まっくら宇宙のコックリさん

我破 レンジ

漂流0日目

「見てごらん、キトゥン。あれが銀河の中心核だよ」


 恒星間クルージングボートの船窓からは、真っ白に輝くヘカテー銀河の渦が見えた。何万もの星々によって形成された巨大な光の渦は、このまま眺めていたら僕とキトゥンまで吸い込んでしまいそうだ。そう思えるほど、僕たちを捉えて離さなかった。


「きれい……ずっと見ていたくなっちゃう」


 キトゥンが僕の右腕に両腕を絡ませた。桃色の体毛に覆われた彼女のぬくもりが、僕の胸の中までも温かくさせる。そして三角形の耳をピクピク震わせると、長い尻尾を僕の腰に巻き付けてきた。猫が二本足で立ち上がったような姿をしているマター連星人の、これが求愛行動なのだ。しなやかな彼女の肢体は、地球人の僕から見ても魅惑的で、なまめかしい。


「そうだね。ずっと君と一緒に……あれを見ていたい」


「やだ、やめてよ……でも嬉しい」


 キトゥンの金色の瞳が大きく開かれた。無重力空間を漂っていた僕らは体勢を変え、互いに向き合った。そして目を閉じ、ゆっくりと唇を寄せていって――


 カチッという音が聞こえた。


 あと少しで唇が触れ合うところで、僕たちは仲良く床に落っこちた。切っていた人工重力のスイッチを誰かが押したらしい。落下した瞬間、軟質素材でできた床がエアクッションとなってふくらみ、優しく受け止めてくれた。


「おっと悪い悪い! うっかり重力入れちまったわ!」


 わざとらしい口調の声に振り向くと、ローチがニヤニヤしながらそこにいた。六本ある腕の内、一番上についている左手が人工重力のスイッチに触れている。


「姿が見えないと思ったら、やっぱり展望室でイチャついてやがったか! まったく、ラブラブなのは結構だけどよ! せっかくみんなと一緒にいるんだから、二人でお楽しみは帰ってからにしてくれよな?」 


 そう僕らをたしなめながらも、ローチは額から伸びる長い触覚を愉快そうに揺らして笑った。数ある知的文明生物の中でも、彼のようなイルビコーグ星人は特に陽気な種族とされる。地球でいう節足動物に近い生物から進化したローチは、褐色の硬質な外殻に覆われ、六本の腕を持っている。大昔はその風貌で地球人、つまり僕のご先祖たちからは嫌われていたそうだけど、それも過去の話だ。


「ちょっとローチ、からかうのは止めて」


 キトゥンは僕の胸に顔をうずめた。彼女の顔は白い産毛に覆われていたが、柔らかな地肌が羞恥に赤くなっているのがわかる。僕は庇うように彼女を抱きしめた。


「ごめんなローチ。たまたま二人っきりになれてつい、ね」


「だからと言っテ、わざわざ探してヤったことには感謝してホしいな、コウタ」


 ローチの背後から出てきた、小さな石ころを寄せ集めてできたようなイケスナーグだった。ロクロッシュ星人である彼は、無機物と有機物が半分ずつで構成された特殊生命体……生き物でありながら鉱物に近い体質を併せ持つ、いわば生きた岩石だ。


 四本の腕を器用に組ませて、独特のなまりを交えてイケスナーグは言った。


「船の中は比較的安全だが、宇宙ではどンな事故が起こるかわカらない。もシかしたらお前たちが宇宙空間に放り出されテるかもしれないと、せっかくのパーティーを中断して捜索しテたんだぞ?」


「いや、気づかいは感謝するけど大袈裟だって……」


 イケスナーグは僕の友人たちの中でもトップクラスの秀才だ。勉学を怠らず、既に大学院への進級を決めている。何事にも真面目すぎるのはご愛敬だ。


「まぁまぁイケスナーグ、ちゃんと二人がいたんだからよかったじゃないの」


 凛と涼し気な美声とともに、ウミアルス星系人のヌメルが最後に現れた。彼女は本来、青い半透明の半液状状生命体だが、直立二足歩行型生物であるみんなに合わせて人型の体型となっている。片手にもったワインチューブを口に似せた食物吸収器官で吸うと、赤い液体が彼女の体内で混ざり合って消えた。


