漂流1日目

「ダメだ、修理しヨうにも必要な部品が少ナすぎる。このまマでは私たちは死ぬまで宇宙を漂ウことになる」


 操舵室に集められたメンバーの前で、イケスナーグは深いため息をついた。忌まわしきネズミが引き起こした事故から一夜明け、僕たちは不眠不休で船の復旧作業に取り組んでいた。メンバーの中では唯一、趣味で宇宙工学も勉強していたイケスナーグが指示を出し、とりあえず最低限の生命維持装置は補修できた。人工重力はエンジンの出力がないと動かせないので、昨日からずっと宙に浮きっぱなしなのが心許ないが。


「イケスナーグ、どうしてもエンジンを直せないのか?」


 僕はすがるようにたずねたが、あくまで冷静にイケスナーグは答える。


「そもソも二日間の航宙こうちゅうなんだ。修理用の部品なんテ多くは積まナいのが普通だし、それよりも食事や酒を詰め込ムのに私達は夢中だったシな」


 肝心のエンジンが修理できないとなれば、もはや絶望的だ。なにせ船の推進力が得られないのでは、どこにだって進むことができない。空間転移移動ワープだってできないし、足を床につかせることだってできやしないのだ。


 イケスナーグの宣告は、僕たちを奈落の底に叩き込むには充分だった。


「ふざけんなよ! なんで卒業旅行で死ななくちゃならねぇんだよ、俺たち!」


 ローチは悲嘆にくれて叫んだ。ヌメルがそんな彼の肩を掴んで揺さぶる。


「しっかりしてよ! それでも学生ボクシングのチャンピオンなの? 船の持ち主はあんたなんだから、あんたが一番しっかりしなくちゃ!」


「んなこと言ったってよぉ! メインエンジンもダメ! 通信装置もダメ! こんだけ一気にぶっ壊れちまうなんてありえねぇだろうが! ルカース星の宇宙港の奴ら絶対に許さねぇぞ! あんなクソネズミを見逃しやがって!」


 ローチは完全にパニック状態だった。普段の明るい彼を思い出すと、正直言ってこんな有様は見たくなかった。


「まだ死ぬって決まったわけじゃないんだ。希望はかならずある」


 僕は空々しくもそうはげましたが、友人の動揺は収まらなかった。


「まさか……これがコックリさんのノロイってわけじゃねぇよな?」


 ローチはハッとしたように言うと、早口でまくし立てる。不安に駆り立てられるがままに。


「みんなコックリさんが仕組んだんじゃねぇだろうな? 俺が途中で指を離しちまったから! こんなに不運が重なるなんて、これがヌメルが言っていたノロイってやつなのか! 俺たちとんでもない化け物を呼んでしまったのか? そうだ、今でもコックリさんはこの船のどこかにいて……俺たちを殺そうとしてるんだ!」


「それはただの迷信なの! いい加減にして!」


 ヌメルの叱責に、ローチの黒い複眼から涙があふれ出した。イルビコーグ星人にも涙腺があるとは聞いていたけれど、実際に泣くのを見るのは初めてだった。


「コウタ!」


 突然、キトゥンが僕の胸元に飛び込んできた。


「コウタ! キトゥン怖い! こんなことになるなんて思わなかった! このまま死んじゃうなんて嫌だよ!」


 キトゥンは額を僕の胸にこすりつける。そんな彼女の頭を僕はやさしく撫でた。


「大丈夫だ、キトゥン。僕たちは誰一人として死なない。必ず生きて帰れるさ。みんなで力を合わせれば。そうだろ、みんな」


 僕はみんなを見渡した。ヌメルが優しく微笑み、イケスナーグは力強くうなづいた。ローチも気まずそうにうなづき返す。


「ところでみんな、どうか聞いテ欲しいことがある。これは私一人デは判断しかネることなんだ」


 イケスナーグは神妙にそう言うと、腰につけていた作業用ポーチをまさぐりだした。


「部品の数はたシかに足りナい。しかしそれは正規の部品が、と言うことダ。エンジンの破損個所は主に電子制御系だ。だからほかの箇所から流用の効く部品を探すコとも可能なのだが……」


