ある軌道パトロール隊の記録

 一か月ほど前にルカース星から出航して行方不明となった恒星間クルージングボート。それがリドリ星の衛星軌道に現れたとの報告を受け、我々軌道パトロール隊15班は至急現場に向かった。


 船は確かに行方不明となっていたボートだったが、こちらからの通信に対して一切の応答がない。そこで俺と同僚のエリスはスペーススーツを着用して船体に取りつき、内部へ侵入するためエアロックの解除を試みていた。


「ジョージよりパトロール艇へ。これよりエリスとともに船内捜索に入る。どうぞ」


 後方でサポートのために控えるパトロール艇から応答が入る。


「パトロール艇423号了解。外から生命体らしき熱源反応はないが、充分に注意して捜索するように。どうぞ」


 やはりか。予想の範囲内だが、生存者は恐らくいない。乗っていたのは五人の学生だったというが、船内の許容酸素量や備蓄可能食料の量から言って、一か月程度の生存も難しいと考えざるを得なかった。


「ジョージ了解。エリス、ロックは解除できたか?」


 エリスはエアロックの制御盤に押し付けていた手を離した。スーツのグローブには端末が仕込まれていて、様々な宇宙船の制御システムに介入できる万能接続プログラムがインストールされている。直後、ロックが解除されたことを示すグリーンのランプが制御盤に灯った。


「完了した。ジョージ、私は遭難者の捜索を行いつつ操舵室へ向かうわ。あなたは乗組員の捜索に専念を」


「了解。航宙記録の回収、頼んだぞ」


 エリスは親指を立て、俺に先を譲った。エアロックから船内に入り、一通り様子を確認する。


 船内は死の気配が充満していた。船の予備電源もダウンしたらしく、真っ暗で何も見えない。スーツのヘルメットに装着されたライトをオンにし、進行方向を照らし出す。人工重力すら起動していないここは、細かい塵が浮遊していてさながら無重力の廃墟だ。


 エリスが操舵室へ向かうのを横目にしつつ、俺は各所を見て回った。そしてまず機関室で、頭と手足が砕かれたリブキゴーク星人のミイラを発見した。通路の片隅で捨てられたように放置されたウミアルス星系人の表皮も。


 極めつけに、キッチンで桃色の体毛がついた肉を見つけてしまった。おそらくマター連星人の一部だろう。胃の中が空っぽだったことに感謝する。


 この船はれっきとした猟奇殺人の現場だ。極限状態に置かれたストレスで殺し合いが発生したに違いない。宇宙漂流ではときおりみられる事例だ。


 おぞましい惨状に眉根を寄せていると、エリスから通信が入った。


「こちらエリス。操舵室で地球人類と思われる遺体を発見。ジョージ、報告だと確かロクロッシュ星人もいるはずだけど、見つけられた?」


「いや。船内はあらかた回ったが、まだ発見していない。ここはどうやら生き残りをかけたコロシアムになっていたようだ。空気と食料の節約のために、無理やり宇宙に放逐された可能性もある」


「もしそうだとすると、遺体の回収は絶望的ね」


 その後、俺は操舵室でエリスと合流した。操舵席に座した地球人の青年は、にこやかな笑みを浮かべて絶命していた。やせ細ってはいたが、餓死というよりは船内の酸素の枯渇による窒息死のようだ。


「穏やかな死に顔よね。なんだか不気味なくらいよ」


 持ち込んだ外部バッテリーと船のコンピューターの接続作業にいそしむエリスが、死体を見下ろす俺につぶやいた。


「仏さんにそんなことを言うな。苦痛に歪んだ顔なんて、何年現場にいようといい気持ちにはなれないんだ。これくらいの方が俺の寝覚めもいい」


「ホトケさん? あぁ、地球人が信奉する神様の名前だっけ? 死体のことを神様と同じ呼び方をするなんて、セリットペル人の私にはわからない習慣ね」


 エリスは舌をチョロチョロと出して、細長い瞳孔をこちらに向けてきた。まったく、こいつには死者に対する尊厳がないのか。爬虫類に近い人型種族ではあるが、冷血動物らしいドライな価値観にはときどきげんなりする。偏見だとわかってはいるが。


 ところで、地球人の遺体は妙なものを膝にのせていた。一枚の紙きれと、小型ディスクメディアだ。紙きれには地球のアジアの宗教施設に見られる……何といったか忘れたが、門のような図形と、日本語で書かれた文字やアラビア数字が羅列してあった。一体これはなんだ?


「よし、これでOK。船のコンピューター、再起動させるわよ」


 エリスが手に持った端末を操作すると、操舵室に明かりがともった。


 そして、俺は部屋の片隅に女の子が立っているのを見た。


 息を呑んでまばたきした次の瞬間には、もういなくなっていたが。


「どうしたの、ジョージ?」


 エリスがいぶかしげに聞いてきた。何でもないと答え、航宙記録は残っているかたずねる。


「えぇ、記録の方は残ってるわ。船の電源が一度おちるまでの……そうね、五時間ほど前のログまでね」


「よし、データと遺体を回収してすぐに分析をしよう。この船で何があったのかを突き止めなければならな――」


 言いかけて、俺は信じられない光景を目撃した。


 死んだ青年の指先が動いている。紙きれの上に乗せてあったディスクを這わせて、一つずつ文字を示している。


 エリスもそれに気づき驚愕する。二人で声を失っていると、ディスクは動きを停止した。


 ディスクはこんなメッセージを示した。



『みんなでいっしょにあそんだよ』



 直後、操舵室の照明がダウンした。我々は再び闇に包まれた。


 そして俺とエリスと、死人しかいない船に、小さな女の子の笑い声が響いた。


 暗闇の深淵から響いてくるような、幼い笑い声が――


(終)

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まっくら宇宙のコックリさん 我破 レンジ @wareharenzi

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