「ほら、みんなの分も持ってきたから飲み直しましょうよ。コウタ、キトゥン。あなた達もどう?」


 ヌメルが身体の中からチューブを二つ取り出した。ありがたく受け取ると、彼女の体温で冷やされたワインは程よい冷たさだった。きっとわざわざ体温を調節しておいてくれていたのだろう。やっぱりヌメルは優しくて気立てが良い。


「おっ、ヌメル俺の分もくれよ。まだまだ全然飲みたりねぇからさ」


「ふふっ、じゃあ六つあげる」


「さっすがわかってるぅ!」


 ローチは六つの手でそれぞれチューブを受け取った。あれを全部飲み干すつもりらしい。すでに一〇本は飲んでいるはずだが、さすが星間ボクシング学生部門チャンピオン、やることが豪快だ。


 僕たちがこうして宇宙の真ん中で酒宴をしているのには理由わけがある。この宇宙旅行が終われば、僕たちはバラバラになる。ユーエン第三大学の地球文化研究ゼミの同期である僕らは、卒業を目前にした今、最後の思い出作りとして星々を巡る卒業旅行に出ているのだ。四泊五日の旅行の一日目はイスドロメダ星のロボットパレード鑑賞。二日目が惑星ガラナイアの巨大滝下り。三日目がルカース星の二重太陽巡りと、充実した日程を過ごしていた。


 そして最終日の今日は、ローチの恒星間クルージングボートでリドリ星に帰還しながらの船内パーティというわけだ。


 ヌメルは全員にチューブをいきわたらせると、眼球にあたる器官をローチに向けた。目配せってやつだ。


「そんじゃ改めて! 俺たちの社会への門出を祝して! ビジョーリー!」


 地球語で“乾杯”に相当するイルビコーグ語を合図に、僕たちはワインチューブを吸った。甘酸っぱいアルコールが僕らの中に浸透していき、展望室は一気に賑やかになった。


 生まれた星も種族も違うけれど、僕らは素晴らしい友人同士だ。かつては数光年を隔てて憎み合っていた過去の歴史を、僕たちは友和の精神で乗り越えた。技術、文化交流を目的として各惑星に建てられた大学は、いまや様々な惑星から集まった留学生たちであふれかえっている。そんな僕らの日常は、星間戦争で消耗しきっていた先祖たちからすれば信じられない光景だろう。


 平和があまねく星々にいきわたるまでには長い年月がかかったけれど、僕らはこれからも、種族としての壁を越えて友好を築いていけるだろう。それぞれの道を進むこともなろうとも、僕らの絆は永遠だ。


 賑やかなローチと、聡明なイケスナーグと、優しきヌメルと、そして愛しきキトゥン。


 個性豊かな彼らの友情と愛情と、そして別々の道を歩んでいく一抹の寂しさに、僕は心の内で乾杯を捧げた。


 ※※※※


 事の発端は、ストックしていたワインチューブが底をつきかけた頃だった。


「ねぇねぇ! みんなでやってみたいことがあるんだけど!」


 キトゥンの突然の提案に、僕とイケスナーグ、ローチは顔を見合わせた。僕らはちょうどその時、三人で地球の遊戯であるポーカーに興じていた。宴もたけなわとなり、各々が好き勝手に過ごし始めていた時だ。


「やりたいこと? それってなんだよキトゥン?」


 ただ一人、真ん中の右腕で二〇本目のワインチューブをすすっていたローチがたずねた。地球人とは違って、イルビコーグ星人の彼は酔っても顔は赤くならないが、長い触覚をやたらくねくねさせる癖が出る。先っぽがイケスナーグの鼻先をくすぐり、石同士がこすれる耳障りなくしゃみをさせた。


「実はね、いまヌメルの研究テーマの話をしてて、地球には“ウラナイ”っていう未来予測シミュレーションがあったって聞いたの!」


 二人がガールズトークに興じていたのは横目にしていたが、そんな話をしていたのか。それにしてもウラナイなんて、久しく聞いていなかった言葉だ。


「シミュレーションなんて大仰なものじゃないよ。まだ神様とか霊魂とか、科学じゃ説明できないものがあるって信じられていた時代の迷信だよ」


 僕はつれなく返したが、今度はヌメルが嬉々として語り出した。


「それは知ってるわよ。でもあたし、ヒドゥン予測演算が証明される前に未来を予測しようとした地球の人たちの試みに興味があってね。アジアって呼ばれる地域の文化圏に関する卒論を書きながら、ウラナイってものについても調べてみてたの」


