黒歴史の告白

「おい、佳代!しっかりせい」


 気が付くとボクは椅子から落ちて地面に座り込んでいた。自分の身体が小さく震えているのがわかって思わず両手で自分の肩を抱きしめた。


(何度も見ていた夢を忘れてたなんて。「まーくん」ってまさか…)


「おまえ少しの時間やけど気を失って痙攣しとったんやぞ…」


 見たら周りに人垣ができており、ボクらを心配そうに見ていた。叔父さんは背をさすってくれていたようだが、ボクの意識がしっかりしたのを確認してほっとした様子で両手で支えて立たせようとした。

 しかしボクはそれを無視した。ボクはそれをずっとずっと聞きたかったのだ。小学生の頃から。


「なあ、叔父さん。昔『まーくん』なんて呼ばれとらんよな?」

「…俺を『まーくん』って呼んどったのは親友一人だけや」


 叔父は戸惑った様子で言ってから「なんで急にそんなこと聞くんや?」と眉間に皺を寄せた。

 ボクは夢の話をしようか迷ったが、やめた。叔父が親友だと言うのと同じように、死んでしまったボクも叔父を親友だと思っていたはずなのだ。


「ううん、なんとなく」

「そうか…俺を『まーくん』って呼んどった親友は10歳で伊勢湾台風の時に死んだんや。あいつの妹も母親も死んだ。生き残ったのは父親だけやった。助けられたはずやのに…今でも後悔しとる。佳代のお母さんから聞いとるやろ、あいつの買ったばかりのランドセルが泥に浸かって使えんくなったって。あいつはそればっか言うけど、俺らが生きとるのはラッキーやった。ちょっとタイミングが違ったら俺らも泥の中で死んどったんやからな」

「…そっか。その話さ、叔父さんからすごい昔に聞いたの思い出したわ。あんまり怖かったんで忘れとった」

「そうか、おまえには話したかもしれん。自分の娘には絶対言われへんのにな…なんでやろか、なんで助けられんかったんやろか」


 叔父は泣いた。大人の男性が声を出して泣くのを、ボクは初めて間近で見た。



「今日の事はナイショやで。特に佳代の母さんには絶対に言うなよ」


 ボクの自転車を軽トラの荷台に乗せて走らせながら、叔父は腫れぼったい目で恥ずかしそうに笑った。ボクにとっての母親は疎ましいだけのものだが、叔父にとっては伊勢湾台風で守った小さな愛おしい妹なのだ。


「もちろん言わんよ」

「…そうか。また来年も来たってな」

「ええよ」

「ありがとな」

「ええって」




 その事があってからボクは他人を怖いと思わなくなった。学校で勉強して同級生と遊んで友達と呼べる人も二人できた。恋愛もした。仕事をするのも楽しかった。そんなボクを母親が目の敵にしていちいち邪魔をしてきたが、一切無視した。母親や周りのにして生きるのはこりごりだった。




「黒歴史ってやつやね?でもなんで急に」


 ムスメが笑ってボクに聞いた。


(うける要素あったか?絶対ないやろ…)


 彼女はボクが生まれ変わった時と同じ16歳だが、ボクみたく歪むことなくすくすく育っているようだ。


「そうやなぁ、いつ死ぬかわからんで話しとこと思って」

「お母さんが中二病やん。そんな簡単に死ねやんやろし」

「…そやな」


 ボクもムスメに話してみたら、あまりの自分の黒歴史ぶりに目眩がしてきて笑えてきた。確かに客観的にみたら笑えて仕方ない話だ。

 しばらく二人で笑ってから、昔の自分をやっと供養できた気がした。

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ボクの人生やり直し 海野ぴゅう @monmorancy

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