漂流8日目

「まずいことになった。船内の二酸化炭素濃度がどんどん濃くなってきてやがる」


 食堂に集められた僕たちに、ローチは開口一番こう告げた。


 エンジンが復調し、航宙そのものは順調に進んでいた。しかし所詮は代替の部品を使った応急処置であるために、本来の半分ほどしか出力がないらしく、ワープで一気にリドリ星へ行くことも、やはりできなかった。イケスナーグでもこれ以上の修理は無理とのことだ。


 そのため、船はブースターを用いた通常航法でリドリ星に向かわざるを得なかった。この場合、リドリ星到達までは三週間程度かかると、イケスナーグは予測を立てていた。この広すぎる宇宙では、ほとんど漂流状態であることに変わりはない。少しだけマシになった程度。エンジンが始動した時の喜びは、ほとんどぬか喜びに終わってしまった。


 こうして僕たちは、食料や空気をできるだけ切り詰める生活を余儀なくされている。種族によっては生存に食料や酸素を必要としないらしいけど、あいにくこの船に乗っているメンバーはものも食べるし、呼吸も必要とする者達だった。だからできるだけ動き回らないようにしてエネルギーを温存し、呼吸による酸素のロスを減らした。食事は一日の量を厳密に決め、それ以上を求めないようにした。これでなんとかしのげる算段だった。


 ローチが船内の大気状態が悪化しているという知らせをもたらすまでは。


「どういうことだ? 大気変換装置に不調でも出たのか?」


 僕の質問に、ローチは深いため息をはいた。


「あっ、悪い。つい二酸化炭素出しちまった。でも許してくれよ、ため息でもつかなきゃやってられねぇんだ。見てくれ、これを」


 ローチは持っていた薄い物体を、乱暴にテーブルへ放り投げた。僕たちはそれを見て戦慄した。


「大気変換装置のフィルターだ。こんなに汚れちまったせいで、酸素変換効率が三〇パーセントも落ちやがった。洗っても洗ってもなぜか落ちねぇ」


 ローチの言う通り、フィルターは汚れていた。赤黒い何かに一面染まりきっていた。


 これは地球人の僕にとっては、なじみ深くもおぞましい色合いだった。


「これって……血、なのか?」


「それはお前がよく知ってんだろ、コウタ?」


 ローチはなぜか疑わし気な視線を僕に向けた。


「俺たち知的生命体には、たいがい血液が流れている。イケスナーグにすら銀色の血が流れてるもんな。そしてだ……こんな中で、赤い赤い不気味な血が流れている種族といえば、さぁてだーれだ?」


 今度はみんなの視線が、一斉に僕に向いた。キトゥンがおびえた表情を浮かべていた。


「待ってくれ! これは僕がやったんじゃない! これは僕の血なんかじゃない!」


 慌てて否定するも、ローチははなから聞く耳を持ってくれなかった。


「だったら今ここで服を脱いでみせろよ! 身体のどこにも傷がついていなかったら信じてやるからよ! おいどうなんだ!」


 無実だというのに僕はたじろいだ。実を言うと、僕の身体には大きな傷跡があったからだ。脇腹の裂傷の治療痕だ。それは子供のころの、あの事故に由来するもので……


 いずれにせよ、今ここでその傷跡を見せたら、どんな誤解をされるかわかったものではない。僕は汚名を返上すべく、慎重に言葉を選んで話そうとした。


 しかし、助け舟を出してくれる者がいた。イケスナーグだ。


「やめるんだローチ! 女性陣だってイるんだ、コウタに恥をかかせることはない。仮にコウタの身体に傷があったとしても、フィルターの汚れが地球人の血液がドうかなんて、成分分析をしなケれば断定できない。不信感をアおるような真似はよすんだ」


 イケスナーグがローチをたしなめると、僕を名指しで犯人扱いした素晴らしき友人は、不服そうに僕を見つめながら腰を下ろした。


 だが、僕は胸をホッと撫でおろせる心境ではなかった。また脳内をフラッシュバックが襲ってきていたからだ。家族で行った宇宙旅行中、乗っていた定期便星間シャトルが大きく揺れたかかと思うと、炎が僕らの周りに……