 そして彼女はまた身体の中から、折り畳み端末を取り出して画面を展開した。ウミアルス星系人の体質はある意味便利だ。


「そうそう! でねでね! この『コックリさん』っていうウラナイがね、一番簡単で一番当たりやすいんだって!」


 どういうわけか、キトゥンはやたらはしゃいでいた。彼女はヌメルから端末を受け取ると、僕らの前に突き付けた。そこにはコックリさんの詳細について記されている。イケスナーグは元来の好奇心で特に興味深げに読んでいた。


「ふぅーム、『コックリさん』とは幼児期の地球人でも出来る簡単な占い……まず紙にトリイと呼ばれる図形と、肯定を意味する”はい”と否定を意味する”いいえ”という二つの単語ヲ書く……」


 端末には以下、このように続いていた。“はい”と“いいえ”を書いたら、数列と文字列を一通り書き、十円玉という金属製の貨幣に複数人の指を乗せる。するとコックリさんと呼ばれる超自然的存在が十円玉に宿り、コックリさんを呼び出した者たちの質問に応じて十円玉を動かし、答えを指し示す。


 ぶつぶつと読み込むイケスナーグの隣で、ローチが画面の一節を指さした。


「なぁ、この“ノロイ”ってのはどういうことだ? なんか下手なことするとコックリさんに殺される、みたいなこと書いてね?」


 それを聞いた僕はギョッとしたが、ヌメルはこともなげに答える。


「そこは気にしないで大丈夫。コックリさんってのはつまるところ、集団催眠を利用したお遊びみたいなものなの。十円玉を動かすのは指を乗せたあたしたち自身。神経が未熟な子どもだとヒステリーになってしまう可能性もあって、昔の人たちは呪いと呼んで恐れたの。でもあたしたちはそもそも人間と神経の仕組みが違うから、ヒステリーになることはほとんどありえないってわけ」


「はーん。俺てっきりノロイって放射線か何かだと思っちまった。やっぱ昔の人は想像力豊かだったんだな。でもまぁ、放射線でなけりゃ大概のケガや病気は平気だけどな!」


 ローチは盛り上がった胸をそらして自慢げに言った。たしかにイルビコーグ星人の外殻はとても頑丈で、それを支える筋肉の強さも折り紙付き。だからローチもボクシングが大得意というわけだ。


 それはそれとして、だ。呪いなんて信じやしないけど、どこか薄気味悪いものを感じた。胸騒ぎと言ってもいいかもしれない。僕はキトゥンにたずねた。


「キトゥン、どうして占いなんてやってみたいの?」


「だってキトゥン、未来が知りたいもん! みんなが社会で上手くやって行けるか、知りたいと思わない?」


 キトゥンは多少酔ってはいたが、そのまなざしは真剣だった。“毎日を愉快に”がモットーの彼女が、こんな表情になることは滅多にない。何がそこまで彼女を駆り立てるのかはわからないが、愛するキトゥンがそこまで言うなら、のってやらないのは彼氏としてつれないかもしれない。


「……わかった。僕はやるよ。みんなはどうする?」


「あたしはやるわよ、もちろん」


 ヌメルの即答に続き、ローチも六つの肩をすくめて答える。


「しゃーねぇなぁ。卒業旅行でやることかどうか疑問はあるけどよ、まっ、面白い趣向かもな」


 ローチはそう言って、持っていたトランプの手札を放り投げた。その組み合わせはノーペア。なるほど、手札が揃ってなかったから勝負を打ち切る口実にするわけか。


「うむ、右に同じダ。民俗学的な興味をかき立てル」


 イケスナーグも真面目な理由でうなづいた。


 酒に酔っていたとはいえ、みんな完全な悪乗りだった。呪いなんて前時代の人々の妄執であるはずだし、異星人との交流まで盛んな超科学文明の現代で、科学の説明がつかないものなんてあるはずがない。


 少なくとも、この時まで僕はそう思っていた。


 ※※※


 ヌメルの指示の元、僕たちはコックリさんの儀式に必要な物を準備した。僕が持っていた手帳のページを一枚破り、数列と文字列、そして鳥居を記す。電子マネーが当たり前の現代では誰も使わない硬貨は、イケスナーグが所持していた小型ディスクメディアを代わりとした。ちょうど人差し指の先っぽに乗るくらいの、円形で薄っぺらいものだ。


