77、手がかりのためにも、脅しはスピーディーに

「……自分たちは子供を食い物にしてないとでも言いたいのかい」

「そっ、そうだ! 俺らにゃ、もっともっと薬がいる。女神にガキ共引きずっていくんじゃ、とてもじゃねぇが追っつかねえ」


 見るも無残な状態となってしまった部屋の中、カミラの剣先と男の喉の距離は、あと数ミリ。彼女の握る剣の柄をライゼが上から握りこむ形で押しとどめているおかげで切っ先がそれ以上進むことはないが、黒オオカミが手を放したが最後、目も当てられない惨状が広がるだろう。

 目の前の獣族に命を握られている状況。それは男も理解しているのか、その息遣いは激しく運動した後の犬のように荒い。しかしある程度は修羅場慣れしているのか、ガネットの高圧的な声に黙り込むことだけはしなかった。


「俺らのやり方で薬を作るのに手伝いがいる。ガキにしかできねえ。この作り方は最近わかったばっかでよぉ、元居たガキ共はほぼ女神んとこで、要するに人手がねえのさ。今必死でかき集めてる最中だ」

「なら交渉するなり買い取るなり、もうちっと頭を使ったやり方があっただろうに。あんたらはあたしらを奴隷商とその御一行だと思ってたんだろ?」


 確かにこちらを奴隷だと思っていたのなら、人手を補うのには買うのが一番手っ取り早いしローリスクだ。なのにどうしてこの男たちは襲うなんて最も高リスクなことに手を出したのだろう。

 呆れの混じり始めたガネットの声に侵入者の男が顔を歪める。過ちを咎められた子供のような表情が一瞬だけ浮かび、しかしそれはすぐに奥へと姿を隠した。


「……前に取引してた奴隷商のやろうが、ガキを捕まえるのが難しいとかなんとか言って、取り分の薬の量で駄々こねやがったのさ。足元見やがってよ、これじゃガキは渡せないなんて言ったらしい。こっちは全員分に薬を行き渡らせるので精一杯だっつーのに」


 だからやり方を変えることにしたのだ、と男は続けた。薬のために子供はほしい。けれど支払い分の薬を増やすことはできない。ならば、奪うしかないと。


「どうしてか国でガキを産める奴は減る一方だし、産んだとしてもそういう奴らは薬欲しさですぐ女神に献上しちまう。長期的に見てどっちが得かわからねえ馬鹿野郎なのさ」


 溜息混じりの男の言葉に「そりゃ減るだろうな」という言葉が浮かんだ。どう聞いても健全なものに思えない薬物にボロボロにされた身体が子供を産み続けるなんてことできるわけがない。そもそも出産というのは母子ともに健康であったとしても危険がつきまとうものだというのに。


 まったく、とんでもない国に来てしまった。この男の言うことを信じるのであればフルール国の人間は恐らくほとんどが女神からもらえる「薬」とやらにどっぷりで、子供を薬引換券としか思っていない奴らばかり。その倫理観のなさは薬のせいなのか、元からなのか。昼間見た、皆ニコニコ笑顔の治安の良さが嘘のようなアングラ具合だ。


「……ず、ずいぶん物騒な国なんですね。昼間はあんなに平和で幸せそうだったのに」

「あ? そりゃ幸せに決まってんだろうよ、坊ちゃん。薬が効いてる間は多幸感がじゃぶじゃぶ湧いてくんだからさ」

「…………ひぇ」


 サトルから聞こえたドン引きの声に深くうなずく。駄目だこの国。思ってるよりずっと駄目だ。


 ガネットの国も大概だったが、それを軽々超えてくるとは思わなかった。なんならあのガネットですらこの男の説明にちょっと引いた顔をしてる。あのシュラ王国を統治してた傍若無人の女神が。

 思わず頭を抱えたくなった。子供を献上させ、国民を薬漬けにする国。文字にするだけでこうも「終わりってんなここ」と思わせる国も珍しい。

 この男たちは女神の手のひらから逃れようとしているようだが、行きつく先が子供の誘拐と薬の製造では女神とやってることは変わらない。むしろ国民が自主的にそんなことをやろうとしてる分、悪化してるというべきか。


 ガネットといいこの国の女神といい女神というのは変な国しかつくれない縛りでもあるのかというかこんな国を量産する存在を女神なんて神聖な呼び方で呼んでいいものか悪魔か悪鬼の間違いじゃないか女神の定義とは一体――


「あーぁ、とんだ貧乏くじだぜ。ったく、これならどうせ妄想でもガキを追っかけてた方がマシだったな」

「……例の? 例のって、どういう意味ですか?」

「っは、お前らになんで話さなきゃならねぇんだ」

「話せ」

「話します」


 ぐるぐると考えが飽和する中、飛び込んできた男の声に俺は思わず聞き返していた。例の、なんてまるで特殊な子供でもいるかのような言い方に、胸がドクリと大きく脈打つ。この国に来た当初の目的が、混乱した頭にくっきりと浮かんだ。男は拗ねたようにそっぽを向いたが、ライゼのスピーディーな胸倉を掴んだ脅しに即座に屈する。

 もしもあの子がこんな、こんな子供は奴隷なんて考えが染みついている国にいたのだとすれば、それはきっと目立つに違いない。


「み、見慣れねえ女のガキを見たって奴がいたんだよ。このへんじゃ見ない顔で、珍しいことに健康体なんだそうだ。お前らと同い年くらいで、髪は茶で、しかも看板の文字を読んでたんだと。そんな上玉、どうせ都合のいい妄想でもして――」

「どこだ」

「っへ?」


 間違いない。あの子だ。そう思い、俺が声を上げるよりも早く、ライゼの手が男の胸倉を大きく揺さぶり、ドスの効いた声を響かせる。


「――その子供を追いかけまわしている連中は、どこにいるんだと聞いている」


 俺ですらすくみ上ったその声は、男にはよほど恐ろしいものに聞こえたに違いない。ライゼの手で揺さぶられる男の顔は、暗闇の中でもよくわかるほどに白くなっていた。

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