「何か問題でもあるのか?」


 イケスナーグの質問の要領が得られず、僕は聞き返す。


「私が使おウと考えていル有機電子基盤なんだが、候補が二つアる」


 彼はポーチから二つの部品を取り出した。どちらも似たような有機電子回路だが、刻印された製造メーカーがそれぞれ違う。


「エンジンを製造シたのはキューブリック・ファクトリーだ。しかし流用可能な電子基板の方は、それぞれエイジ工業とサンライザーと、別々のメーカーだ。どちらかを取り付けるしかナいのだが、間違えばエンジンの電気系統は完全にショートする。そうなれば……もう直しようガない」


 耐えがたい沈黙が再び落ちた。どちらを選ぼうと致命的なリスクがあるとなれば、誰だって決断を下すことは簡単ではない。


「だっ、だったらエイジ工業にしようぜ! 俺は運がいいんだ! 三年前にドリームフォーチュンくじを当てたことだってある!」


「一〇等の当たりくじでしょ。購入したくじの金額が戻って来るだけの」


 ヌメルが呆れながら言う。


「そっ、損はしなかっただろ損は!」


 事態は完全に行き詰っていた。この後も議論を重ねたが、一向に意志の統一は図れそうになかった。


 すると、キトゥンがこんなことを言った。


「……コックリさんで決めよう」


 全員がキトゥンへ振り向いた。彼女の表情は意を決した険しいものだった。


「このまま話し合ってても埒があかないよ。だったら占いでもなんでもして、それで決めた方が効率的じゃない?」


「何言ってるんだキトゥン! コックリさんのせいで俺たちこんな目に遭ってるんじゃないかよ!」


「ローチ! 迷信に囚わレるのは止めるんダ。それに彼女の意見は一考に値すル」


 イケスナーグの意外な意見に僕は驚いた。


「どういうことだ? 占いなんてただの遊びじゃないか、そんなものに頼るなんて」


「そもそモだ。コックリさんというのは、本当は私達があのディスクを動かしているのだろう?」


 イケスナーグがヌメルに確認を求める。


「えっ? えぇそうだけど……それがどうしたというの?」


「つまり占いの答えはコックリさんが指し示したもノでは決してない、というコとだ。疑問に対しても我々が知っている以上の正しい答えは出せナいし、未来に関する質問にしても、私達の無意識ノ予測通りニ動いているに過ぎない。つまり、コックリさんはある意味私達の総意を代弁しているようなものだ」


「まぁ確かにコックリさんの動きはあたしたちの無意識によるものだけど……あっ! もしかしてイケスナーグ、あなたコックリさんを使えば、あたし達の無意識の総意が得られると考えてるの?」


 ヌメルの指摘にイケスナーグがうなづいた。


「もし、もシもの話だ。選択が間違っていたらどうスる? もしかシたら私たちは間違っタ選択をした者を恨んでしまウかもしれない。責めてしまウかもしれない。それなら、誰の意志ナのか曖昧なままにした方が良い気もする」


「僕たちは互いを恨んだりなんてしない!」


 僕は思わず反論したが、イケスナーグの言うことももっともな気がした。疲労で思考が鈍っていたのかもしれないけれど、試せることはなんでも試してみるべきかもしれない。


「いや……ごめん。みんな追い詰められてピリピリしてるんだよな。みんな優しい友人ばかりだ。それは僕が一番よく知っている。誰かから責められなくても、自分で自分を責めてしまうかもしない。だったらみんなの総意という形でコックリさんを利用するのも悪くない」


「悪いけどさ……俺は遠慮しておくよ」


 ローチがおずおずと言った。


「もしかしたら元凶かもしれないじゃんか、コックリさんが。俺は二度とごめんだ、あれをやるのは」


 ようやくみんなが同じ方向を向き始めた中で、ローチの独断は少々身勝手な気がした。だが彼なりに負い目があるのだろう。彼がコックリさんの最中に指を離さなければこんなことには……