 あぁ、またの顔がちらつく。苦痛に歪むあの顔が。


 内心の動揺をなんとか隠し通せるうちに、イケスナーグが今後の展望の話を始めてくれた。


「フィルターがこうなってしまった以上、二酸化炭素による空気の汚染はさらに進行するだろう。代替品になりソうな部品も残念なガらない。機能が三〇パーセント低下しタということは、オそらく……」


 イケスナーグは一瞬だまり、頭の中で計算を終えると言った。


「あと二週間ほどで、船内の空気はスべて呼吸不可能なホどに汚染される」


 イケスナーグのその一言で、二週間を待たずして食堂の空気は充分すぎるほどに重くなった。リドリ星到着までに三週間かかるというのに、これでは僕たちは窒息死するしかない。


「……今度こそ……万事休すってやつかな……」


 ヌメルが薄く笑った。テーブルに頬杖をつくが、人型の輪郭がなかば崩れて、まるで溶けかかった飴細工のようになってしまっている。


「勘弁してくれよ……徐々に苦しくなりながら死ぬなんて、生殺しもいいところじゃねぇか……」


 ローチもまたうなだれていた。先ほどの強気な態度はかけらもなくなっている。


 もちろん、僕も間近に迫った死に恐怖するしかなかった。


 みんなが押し黙る中、思いつめたような表情をしていたキトゥンが、きっと顔を上げた。


「コックリさんに助けてもらおう」


 全員が驚きに目を見張った。またしてもコックリさんか。僕は頭を抱えて言った。


「キトゥン、どうしてここでコックリさんを出してくるんだ。これは単にAかBの二択を選ぶような問題じゃないんだ。コックリさんがあーしろ、こーしろと導いてくれるとでも思ってるのか?」


「でもこの間はコックリさんのおかげでエンジンが直った! もしかしたら今回だって……」


 彼女は今、コックリさんにすがりつこうとしている。その気持ちはわからないでもなかった。実際、今の僕だってわらにもすがりたい気分だ。


「いい加減にしろよキトゥン! お前、一足先に酸素欠乏症にかかっちまったのか? あんな不気味な儀式、俺は絶対やらねぇからな! みんなだってこれ以上はやらねぇだろ! なぁ?」


 僕はなんとも言えなかったが、ヌメルが先に口を開いた。


「何もできないからこそ、何でもいいからやってみるって理屈もあるんじゃない? ここまできたら、あたしはできること、なんだってやるよ。コックリさんに一番詳しいのもあたしだし」


 そういうと、ヌメルは人型の輪郭を取り戻して、儀式のセットを取りに席を離れた。


「まぁ、非科学的なノは間違いないが、正直フィルターがだめになっては私も手の打ちヨうがない。なら、キトゥンやヌメルが好きにヤることを応援するのも一興だ。それで、お前はどうするんだ、コウタ?」


 イケスナーグが僕にたずねてきた。是非もない、それこそ乗り掛かった舟だ。


「ヌメルの言う通り、できることをやるよ。僕もコックリさんに参加する」


「みんな気が狂っちまったのかよ! 俺はやらねぇからな! 絶対にな!」


 ローチはすっかり激昂して立つと、食堂のドアへ向かった。ちょうどヌメルと入れ違いになったが、彼女を乱暴に突き飛ばして


「どけよ、スライミー」


 そう言って去ってしまった。彼の発言で、温かくなり始めていた食堂の空気は一気に底冷えした。


 スライミー。かつてヌメルたちウミアルス星系人を指していた蔑称だ。現在では差別用語として、公共の場で使うことは宇宙中で禁止されている。まさかローチがあんなことを言うなんて。


 僕が駆け寄るとヌメルは大丈夫と言ってくれたが、浮かべた笑みに力はなかった。すっかり人が変わってしまったローチの態度に、僕は言葉にできない悲しみを覚えていた。


 ***


 その後はもはやおなじみのパターンだった。儀式の準備をし、ディスクの上に四人の指を乗せてコックリさんを呼び出す。そしてディスクが動き出したらどうすればいいか質問する。だが今回のコックリさんの回答は、これまでで一番驚嘆すべきものだった。


