悪夢

 小学校からの帰り堤防を歩いていたら、今まで見たことのない大きさの真っ黒い雲が圧迫するように海の上の空に広がっていた。気持ちが悪くて不安で家に帰って母に報告した頃には風が強くなっており、かやぶきのボク家は不吉な音を立てて軋んだ。

 母が外に出て心配そうに空を見たが、風が強いだけで雨は降っていなかったので2階建ての親戚の家に避難する判断を父が帰るまで待つことにした。親戚の家は歩いて30分以上距離があるのと、父の兄弟が多いので迷惑をかけたくなかったのだろう。

 どんどん風が強くなりボクは怖くて仕方なかった。幼い妹も初めは家が音を立てるのを笑っていたが、いつの間にかひきつったような表情に変わっていた。

 父を待つうちに風がどんどん強くなり、どこからか飛ばされてきたトタンが壁に刺さったのを見て母は避難を決めた。

 外に出るととても立っていられず、ボクらは地面を這うように親戚の家に向かった。

 



「まーくん、開けてくれ!風が強くて歩けやんのや!!」


 ボクは妹の小さな手を左手で握り、右手で近所の家の戸を思い切り叩いていた。中からは親友の弱り果てた声が返ってきた。


「あかんのや、うちの2階はもう人がいっぱいで誰も入れんなってきつく言われとるんや…ほんまに悪いけど早く他の家をあたってくれ…頼むわ」

「無理や、妹を連れてこれ以上動けへん…助けてくれ、おまえ友達やないか!」

「俺だってこの家に妹と弟がおるんや!おまえこそ友達ならわかってくれよ!!」


 親友の声を最後まで聞いた瞬間、地響きのようなゴウゴウという音と稲光、雨、そして水が一気にボクらを襲った。母と妹はすでに横におらず、ボクはもがきながら高波に押し流されていった。



 口が泥でいっぱになりおびただしい流木などにぶつかって身体が変形したボクの身体は、家からかなり離れた場所まで流された。周りにはたくさんの人間の遺体だけでなく牛など家畜の死骸や木片などが集まっていた。堤防が切れて排水されず溜まった海水は湖のようになり、何日も汚臭を放った。

 どこかに避難していたのであろうアヒルの群れだけは日常と同じように水辺を元気に泳いでいる。

 遺体は大八車に乗せられて川辺で焼かれた。自衛隊が大きな船で遺体の収容に来ていたが、それではとても対応できない程の被害がでていた。大阪府からは機動隊の応援が来て、地元の警察の代わりにあらゆる問題を引き受けた。

 嘘のように静かな日だったが、空には不吉な雲がまだ居座っていた。


 妹や家族がどうなったかはもちろん知らない。


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