 いや、ダメだ。僕まで迷信を信じ込んでどうするんだ。ローチに責任があるわけない。今回は不幸な事故なんだ。こんな宇宙の果てで超常現象なんて起きてたまるか。


「よシ。もう一度、コックリさんをやっテみよう」


 やるべきことは決まった。僕たちの命運は、あの小さなディスクに託されることになった。


 ※※※


 昨日と同じ準備を整え、個室に戻ったローチを除いた僕ら四人はディスクの上に指を乗せた。


「いい? みんな。さっきも言ったけど、コックリさんの最中は絶対に指を離さないでね。指を離していいのは『コックリさん、コックリさん、どうぞお戻り下さい』と言って、さらに『ありがとうございました』とお礼をしてからよ」


 ヌメルに念を押され全員でうなづくと、さっそくコックリさんを呼び出す儀式を始めた。


 ――コックリさん……コックリさん……どうぞおいでください……――


 ――おいでになられましたら……『はい』へお進みください……――


 果たして、ディスクは『はい』の方へ動いた。僕は喉をゴクリと鳴らす。いまこの瞬間、このディスクに得体の知れない何かが本当にいるかもしれない。くだらない疑念は不本意にも、僕の全身に鳥肌を立たせた。


「コックリさん、エンジンの電気系統を直したイのですが、エイジ工業とサンライザー、どちらの部品を使うベきでしょうか?」


 イケスナーグの問いに対し、ディスクはゆっくりと進んで答えを指し示そうとする。文字を一つずつ、ゆっくりとなめらかに移動して。


 そして導き出された結論は、


『えいじこうぎょう』


「……というコとだそうだが、みんナ異論はなイか?」


「異論も何もないって。あたしはコックリさんの決定に従う」


「キトゥンも」


「僕もだ」


 こうして、メインエンジンの修理方針が決まった。


 ※※※


 コックリさんにお帰りいただく儀式をすませてから三時間後。機関室のエンジンの修理を終えたイケスナーグが操舵室に戻ってきた。


「やれるだケのことはやった。あとは運に任せルのみだ」


 僕らは緊張してエンジンの始動スイッチを見つめた。


「さっきローチにも結果を伝えたんだけど、勝手にしろと言ってまだ部屋にこもっちゃってるよ。船の操作ぐらい持ち主にやってほしいもんだけど」


 ヌメルは肩を落として落胆した。


「だったら僕がやるよ」


 僕は始動スイッチに指をのせた。この一押しに、全員の命がかかっている。待ち受ける結果の重大さが僕の心臓を委縮させた。それを少しでも膨らませようと深く息を吸い、


 ゆっくり吐き出しながら、スイッチを押した。


 しばしの静寂。僕らは待った。待望の奇跡を。


 そして……聞こえてきたのはエンジンの反応炉が起動する重低音。ゴウンゴウンと、まるで獣の咆哮のようだった。


 そして咆哮は次第に穏やかになり……安定稼働状態に入ったことを示す、静かな駆動音となった。


 宙に浮かんでいた身体も徐々に重みを取り戻し、ゆっくりと足先が床へ降りていく。人口重力装置も正常可動に戻ったようだ。着地して自らの足で立っているのを、無言で互いを見合って確かめた。


「……やった!」


 僕らは顔をほころばせると、喜びを爆発させた。キトゥンが僕に抱きついてきてキスをした。


「キトゥンよせよ。僕はスイッチを押しただけだ。功労者はエンジンを直してくれたイケスナーグだろ」


「いいもんいいもん! これでキトゥンたち帰れるんだ!」


 そうだ。これで生還への希望の光が見えたんだ。リドリ星へ帰還するための光が。


 そしてその光を差し込ませてくれたのは、過ぎ去った時代の遊戯に過ぎなかったはずのコックリさんだった。我ながら信じられない体験だ。


 歓声に沸く操舵室の中で、僕はふと、小さな女の子の笑い声が聞こえた気がした。周囲を見渡しても、当然小さな女の子なんていなかった。


「コウタ、どうしたの?」


「……なんでもないよ、キトゥン」


 操舵室はみんなの歓声に未だ沸いている。

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