79、アルルの気持ち&相手事務所に突撃




 ※※※




 助けたいと思った。私みたいな子供にできることなんて限られているとはわかっている。けど、それでもベッドに伏せる彼女の姿を思い起こすと行動せずにはいられなかったのだ。


「女神様に効く薬?」

「さあ……聞いたこともないな」

「第一、女神さまってのは俺たちとは違うんだ。そもそも薬なんてものが必要なのかい?」


 お城を抜け出して聞いて回った。用意された住み心地のいい部屋にいたい気持ちもあったけど、それ以上に今も苦しんでいるお姉ちゃんのことが気にかかった。でも、いい情報は一向につかめない。


 ポールは毎回落胆して帰ってくる私に「女神様なら病気くらいへっちゃらだって!」なんて国の獣族と同じような言葉をかけてきて、正直ちょっとムカついた。あいつのことだから励ましのつもりなんだろうけど、私には「何をしても無駄」としか聞こえない。それに、もしその通りだったとしても、苦しいのは少しだって短い方がいいと思うから。

 まあ、お気楽ポールは一度だって熱を出したことがないから、高熱の苦しみってのがわからないんだろう。丈夫バカだし。


 結局、私は「女神に効く薬」の情報を得られなかった。しかし、情報収集がまったく無駄だったかと言われると、そうでもない。


「まあ、女神様に効くかはわからないけど、薬ならフルール国だね。あそこのはよく効くって評判だ」


 フルール国。薬と尋ねたら誰もがその国の名前を口にした。シュラ王国でも薬の評判は良く、商人の売り場に並べば数時間も経たずに完売。値はかなり張るらしいが、それも効能が高いからこその値段なのだろうと誰も不満に思わないのだとか。

 どこに売っているのかと尋ねれば、少し驚いた様子でサウィッド屋のおじさんは教えてくれた。


「え、売り場? いやぁ、あそこからの商人はなかなかこないし……それに薬の入荷自体もかなり難しいらしくてなぁ。オレが見たのもずいぶん前、どっかの子ギツネが買い取ったときくらいだ。次に拝めるのはいつになるやら」


 フルール国の薬はやっぱりかなり希少らしい。けれど、もしかしたらその薬なら何とかなるかもしれない。でも、そんな希少で高価な薬をどうやって手に入れたらいいのだろう。お金を持っているわけでもないし、遠いフルール国に行けるほどの強さも足もない。


 こんな時、本当に自分の弱さが嫌になる。私は誰かにいつも助けてもらっているのに、私は誰かを助けられない。ライゼお兄ちゃんもお姉ちゃんも、きっと気にするなって言ってくれるだろうし、こんなこと考えても仕方がないってわかってる。けど、自分が「守られる子供」という事実が歯がゆくてしょうがない。


 これからどうしよう。思い切ってカミラさんに相談しようか。でも高くて貴重な薬がほしいなんて、迷惑だと思われないかな。カミラさん、忙しそうだし。効くかもわからないのに。でも、それぐらいしかできそうにない。


「――ぁ、あの! わた、わたし、フルール国、とこから、来た! えとっ……」


 そんなことをグダグダと、考えていたときだったからかもしれない。突然現れたその子の前で立ち止まってしまったのも、


「いっ、いっしょ、いっしょ、来い! じゃ、ない。来て、ください! わたし、国、フルール、国! ママを、たすけて!」


 どう考えたって怪しい、その話を聞いてしまったのも。




 ※※※

 




 アングラなところだと、覚悟してはいた。


「……あの」

「……はい」

「あなた、いいましたよね? 自分たちは子供を食い物にしていないって」

「……はい、言いました」


 俺の手を緩く拘束する縄の先に目をやりながら、小声で話しかける。俺とガネットの見せかけの拘束を握るあの三十路男はわかりやすく顔色が悪かった。大方、今からしなきゃいけないことに緊張でもしているのだろう。


「…………本当ですか、それ」


 だが、青ざめたいのはこっちである。なんだあの魑魅魍魎。聞いてない。

 視線の先、つまりは俺たちが向かわされている方向は薄暗く、少し離れていてもその異様な雰囲気が伝わってくる。少ない明かりで照らされた狭い室内では大勢がひしめき合い、その中には人だけでなく獣族、他にもマニュアルでしか見たことのない種族の姿もちらほらあった。来るもの拒まずというやつなのか、あまり統一感がない。だが注目すべきはどう考えてもそこじゃなかった。


「キへへへェ! まぁたオイラのひっとり勝ち~!」

「くそが! てめぇイカサマしてんじゃねぇだろうな!?」

「……チッ、でけえ図体で部屋塞いでんじゃねーよカス」

「あ? おいこら表でろ。尻の穴十個にしてやる」

「あ~ひぇはははははは……、お花、虹ぃ、蝶々~」

「おーい。どうすんだよ吸いすぎだろこいつ」

「しらね。ドブにでも浸しときゃ覚めるだろ」


 俺の中での最大の恐怖対象、店でわめくヤンキー集団を目の前の奴らは軽々と超えてきた。こいつらに比べたら俺が怖がってきた不良なんて赤ちゃん同然。高校や親御さんへの通報で鼻水垂らして引きずられていくあいつらとは格が違う。恐らくこいつらは平気でやって来た警察を煽り、ナイフを舐めるタイプだ。絶対そうだ。


「……おい。しっかりしろ。お前が決めたんだろうが」

「は、はひ……」


 ライゼの言葉にかくんかくんと首を揺らすことしかできない俺。誰だ潜り込むとか言ったの。俺か。そっか。

 覚悟を決めたのもどこへやら、普通に怖さが勝ってきた。が、足は止まるのを許してくれない。ずんずんと部屋は近づき、俺たちに視線が突き刺さる。部屋に足を踏み入れれば、そうするのが当然とばかりに人の波が割れ、無秩序な空間に一本の道が出来た。

 男に連れられるまま歩き、そして止まる。一本道の一番奥。うず高く積み重なった「何か」に座る者の前で。


「バルタザールの兄ぃ。連れてきました」

「……」


 ずぅんと俺らを見下ろす大男。あと近づいてわかったが、この大男が玉座のように座っているのは積み重なった「人間」だった。どうしよう。泣きたい。

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