第20話 王さまの敵



 その人には、頭に角も、モフモフの耳もついてない。この国で見た事のあるどの人よりも、人間に近い姿をしていた。


 でも、たぶんこの人も魔族だ。血色が悪すぎる青白い顔と、口からはみ出るように見えている鋭い歯。特に歯は、彼が着ている襟のピンと立った黒いコートの色と相まって、更に白く鋭く見える。



 そんな人が、わたしを見下ろしてきていた。

 ナイフみたいな歯を持っていて、気持ちがすっぽりと抜け落ちたような目をしている。だけど、たぶん何の気持ちもないわけじゃない。


 彼から、冷たく鋭い、研ぎ澄まされたような深い赤色のオーラが見えるのだ。まるで体の中から迸る、煮えたぎるような怒り。そういうものを感じてしまう。



 この前騎士の人に感じたような怖さは、感じない。あの時のように、怖さに体が震えたりしない。今すぐ「食べられちゃう」とも思わない。

 だけど、背筋からまるで何か冷たいものがゆっくりと這い上がってくる感じがした。


 この冷たさに絡めとられてしまったら、ダメ。心の中でそんなふうに思うのに、目を逸らそうと、逃げようと思わないのが不思議だった。

 

 こんなふうにしている間にも、何だか絡めとられてしまっても、問題ないような気がしてくる。

 さっきまで何を考えてたんだっけ。

 別にいいんじゃないだろうか。そのままこの細くて白い手に捕まってしまっても。


 スッと差し出された細くて白い手に、わたしはゆっくりと自分の手を伸ばし――。



 こめかみを掠めるようにして、ブォンという風の音がした。思わず目を見開くと同時に、鳥の翼がバサッと割って入る。


「国王陛下の庇護の下にあるリコリス様に、何の用ホ~……? 財務大臣様」

 

 スーちゃんの丸い目が今は鋭い。いつものやさしい声も、今は低くなってトゲトゲしてる。

 その人の目が、わたしじゃなくてスーちゃんを映した。ちょっと残念な気持ちになりながら、二人のやり取りを何となく聞く。


「いつ誰がこの娘に用などあると口にした」

「用がないのにリコリス様の後ろに無言で立つんですかホ~。しかも魅了チャームまで使って」

「そのような事をした覚えはないな。先祖返りの身でありながらこの私に言いがかりをつけるとは、陛下は狗のしつけもままならぬか」

「スーちゃんは、イヌじゃなくてフクロウだよ?」


 疑問をポンと口にする。二人の目がわたしの方を向いたけど、その雰囲気は正反対。スーちゃんはいつものかわいい顔になったけど、財務大臣さまはさっきと変わらず、温度のない目でこっちを見ている。


「どちらにしろ、リコリス様に断りもなく触れようとした件については、陛下に言わないといけないホ~」

「勝手にしろ。言われたところで何の問題もない」


 財務大臣さまは鼻を鳴らして、スッと踵を返してしまった。

 去っていく彼の背中を見ながら、スーちゃんが「ホ~」とため息をつく。


「緊張したホ~」

「そうなの?」

「もちろんだホ~。相手は国の中枢に関わる人で、陛下の政治上の敵対相手だホ~。陛下を仰ぐ僕からすると、敬意を払う必要がある相手であり、軽く見られるのもよくない相手なんだホ~」

「王さまの敵……」


 スーちゃんが王さまの味方だっていうのは知ってたけど、王さまには敵がいるのは知らなかった。


「王さま、強い?」

「陛下はこの国の誰よりも高い魔力を持つ方だけど、財務大臣様とは武力で戦っている訳じゃないホ~」

「そうなの?」


 じゃあ他に、どうやって戦うのだろう。一瞬そう思ったけど、そういえばお母さまは王妃さまと力で戦ってはいなかった。

 色々な事を言ってくる王妃さまにもずっと背筋を伸ばしていたお母さまのカッコよさを思い出して、王さまも同じように戦うのかもしれないとふと考える。


 でも。


「みんな仲よくできればいいのに。財務大臣さまも怖くなかったし」


 ポロッと口から本音が漏れ出た。そんなわたしに、スーちゃんは一瞬固まって。


「大変だホ~! まだ魅了が解けてないんだホ~!!」


 スーちゃんが、わたしをひょいと持ち上げた。


「あっ、ちょっと待って! あのお花ほしい!!」


 慌ててそう声を上げ、どうにか目当ての花を摘む。しかしスーちゃんが待てるのはそこまでだった。


「今すぐ僕の背中に乗るホ~!!」


 言葉に従い中腰になったスーちゃんの背中にヨジヨジと登ると、彼は急に走り出す。



 ペチペチ、パチパチと固い床を叩く彼の足音に、廊下を歩くたくさんの人たちが驚きながらよけてくれる。周りが奇妙なものを見るような目でこちらを見てきているけど、わたしには今それよりも、もっと重要なことがあった。



 モフッと沈み込むようなこの背負われ心地は、フカフカベッドととてもよく似ていた。

 温かくて、フッワフワ。思わずほおずりしていると、すぐ近くでバンッという音が聞こえる。


 それがドアを開けた音だと分かったのは、辺りを見回してそこが見覚えのある部屋の中だと気づいたからだ。


「何事です、ストテンベルグ。陛下の執務室にノックもなしに入ってくるなど、臣下にあるまじき――」

「大変ですホ~! リコリス様が、財務大臣様の魅了にかかってしまったんだホ~!!」


 スーちゃんが、宰相さまの言葉を遮ってそう言った。しかし彼はフンと鼻を鳴らす。


「何を、そんな事くらいで。とっとと娘に宛がっている部屋に戻して寝かせておきなさい。それでいずれは解けるでしょう」

「しかし、あの方の事を『怖くなかった』と言ってるんだホ~!」

「それはかなりの重症ですね。今すぐ解呪が必要です」



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婚活中の魔王さま(コブつき)を、わたしが勝手にぷろでゅーす! ~不幸を望まれた人質幼女が、魔王国の宝になるまで~ 野菜ばたけ@『祝・聖なれ』二巻制作決定✨ @yasaibatake

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