳がつぶれる勢いで塞いでもらったから、あいつらは治癒系魔法の何かだと思っているだろうけど。


「……はァ、そうかよ。ま、傷がねぇならいい」


 やっぱりというか、味見なんておぞましい単語をバルタザールは気にもしていない様子だった。仕事に支障があるのか、子供が何かされた事実より傷がないかどうかが重要らしい。俺は心の中でうぇと舌を出す。誘拐集団のトップにまともな倫理観なんて期待しちゃないが、こうしてまざまざと見せつけられると吐き気がする。


「若ェのがガキに手を出した件は後で俺が詰めとく。まずは、ご苦労だった。お前はが戻る前にそのガキ共連れて奥へ――」


 あの人。バルタザールの口から出た第三者の存在に、俺の頭が反射的に「誰のことだ」と反応する。だが、その思考を広げるより早く、男の甲高い悲鳴のような声が耳を突き刺した。


「……………………子供に手を出した、ですって?」


 会話に乱入してきたのは随分と小さな小男で、わなわなと肩を震わせたそいつは、何者なのか、何をする気なのか、とか俺が考えるより先に走り出す。


「このっ……………大馬鹿者がぁ――――――っ!」


 その走りがドロップキックのための助走だったと俺が知るのは、小男によってが思い切り蹴飛ばされ、盛大にぶっ倒れたのを目撃してからのことだった。


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女神に転生した俺、異世界転移者たちを家に帰します~駆け出し女神のマニュアル奮闘記~ きぬもめん @kinamo

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