過去

 恋人がいた。

 十六歳の秋。初めての恋人だった。

 告白はぼくの方からだったけれど、どう見ても両片思いだった。クラスメイトからは「恵一、行動遅すぎ」と笑われたほどだった。

 何度も一緒に帰った。部活のない休日はデートにも行った。

 親が休日出勤で不在の日曜日に、思い切って恋人を家に誘ってみた。彼女は快諾し、遊びに来た。自分の家に恋人がいるのはなんだか変な気分だった。ぼくの部屋の小さなテレビで映画を観て、そのままキスをした。もちろんキスは初めてじゃない。けれどもその先は初めてだ。ぼくは数回髪を撫で、よくわからないまま耳を触った。吐息が漏れた。キスをした。しかし胸に手を伸ばした瞬間、彼女は照れながら「ごめん」と言った。「ごめん?」「そんな日に来るなって話だけど、実はギリギリ生理が終わってなくて、まだそういうことできないんだ」「ん、あー、ああ、それはごめん」「謝ることじゃないよおむしろ私のほうが」「いやいや」そんなやり取りをして、その日は手でしてもらった。次は最後までしようね、という約束だけが残った。


 デートのタイミングがないまま二週間が経って、突然彼女が学校を休んだ。休みなく続いていたメールの返信も途絶えたので心配になって家を訪ねたけれど、母親が出てきて「会いたくないらしいの」と言われるだけだった。


 一週間後、ようやく来たメールにはただ「他の人と寝ました。別れてください」とだけ書かれていた。



 数年かけて、それが寝取り師と呼ばれる男の仕業だったという真実に辿り着いた。


 そこから寝取り師に近づくために色んなことをした。ネットの掲示板を見て、街を歩いて、寝取り師と同じようにたくさんの人を寝取った。


 ぼくが寝取り師になりたい理由はひとつだ。

 復讐。


 ただ、それだけ。

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