78、脅して勝ち取る、次への道筋
「……お、お、お、教えても、いい。でも、条件がっ、ある」
ライゼの反応に交渉材料にできると判断した上での発言なのだろう。この状態のライゼを前にそんな提案ができるなんて、小悪党にしか見えないがやはり場数だけは踏んでいるのかもしれない。もしくはあまりの恐怖で危機管理能力がバグっただけかもしれないが。
教える代わりにと、侵入者の男が提示した約束事はふたつ。
ひとつめは自分たちにこれ以上の危害は加えないこと。ふたつめはその「連中」の元に行く際に自分たちも同行させること。
「情報を渡す代わりに自分たちの身の安全を保障しろと? オレたちに害を成そうとしたお前らを。しかも、その上で仲間の元までついていくと」
「そ、そうだ」
「……ふざけた提案だ。ここまで面の皮が厚いと言葉も出ないな」
どこまでも誘拐犯に都合のいい案に、ライゼは冷めきった眼差しを縛り上げられた男へと向ける。暗闇の中で同化しているはずなのに、ライゼの目は不思議と光って見えた。
「お前たちの命にそれほどの価値があると思っているのか? こっちは情報さえとれればそれでいい。お前のふざけた提案なんぞ受け入れなくともやりようはいくらでもある」
少しの動揺もない声色は内容が脅しではないと信じさせるのに十分だった。緊迫した雰囲気にごくりと喉が鳴る。事実、アルルのためであれば尋問、拷問、もしくはそれ以上のことだってこの男はやってのけるだろう。まったく、こいつの獰猛なところを認識させられるたびにつくづく実感する。このオオカミ男を味方に引き入れられて本当によかった。
しかし実質脅されているような状況にもかかわらず、男の態度は変わらなかった。ライゼの凄みにビビりはしている。が、萎縮するどころか「俺たちを生かしておかないと後悔するぞ!」と声高に主張する始末だ。
「……こいつらの首を土産にでもすれば、仲間連中も言うことを聞きやすくなるとオレは思うが。どうだ?」
「そうですね。いますぐ切り落としましょう。アオイ様は耳と目を塞いで、どうか後ろに」
「まっ……いやちょい待ち、カミラは剣下ろす、ライゼも! あとそこの笑ってんじゃね……ん、っぅん! ……ここまで言うからには何か理由があるかと。それを聞いてからでも判断は遅くないのではありませんか?」
伺う言葉を発してはいるものの彼らの中ではもう決定事項だったのだろう。カミラは当然のように剣を振り上げ、ライゼが男の首を固定しにかかる。そのスムーズさときたらあまりの素早さに俺ですら反応が遅れるほどだった。
本当、俺の仲間はどうしてこう血なまぐさい方向にばかり思い切りがいいのか。あとベッドの上で腹抱えて笑い転げてる女神。後で覚えてろよ。
ヒーヒー言っているガネットをひと睨みしてから咳払いをひとつ。男が放った、救世主にでも縋るかのような眼差しでの「は、話がわかるじゃねえか」という見え見えの強がりを無視し、俺は目元に力を入れながら奴らを見下ろした。瞬間、男の身がビクっと竦んだので、俺にもようやく凄みというものがでてきたのかもしれない。
「で、あなたの提案を呑むに足る理由とは何か。さっさとお聞かせ願いますか?」
「……その前にその物騒な連中をどっかにやっちゃくれないか、お嬢ちゃん」
「せっかくの申し出ですが、こちらも身を守る刃を放るほどあなたを信用しておりません。見ての通り、私は非力なガキでございますので、どうかご容赦を」
「…………チっ、何が非力なガキだ。化け物ふたりも引き連れやがって」
「それから、これ以上話の引き延ばしはなしにしましょう。お仲間に気づかれるのを待っているのでしょうが、見ての通り彼らの気は短いですから」
グダグダと口の中で話し始めた男にそう釘を刺せば、よく動いていた舌がピタリと止まる。怯えながらもベラベラとまわる口に、そのわりには要点になかなか触れない会話。行動のちぐはぐさからなんとなく、察しはついていた。大方、報告がないことに気を揉んだ仲間の強硬突撃待ちなのだろうが――あいにく、俺含めこっちの方が短気だ。
「もちろん