「ねぇコウタ。コックリさん、上手くいくと思う?」


「おいおい、言い出しっぺが疑ってどうするんだ?」


 僕は苦笑してキトゥンに言った。舌を出しておどけるキトゥンは本当にかわいらしい。


 テーブルの上に紙を置き、その周囲を五人で囲んだ。


「みんな。一応言っとくけど、占いの儀式が終わるまではディスクから指を離しちゃだめだからね。この占いは、コックリさんを呼び出してお帰りいただくまでがワンセットなの。儀式が終わるまでは指はそのまま、それが決まり。じゃ、みんな指をのせて」


 ヌメルの合図で、五人の指先がディスクの上にのった。そしてみんなが固唾を飲む中(唾がない種族もいるけどものの例えだ)、儀式は厳かに始まった。


「あたしの言うとおりに復唱してね。いくよ……」


 ――コックリさん……コックリさん……どうぞおいでください――


 ヌメルのいう通りに、僕らも呪文を復唱する。清浄に保たれているはずの展望室に、異様な空気が満ちていっている気がする。単なる思い込みだろうけど、僕の胸中はざわめきを抑えられなかった。


 それでも、儀式はつつがなく続いてゆく。


 ――おいでになられましたら……『はい』へお進みください……――


 そこまで唱えた瞬間。


 ディスクはゆっくりと……『はい』と書かれた文字の上へ進んだ。


 全員が驚くとともに、ディスクから指を離すまいと身を固くした。


「へぇ……本当に無意識で動くんだな……」


 ローチが感心する中、ヌメルが次の段階に進めるべく口を開く。


「さぁ、次は質問タイム。誰かコックリさんに聞きたいことはある?」


 ここまでくると、さっきのざわめきはどこへやら、僕も好奇心がむくむくとわき起こってきた。占いとやらの実力、この目で確かめてみたい。


「なら僕が最初に行くよ。まずは本当に正しい答えが出せるかどうか試してみたい」


 とりあえず間違いようのない質問がいいだろうと、僕はディスクにこうたずねてみた。


「質問。僕の誕生日はいつ?」


 ディスクが音もなく進んでいく……数字を通過し……文字を通過し……また数字を通過し……。


 ディスクが指し示した結果は次のようなものだった。


『2178ねん12がつ21にち』。


「おぉコックリさんすげぇ! 大正解じゃん!」


 ローチが驚いて言ったが、すぐにこれが自分たちの指の動きのおかげだと思い出し、気恥ずかしそうに頭をかいた。


「なら次は私にやらセてくれ。ロクロッシュ星が星間連合に加盟しタときの指導者の名前は?」


 ディスクは静かに紙の上をすべり……次の答えを指し示した。


『だい640だいそうしどうしゃ がんこうか いがんせっか』


「ふむ、ガンコウカ・イガンセッカ。正解だな」


 興奮が一同を包みつつあった。まるで検索エンジンのようだ。それも紙とディスク一枚でできる、超が付くお手軽検索エンジン。


 その後も各々が好き勝手な質問をした。自分はプロボクシングのチャンピオンになれるか? ギャラクシーノーベル賞は授賞できるか? 彼氏はいつできるか?


 良い結果を示すこともあれば、悪い結果を示されることもあった。しかしどんな回答が出ても僕たちは笑って話の種にした。こういう遊戯はこうして楽しむのが健全だろう。真に受けたところで、未来のことなんて誰にもわからないのだから、コックリさんが絶対に正しい結果を指し示せるはずがないのだ。


 学生だけに許された青春の最後を満喫するように、僕らは笑い合い、奇妙で楽しいひと時を過ごした。


「じゃあじゃあ、次はキトゥン!」


 何人かの質問の後、キトゥンが意気揚々と宣言した。彼女は一息つくと、ゆっくりとコックリさんにたずねた。


「コウタは……あたしのこと、好き?」


 思わず目を丸くしてしまった。本人の前で、しかも友人たちも一緒の中でそれを聞くか? いやもしかして、最初からこれを聞きたくてコックリさんをやろうと言い出したのか?


