第19話 王さまらしい匂い探し



 スーちゃんに案内してもらった先には、色々なお花が咲いていた。

 目の前の光景に大きく目を見張っていると、隣からスーちゃんがこんなことを言う。


「小さいけどホ~、ここがこの王城で一番色んな種類がある庭園だと思うホ~」


 たしかに彼の言う通り、パッと辺りを見回してみただけだけど、たぶん人間の国の王城の庭園の半分もない。でも広さは関係ない。


「ううん! ありがとう!! お花いっぱい!!」


 これまた彼の言う通り、ここにはたくさんの花がある。青いお花、赤いお花、黄色にオレンジに緑に白に……色んな花が咲き誇っている。これから選び放題だ。


「全部の花壇のお花が咲いてる……」

「ここは特別なんだホ~。他の庭園は季節に合わせて咲く花を植え替えたりするけどホ~、ここにあるのは前王妃様が様々なところから集めたお花たちホ~。だから種類がたくさんあるし、前王妃様の魔法で年中花が咲く花壇になっているんだホ~」


 魔法。魔族が使える不思議な力だって聞いた事がある。

 わたしは使ったこともなければ、魔法を見たこともない。あまりピンとこないけど、お花をずっと咲かせられる魔法だなんて、すてきだ。

 そう思いながら、わたしはタッと一番近くの花壇に駆け寄る。


 しゃがみ込むと、綺麗に咲いているお花がちょうど私の顔の位置にきた。

 甘い、いい匂い。ゆっくりと鼻から息を吸いながら、わたしは思わずニッコリとする。


「これだけいっぱい咲いてたら、前王妃さまはいつもうれしくいられるね!」


 笑顔のままクルリと振り返ると、スーちゃんが少し困ったように……いや、寂しそうに眉尻を下げた。


「ここ数年、前王妃様は城の奥の離宮に籠りっぱなしだホ~。おそらくここにも来ていないホ~……」

「そうなの?」

「あの方が来られていた時は、もっとこの庭園も生き生きしていたホ~……」


 今でも十分きれいだけど……。そんなふうに思いながら、わたしはもう一度お庭を見回した。

 うん、やっぱりきれい。こんなお庭を見にこないなんて、何だかとってももったいない。


「前王妃さまは、王さまのお母さま?」

「そうですホ~」

「王さまのお母さまは、体が悪いの?」

「分からないですホ~。でも元はおそらく、心の問題だホ~。あの方は本当に前国王陛下の事を愛していらっしゃったからホ~」

「王さまのお父さま?」


 わたしが首をかしげると、スーちゃんは「ホ~」を頷いた。


「前国王陛下は、三年前にお亡くなりになられたんだホ~。それ以降、前王妃様はふさぎ込んでしまって、表に御姿を現さないホ~」


 王さまの、お父さまが……。そう思いながら、視線を目の前の花に落とす。


 王さまのお母さまは、王さまのお父さまがいなくなっちゃってきっと寂しかったのだ。

 じゃあ王さまは? 王さまも寂しかったのだろうか。

 

 そんなふうに思っていると、スーちゃんから明るい声をかけられる。


「リコリス様、どのようなお花を探すホ~? 僕も一緒に探すホ~」

「はっ、そうだった! 『王さまのお花』を探さなくっちゃ!!」


 王さまのよさを一番引き出せる匂いのお花。それを探すのが、わたしが今やること。そう思い出し、再びお庭全体をキョロキョロと見る。


「国王陛下のお花ホ~?」

「王さまに似合う匂いのお花!」

「分かったホ~。探してみるホ~」


 スーちゃんが、そう言って隣に座ってくれた。

 二人で探した方が、きっと早いし、いいものが見つかるはず。そう思いながら、心強い助っ人にうれしくなる。


 隣で「国王陛下に似合う匂いホ~……」と言いながら目の前の花の匂いを嗅ぐそぶりを見せたスーちゃんに倣い、わたしも早速目の前の一輪の匂いを嗅いでみる。


 これは、ハチミツみたいな匂いがする。

 とっても甘くておいしそう。でも王さまはおやつの匂いが苦手かもしれないって、スーちゃんが言っていた。

 じゃあこっちは? 別のお花で試してみる。


 ……うーん、オレンジみたいな匂い。

 いい匂い。だけど、王さまに似合うのはもっと別の匂いのような気がする?


 他っと小走りで、別の花壇の方へと行ってみた。すると、次に見つけたのはちょっと不思議な匂い。スースーする匂いだった。

 何となくカッコいい感じがする。けど、わたしがみんなに教えたいのは、王さまのやさしいところなのだ。やさしい感じはあんまりしない?


 王さまに似合ういい匂いを探すのって、難しい。

 そう思いながらまた別のお花の匂いを嗅いで、わたしは「お?」と思った。


 少し甘いけど、それ以上に何だか落ち着く匂い。

 これならずっと嗅いでても、嫌になったりしなさそうだ。王さまのやさしさは、多分こんな感じだと思う。


 これ、ちょっといいかもしれない。

 そう思った時だった。上から影がスッと差した。


 スーちゃんかな、と思って振り向く。

 いいお花を見つけたの。そう報告しようと思って、笑顔だった。

 でもそこにいたのは、スーちゃんではない。知らないおじさんだ。


 冷たい目でわたしを見下ろしてきていたその人と、まっすぐに目が合ってしまった。


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