『じぇむずせいけいまでわーぷ』


 ※※※


 コックリさんにお帰りいただくと、僕らはすぐさま検討に入った。


「ワープってどういうこと? エンジンが不調でワープはできないんじゃなかったの?」


 ヌメルは未だ信じられぬといった様子で、イケスナーグに確認する。


「実を言うトな……ワープはでキなイわけではない」


「そうなのか? ならどうして早く言ってくれない?!」


 僕は思わず声をあげてしまった。ワープさえできれば、僕らはこんな苦労を味わわずに済んだのだ。だがそんな僕を、イケスナーグは四つの手をあげて制した。


「あまりに危険だカらだ。エンジンが不調なのはミんな知っているだろう? 今の出力では、リドリ星までの距離をひとっ飛びスるほどの長距離ワープは不可能だ。そレにワープはエンジンに多大な負担を強いる。万全の状態でアれば滅多に事故は起きないが、もしワープ中にエンジンが故障してしまえば、私達は時空のはザまから出らレなくなり、空間の歪みに巻き込まれて船ごとバラバラに引きちギられてシまうだろう。そんなリスキーな提案、私にはできナかった」


 イケスナーグは申し訳なさそうにうつむいた。確かにこれでは、僕がイケスナーグでも同じように、あえて口にする意味はないと考えるかもしれない。


 徐々に頭が冷えてきた僕は、友人たちの身の安全を最優先に考えてくれたイケスナーグにあやまった。


「すまない、君の言うことももっともだ。でもイケスナーグ……コックリさんは“ジェムズ星系”までワープしろと伝えてきた。これってつまり、長距離ワープではなく短距離ワープしろってことだよな? もしジェムズ星系までワープが成功して距離を稼げたら、リドリ星までどのくらいで到着できる?」


 しばしの逡巡の後、イケスナーグは答えた。


「……二週間。船内の環境がギリギリもつ程度だろう」


 なるほど、そういうことか。これで僕の決心はついた。


「やろう、ワープを。このままでも僕らは死んでしまうんだ。一か八か、賭けてみるしかない」


 選択の余地はなかった。二酸化炭素におぼれて死ぬか、ほんのわずかでも生存のチャンスにかけるか。議論するまでもないだろう。


 各々が意を決してうなづく中、キトゥンがおずおずと言った。


「ねぇ、一応ローチにもこのことを伝えておく?」


 確かにこの船の持ち主は彼だ。ならワープするにもローチの意見を聞くのは当然だろう。しかし


「キトゥン、それは止めておきましょう。彼には悪いけど、コックリさんが関わってるとなると反対するに決まってるわ」


 ヌメルの口調は冷ややかだった。彼女がそういう話し方をするのは初めてだった。


 こうして、僕らは急いでワープ航法の準備に入った。エンジンを調整するため、イケスナーグとヌメルは機関室へ。僕とキトゥンは各部の計器をチェックするため操舵室へ向かうことになった。


 だが食料貯蔵庫の前を通りがかった時、僕は小さな人影を捉えた気がした。足を止めて中をのぞいたが、誰もいなかった。


「コウタ! 早く!」


 キトゥンに呼ばれ、僕は後ろ髪を引かれる思いでその場をあとにした。


 ***


 必要な準備をすべて整え、僕らは操舵室のシートに座ってワープに備えていた。エンジンも他の機関も、現状では最良の状態に保たれている。短距離ワープなら可能であると、イケスナーグの結論も出ていた。


「みんナ。今一度いうが、こレは本当に賭けだ。ワープが成功するカどうか、私にもわかラない。もしだめだったとキは――」


「イケスナーグ。そうやって話している間にも、空気はどんどん汚れていくんだ。時間が惜しい、早く行こう」


 僕が促すと、イケスナーグはしばし苦笑して、改めてワープ航法に入るレバーを握った。


「目的地、ジェムズ星系。ワープ航法開始!」


 レバーが倒され、船窓からまばゆい光が流入してきた。時空の歪みによって生じる膨大なエネルギーの輝きだ。光はまぶたを通って、僕の脳内にまで流れ込んでくるようだ。ワープ航法特有の独特な浮遊感も生じ、自分がこれから昇天するのではないかという錯覚を覚える。小さいころ体験した時は、本当に自分が天国に行ってしまいそうな気がして泣き叫んだ記憶がおぼろげにある。


