棘雪

koumoto

棘雪

 雪が、降ってきた。棘だらけの。

 刺さる。雪が胸に刺さる。刺さり、刺さり、風に吹かれて、胸に積もる。白に黒く血が混じる。

 傘。持っていなかった。賢い人たちはみんな持っている。棘雪を寄せ付けない堅牢なる盾。空への視界を遮断する傘。みんな持っている。外れた人たち以外はみんな。みんな。みんな。傘。

 胸が、雪に軋む。

 手で払った。指先が棘に触れて裂けて、血だらけだ。まるで胸のよう。血だらけ。なにか口にしようとするが、言葉が粉々に砕けてかたちにならない。

 空がなぜこんなに黒いのかわからなかった。こんなに黒い空からなぜあんなにも白い棘雪が降ってくるのかも。色彩。温度のない。なぜ。

 棘雪が、しんしんと降ってくる。風に吹かれて、胸ばかりに積もる。鋭く刺さる。傘がないばかりに。

 秋に降る雪は、みんな棘雪。木枯らしに武器を与えたら、それは棘雪。寂しく刺さる。雪に感情があるのではなく。流れる血のなかに寂しさはあった。

 払わなければ。胸がまだ胸だとわかるうちに。でも指が痛くて。かじかんで。触る勇気がわいてこない。いつまでも降ってくる棘雪は。いつまでも刺さりつづけるのか。風に吹かれて、胸ばかりを狙って。

 裸足のまま歩いている。靴はどれもこれもみんなのためのものだったから。剥がされた名札みたいに。自分の歩みから、表情が薄れていく。

 ひとひらの棘雪。唇にひっかかって。詩のように乾いた。傷だけを残して。

 落ちている傘を拾うには、あまりにも指が血まみれだった。

 賢い人たちの一団とすれ違った。傘を手にした「みんな」だ。もう外れた。自分は「みんな」ではない。二度と戻れない。傘の下には。

 こちらを見もしない。なにを見ているのだろう。空を見ていないことだけはたしかだ。鉄壁の傘によって、それは禁じられた風景だから。棘の味も知らないだろう。うつろさという罰しか。

 雪に罰されるこの道のりは、どこに続いているのだろう。傘を捨てた日。外れたその日。秋に降る雪に魅入られて。

 「みんな」が去っていく。棘よりも苦い集団。いつか血で手紙を書いても。だれかに届くこともないのだろう。

 棘の雪が、胸に積もる。痛みの季節が秋になる。黒い空を、眺めて歩く。

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棘雪 koumoto @koumoto

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