「バカ言うなよ、好きに決まって――」


 だが性急なコックリさんは僕が答える猶予を与えず、メディアを進ませていく……。



 結果は『いいえ』だった。



 沈黙が展望室を支配した。僕とキトゥン以外のメンバーの視線が、気まずそうに僕らの間をいったり来たりしている。


 キトゥンは……呆然としながら、僕を見つめていた。


 僕は彼女にかける言葉が浮かばず、固まっていた。


「……じゃ、じゃあここらへんで止めようか。うん、そうしよう! そうだ! 焼酎チューブでも飲もうぜ!」


 気を利かせたローチがパッと、立ち上がった。


「待って! まだ離しちゃだめ!」


 ヌメルが叫んだ瞬間、展望室の照明が消えた。そして僕たちの爪先が、ゆっくりと浮き上がっていく。人工重力まで切れてしまったらしい。


「なんだなんだ? どうなってんだよ?!」


 狼狽したローチが、空中で六本腕をじたばたと振り回している。


「船の持ち主はあんたじゃない! こういうときは操舵室のメインモニターで状況を確認するもんじゃないの?」


 ヌメルが渇をいれると、ローチもすぐに気を取り直す。


「わっ、わかってるって! みんな、ちょっと待っててくれ!」


 ローチが壁を蹴って展望室から出ていった。文字通り所在なく浮いている僕の元に、キトゥンが寄ってきた。


「大丈夫だよね……? 大したことにはならないよね?」


 怯えた瞳で見つめてくるキトゥンがあまりにいじらしいので、僕は力いっぱい彼女を抱きしめた。


「大丈夫だよ、キトゥン。宇宙船だって進歩しているんだ。滅多な事じゃ遭難しないし、SOSを出せばすぐに助けが来るよ」


「それはわかってるけど……」


 白状すると、僕は強がっていた。強い不安がかえって僕に見栄を張らせたのだ。


 原因は、先ほどのコックリさんが示した占いの結果……僕がキトゥンを愛していない、という明らかに間違った結果に動揺しただけではない。


 昔の記憶が蘇っていたのだ。一三年前の、あの事故の……


 いや、よそう。こんなところでおどおどしていても何にもならない。堂々と構えて、キトゥンを安心させてやらなくては。そうとも、あの占いの結果が間違いであるということを、彼女を守ることで証明しなくてはならないんだ。


 僕は頭を振って、忌まわしい記憶を振り払おうとした。


「ローチ! この船ニ何が起きタ?」


 ちょうどその時、戻ってきたローチにイケスナーグが聞いた。ローチはうめきながら答える。


「あー……悪い知らせがいろいろとある。まずメインエンジンが動かなくなっちまった。今は予備電力でかろうじて船内環境を維持してる状況だ」


 僕を含め、一同が絶句した。あまりに突然すぎる非常事態。言葉を失わずにいられるわけがない。


「そんでもって、犯人はこいつらしいぜ」


 ローチが一番下の右腕を掲げると、つかみ取っているものを僕らに見せてくれた。それは地球のネズミに爬虫類のうろこと昆虫の複眼を合成させたような、醜悪な生物だった。ローチの手の中でじたばたと暴れているが、イルビコーグ星人の力で握りしめられては抵抗など無意味だ。


「ルカース星のサバクヨロイネズミだ。こいつがエンジンや通信室の電気ケーブル、電子部品をめちゃくちゃに噛みちぎってやがった」


 ローチは怒りに震える手で、サバクヨロイネズミを壁に設けられたダストシュートに放り投げた。哀れな犯人はいずれ、プラズマ燃焼器の中で排泄物とともに焼却され、目に見えないサイズの塵となって宇宙に放流されるだろう。


「なら早くSOSを出そう! すぐに救助隊が来る!」


 僕の提案は、ローチがやけくそに壁を叩いた音でかき消された。叩かれた壁はひしゃげていた。


「それも無理なんだよ! さっきも言っただろう! あのクソネズミのおかげで通信装置も故障! SOSも出せねぇ!」


 ローチはみんなを見渡すと、自虐じみた笑みを浮かべた。


「つまり俺たちは、完全に漂流状態ってわけ」


 ※※※


 こうして、僕たちは広大無辺な宇宙をさまようこととなった。他愛ない占いの大きすぎる代償として。

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