寝取り

 男には最大限の絶望を。女には最大限の幸福を。


 その言葉を教えてくれた影山さんのことは、尊敬している。

 師弟関係だった二年間、一時たりとも復讐心は忘れなかったが、それと同時に尊敬の念も抱いていた。

 きっと十六歳の秋の恋人も、幸福だったんだろう。

 だからこそ、ぼくは、全身全霊を持って、影山さんに復讐をする。

 彼に教わった全てで、最高の寝取りで、彼に引導を渡す。


「――女子高生? 復讐?」

 酔いから覚めた表情で影山さんが言う。

「あなたが忘れてもぼくは忘れない。あなたは九年前、ぼくから最愛の人を寝取った」

「…………」

「だからぼくはずっと復讐の機会を伺ってた」

 そして、それが今日だ。

 既に準備は済んでいる。

 あとはこの人に真実を伝えるだけ。それだけで、ぼくの寝取りは完遂する。


 まずぼくは彼からを寝取った。

 今や寝取り師と言えばぼくのことを指す。

 ぼくは影山流寝取り術のすべてを継承していて、ネットを使ったマーケティングも欠かさない。かつての寝取り師は都市伝説と化し、いつしか全員の記憶から失われていくだろう。

「あなたの青春は、全くの無駄でした。周りの人が大人になっていく中、あなただけ何もせず停滞した人生だった。その中であなたが得た名声は、もはや全てぼくのもの。ようやく得られた弟子も、あなたの理想通りには動かない」

 影山さんが驚愕の表情を浮かべたあと、苦痛に歪んだ。


 次に彼からを寝取った。

 サチさんはすぐに堕ちた。若い男のほうがよかったらしい。

 ノゾミさんもすぐに堕ちた。言葉責めに弱かった。

 カナさんは少しだけ難儀した。でも食事を重ねるうちに心を許してくれた。一度心を許されれば、体はただのおまけだ。

 ぼくは、影山さんを飼っていた女性全員を寝取った。影山さんから学んだ技術で、幸福のまま、寝取った。

 目的は女性を寝取ることじゃない。

 目的は、影山さんの生活を終わらせること。

「あなたは寝取り以外の金の稼ぎ方を知らない。でもその寝取り稼業ももはやぼくだけのものだ」

「オマエ……」

 影山さんが拳を握り締める。

 ぼくは財布から一万円札を数枚抜いて、カウンターに置いた。


「二年間ありがとうございました。あなたから教わったことをすべて、お返しします」

 復讐を乗せて。


「これがぼくの寝取りです。あなたから学んだ、最高の寝取りです」

 扉を閉める。

 あとには最大限の絶望だけが残る。

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最大限の幸福を 姫路 りしゅう @uselesstimegs

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