 そう言えば……はこの身体が浮かぶ感覚が好きだと言っていたっけ。


 未だに理解できないが、彼女にとっては文字通り、天国へ昇る心地だったようだ。そういえばさっきの小さな人影もポニーテールだった気がする。ユリのお気に入りの髪型だった。あの事故の時もそうだった。


 炎に包まれゆくユリ……なんとか助け出そうと……僕は必死に腕を伸ばして――


 ***


 光が去り、目を開けたときにはすでにワープは完了していた。操舵室の窓から広がる景色は闇ではあったけれど、その真ん中に巨大な恒星が輝いていた。


「惑星確認……キャメロン太陽だ! 我々はジェムズ星系まで来たンだ!」


 イケスナーグが叫ぶと、女性陣は二人で抱きしめ合って喜んだ。それが終わると、例によってキトゥンは僕に抱きつき、喜びのキスを交わした。


 だというのに、僕はまったく別のことに心を支配されていた。キトゥンの唇の感触は僕の意識に上らなかった。


 僕の目の前にキトゥンはおらず、忘れたいけれど忘れられない凄惨な景色だけが、僕の眼前でリプレイされている……


 ※※※


 ワープに成功した次の日の晩(宇宙には昼も夜もないけど、銀河標準時なら夜の時間)。ベッドの上でぼうっとしていると、ドアをノックする音が聞こえた。開けてみると、落ち着かなげにもじもじするキトゥンがいた。


「あの……入っても、いい?」


「いいけど、何か用?」


「用がないとダメなの?」


 拗ねたようにたずねる彼女に、少しの不快感を覚えた。それを悟られないようにしつつ


「いや、もちろんいいよ。入って」


 キトゥンは入室すると、備え付けの家具以外はほとんどない殺風景な部屋をぐるりと眺めた。


「……あのさ、前から聞きたかったことがあったの。気を悪くしたらごめんなさい」


 そうして彼女はためらいがちに、部屋の船窓のへりを指さした。


「あの写真に写っている人たちって、コウタの家族?」


 へりの上には、薄型デジタルフォトフレームが置かれていた。手のひらにすっぽり入る大きさの極薄画面には、にっこり微笑む一〇歳ほどの少年と、それより幼そうなポニーテールの少女、そして彼らの肩の上に手を乗せて笑う大人の男女が写っていた。


「そうだよ。あのデジタル写真に写っているのは僕と、父さんと母さんと……」


 そこまで言って、言葉に詰まった。最近はあの写真が視界に入るだけで、胸が苦しくなるときがあって困る。


「……僕の、亡くなった妹のユリだ」


 キトゥンが一瞬、身をこわばらせるのがわかった。それでも意外そうな様子はない。僕の部屋に来るのはこれが初めてではないし、写真は旅行の初日から置いてあったから彼女も当然目にしている。最初からユリのことはうすうす察していたのだろう。


「そうだったんだね……なんとなくそんな気はしてたよ」


 キトゥンは写真に近づくと、しげしげと眺めた。好奇心とも怯えともつかない複雑な表情だ。彼女が何を考えているのか、恋人である僕ですらわからない。なら直接問うしかない。


「ねぇ、その写真がどうかしたの?」


 キトゥンは僕に向き直ると、無理に浮かべたような、こわばった笑顔で言った。


「ねぇ、気が付いてる? コウタって、ときどき遠くを見ている目になるの。大学の講義を受けているときも、ゼミの発表会のときも、キトゥンとテーマパークに遊びに行ったときも」


 そしてつかつかと、僕の元へ歩み寄ってくる。


「それでね。コウタがその写真を見たときの目がね、同じだったの。地球のことわざでピッタリなやつがあったよね……そう、“心ここにあらず”ってやつ」


 そして僕の目の前まで来ると、頬にやさしく手を当て、自分の顔を向くようにさせた。まるで彼女以外のものが視界に入らないようにするために。


「だからわかった。コウタがそんな目をする原因はあの写真と関係があるんだって。そして考えていた通りだった。きっと亡くなった妹さんのこと、考えたり思い出したりしてるんだなって。違う?」