ヒュっと息を呑む音が聞こえたのは聞き間違いではないだろう。こちらの意図は充分伝わったようだ。男は数秒パクパクと口を開閉していたが、ライゼの苛立たし気な足音にようやく声の出し方を思い出したようで、そこから先はあっという間だった。
「おっ…………、俺らを生かしておけば、利用価値がある! が、ガキを追っかけてんのは
「はい。で、その価値とは?」
「か、頭は用心深いから、俺らの首を持って行ったところで警戒して引っ込むだけだ。お前らの望む情報は手に入らねえ。何人かの下っ端を尻尾きりに使って、その間に隠れられるのがオチだ。ど、どうせ、そっちは土地勘もねえんだろ」
「……あなた方と共にいることで警戒を解き、その頭とやらに接触しろと」
「そ、そうだ」
ふむ、と顎に手を当てる。その「頭」というのがどういう人物かはわからないが、聞く感じからしてかなり警戒心が高そうだ。地の利は誘拐集団の方にあり、隠れられたらそれこそ見つけ出すのは困難だろう。
確かに、利用価値はありそうだ。そう思い、俺は懇願するようにこちらを伺ってくる男へにっこりとほほ笑みかけた。途端、明るくなる男の顔色。
「なるほど。それならあなたの言う通り、生かしておいた方が何かとよさそうですね」
「だ、だろ! じゃあ……」
「では、私たちに協力してくださるということで」
「……へ?」
が、顔色がいいのも一瞬のこと。
「だってそうでしょう。あなたを生かしておく価値はつまり『頭に接触できる状況を作り出す』こと。なら、こちらが動きやすいように働いてくださらないと」
「へ、ぁ、いや……俺らは、つまり、ただの人質、みたいなもんで……う、裏切るようなこと、は……聞いてないっつーか……」
「あら、できないのですか? なら、残念ですがあなたの命には価値がなかった、ということで」
「えっ」
さっと腰を上げ、視線を扉へ。もうお前には興味がないと言わんばかりに背を向ければ、男は虚を突かれたような声を上げた。
「だって人質ならあなたじゃなくても構いませんし。なんならこの部屋の外にだってたくさんいるでしょう?」
途端に待ってましたと言わんばかりにガタガタと準備を始めるライゼとカミラ。何も打ち合わせはしていないが、俺がやろうとしていることは察してくれたらしい。もしかしたら単に「待て」をされた分、ウズウズしていただけかもだが。
「――っ、やる! やるよ!」
「あらあら、無理はしなくて結構ですよ。誰だって仲間が大事、でしょう?」
「馬鹿言っちゃいけねぇよ、誰だって自分の命以上に可愛いもんなんかあるもんか! くそ、こうなったらやってやる、やってやるぞ……!」
わざとらしく視線をそらしたのが効いたのか、それとも物騒担当が怖かったのか。思ったより決断は早かった。男は半ばヤケを起こしたように叫んでいる。
よし、想定通り。
「……おい、どういうつもりだ。こいつらと協力だと?」
「聞いたでしょう、ライゼ。アルルの情報はおそらく彼らの仲間が握っていて、その仲間はかなり臆病のようです」
ノリノリで脅してた割に「何してんだこいつ」という表情を隠さずに近づいてきたライゼに、俺は思っていることを素直に話す。この国の状況を知ってしまった以上、あんまりのんびりもしていられない。早くアルルを探し出すためだ。危険を承知で飛び込むことも必要だろう。
「彼らを利用し、彼らの仲間に潜り込みます。そして『頭』か、それに近しい人物に接触し、アルルの情報を聞き出す」
「――は」
「少しでも早く、ここからアルルを引き離したいもので」
「……そうだな。同意見だ」
奴の行動を窘めこそしたものの、ライゼと思うことは同じだ。一刻も早いアルルの捜索、そして保護。生前こそ脅しや脅迫とは無縁の生活を送ってきたし、ためらいがないわけではない。が、アルルのためだ。なんだって利用してやる。
「へぇ、あの甘ちゃんが、ずいぶん肝が据わったもんだ。ちぃっと女神らしくなってきたんじゃないかい?」
その最中、妙に感心したようなガネットの声が後ろから聞こえてきて、俺は思わずべぇっと舌を出した。「失礼な奴だね」という声は無視する。
あいつの言う「女神」に近づいたところで、嬉しくもなんともない。
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