「考えたり、思い出したりしちゃいけないの?」


 若干、とげを含んだ言い方になってしまったのを申し訳なく思う。でも彼女の指摘はその通りで、僕のセンシティブな領域に関わるもので、自然と自己防衛反応が出てしまったのだ。


「そうじゃないの。コウタのその目にキトゥンは映ってるのかなって、不安になっちゃうことがあるの。だからはっきりさせておきたいの。コウタにとってキトゥンはどんな存在なんだろうって」


 気が付くと、キトゥンの尻尾が僕の腰に巻き付いていた。これで僕は彼女から逃れられなくなったというわけだ。


「コウタが遠い目になる度、胸騒ぎが収まらなくなっていくの。だからコックリさんで占ってみたくなった。悪酔いの余興でもいいから、コウタの気持ちを知ることができればいいなって。でも出た答えは期待していたものじゃなかった」


『いいえ』


 あの時、コックリさんが導き出した僕の気持ち。あれは僕が抱える空虚の代弁だった。コックリさんに看破された事実は、どれだけキトゥンを不安にさせたことだろう。


「キトゥンは妹さんの代わりにはなれない。それはわかってる。でもコウタのことを支えてあげたいの。コウタに帰ってきてほしい。キトゥンがいるこの世界に」


 それとも、キトゥンのいるこの世界は、イヤ?


 うるむ金色の瞳で彼女は問いかけてくる。その瞳に写る僕は、キトゥンからの全力のメッセージを受け止めてなお、驚くほどに無感情だった。


「……確かにユリのことは忘れられない。あの子は一三年前に宇宙船の事故で死んだ。僕と両親はなんとか助かったけど、彼女はダメだった。どうして兄である僕が生き延びて、幼いユリは死ななくちゃいけなかったのか。今でもそんなことを考えてしまうんだ」


 キトゥンは静かに聞いてくれている。僕は彼女の頭をなでながら続けた。


「でも安心してほしい、キトゥン。僕の心は間違いなくここにある。過去にどんなことがあろうと、僕はとにかく生きているんだ。ユリは大切な家族だけど、それはキトゥンだって同じだよ。僕らは地球人とマター連星人で生まれた星も違うけど、でもこうして互いを求めあってる。大事なのは今この瞬間なんだ」


 僕はキトゥンの背中に手を回すと、彼女を胸の中に引き寄せた。栄養不足で体毛がところどころ抜け落ち、地肌が露出しているのを見ると痛々しい。だから慈愛をこめて、僕は抱きしめる力を優しく、強くした。


「好きだよ、キトゥン。コックリさんがどう占おうと関係ない。君のことが大好きだ、キトゥン」


 腰に巻き付いていた尻尾が、より強く締まるのを感じた。追い打ちとばかりに、キトゥンは腕を腰にまわし、尻尾に負けないくらい強く力をこめた。僕らはより隙間をなくそうと、顔を近づけ口づけをした。


 ふと、彼女の背後に気配を感じた。立てかけた写真の中のユリが、僕を見ていた。


 どうしてだろう。単なるデジタル画像のはずなのに、ユリが何かを訴えかけていると思えるほどに、生々しい視線を感じる。


 そして一瞬。ほんの一瞬。


 口を閉じて笑っているはずのユリの口が、開いた。


『ドウシテ』


 そう口を動かしたように見えた。


 これは幻覚だ。薄くなった酸素が引き起こす幻に過ぎない。そうだ。そうに決まっている!


 僕は現実を直視するのをやめ、キトゥンの乾いた唇をむさぼった。そしてベッドに倒れこむと、片手で彼女を押さえつけながらズボンを脱ぎにかかった。彼女は嬉しそうに、ズボンを脱ぐのを手伝ってくれた。


 写真を振り向きたい欲求に抗うために、僕はそのまま獣の本能に身を任せた。

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