第109話 【9月下旬】悠陽と火乃香と

 「――き……あにき。起きて兄貴。もう朝だよ」

「ん……う~ん……」


穏やかな朝の日差しと共に、甘く優しい少女の声が俺の意識を震わせた。

 寝ぼけまなここすって見れば、ベッドに転がる俺を火乃香が揺すっている。


「ふわぁ~あ……おはよう火乃――」


大欠伸おおあくびをかまして体を起こしたと同時、俺は驚きのあまり声を失った。

 なにせ傍に立つ火乃香が、素裸にエプロンを着けている恰好スタイルなのだから。

 いわゆる『裸エプロン』というヤツだ。

 下着すら着けていない、正真正銘の裸エプロン。

 程よく大きな胸の谷間が首元から覗き、脇口からは丸い乳房がひょっこりと。張りのある尻と白い太腿も、プルンと健康的に震えている。


「ほ、火乃香! お前……なにしてんだ!」

「なにって、朝御飯の準備だけど」

「そうじゃなくて! なんで服着てないんだよ!」

「ああ、これ?」


恥じらう素振りも見せず答えれば、火乃香はエプロンの端をつまんだ。

 スカートより短いエプロンの端が持ち上がり、白い太腿が一層と露わになる。

 もう少しで鼠径部こかんさえ現れそうな際どさに、俺は慌てて顔を背けた。


「な……なにしてんだバカ! はやく服着ろ!」

「着てるじゃん」

「着てねーだろ! エプロンだろそれ!」

「えぇ~。もしかして兄貴こういうの嫌い?」

「好きとか嫌いとかじゃありません!」


顔を赤く染め上げ明後日の方向を向きながら、俺はベッドから起き上がった。

 火乃香の方を見ないよう必死に抗いながら、部屋を横切り脱衣所へ向かう。


 「あれ、朝御飯食べないの?」

「先にシャワー浴びるんだよ。汗かいたし」

「あ、じゃあ、わたしも一緒にーいろっ」


ひょこひょこと足取り軽く、さも当然のように火乃香は俺の後をついてくる。

 そんな彼女の頭を片手で掴めば、くるり反転させ脱衣所から放り出して。


 「ひどーい。なにすんの兄貴」

「なにするも何も無いわ。当たり前だろ」

「ぶー、折角背中流してあげようと思ったのにー」

「いらんわアホ」

「おっぱいで洗ってあげるって言っても?」


言いながら火乃香は自分の胸を寄せて上げた。ほどよく肉のついた胸が、一段と豊かに

 一瞬だけ理性が崩れかかった。

 けれど間一髪の所で踏みとどまり、スッと静かに脱衣所のドアを閉める。

 閉ざされた扉の向こう側からは、憤る火乃香の声が響いて。


「ったく……」


嘆息吐きながらシャツを脱ぐと、洗面台の上に並ぶ2本の歯ブラシが目についた。

 肩を寄せ合うように立てられた姿は、なんだか現在いまの俺と火乃香を表しているようで、何となく気分だ。


 シャワーを浴び終えて風呂から上がると、火乃香は俺のTシャツを着ていた。下は履いているか分からないけれど、裸エプロンよりはずっと良い。

 ほっと安堵あんどに胸を撫で下ろし、俺は火乃香と向かい合ってテーブルに向かい、用意してくれた朝食に手を合わせる。


「いただきます」

「いただきまーす」


今日も火乃香の飯は美味い。

 100円ショップの茶碗も、出雲いずも旅行で買った揃いの箸も良い感じだ。

 まるで俺と火乃香が家族である事を、認めているような気がして。

 

 そうして穏やかな食事を終えれば、出勤の時間が迫る。

 いそいそと支度を始める俺の動きに合わせ、火乃香が弁当を持たせてくれた。

 そんな彼女に見送られながら、俺はゆっくりと靴を履く。


 「ねぇ兄貴」

「んー、なんだー」

「今日の晩御飯、兄貴のお好み焼き食べたい」

「あー、そうだな。今日は早く帰れる日だし、いいぞ。久しぶりに作るか」

「やった!」


両手に小さく拳を握り、火乃香は跳ねるように背筋を伸ばした。今にも小躍りしそうな陽気に、思わずクスリと笑ってしまう。


 「あ、それとさ」

「んー?」

「もし仕事中に浮気なんかしたら、明日からゴハン作ってあげないからね!」

「……気ぃつけます」

「うむ、よろしい!」


ふふんと鼻息荒く胸を張って、火乃香は口元に笑みを浮かべた。

 以前は酷くクールで、いつも詰まらなそうだったのに、今では見る影もない。

 言葉数が少なくて表情に抑揚が無かったあの頃も美人だったけど、今の甘えん坊で小生意気な笑顔を見せる火乃香の方が、俺はずっと好きだ。


「……んじゃ、行ってくる」

「あ、ちょっと待って兄貴!」


「行ってらっしゃい」と応えてくれるかと思いきや、火乃香は大きく手を広げた。

それが何を意味しているのか、一目で理解できる。

 溜め息混じりに俺も手を広げ、火乃香を胸の中に受け入れる。


 互いの熱を交換するように、互いの存在を確かめあうように、俺達は強く強く抱きしめ合った。

 ひとしきり火乃香の温もりを噛み締め、惜しまれながらも身体を離す。

 すると同時、火乃香がおもむろに目を閉じた。

 おまけに爪先立ちで背伸びして、唇を尖らせ突き出してくる。


「何してんだ、お前」

「『いってらっしゃい』のチュー」

「アホか」


ペシン、指先で火乃香の頭を軽く叩いた。

 目を開けた火乃香は不満気に俺をめつけ、両の頬を膨らませる。


 「痛ったー、DVなんですけどー」

「やかましっ」


漫才のような流れを終えれば、俺と火乃香はどちらからともなく吹き出した。


「あ、やべっ。もうこんな時間か! あんま遅いと泉希みずきに怒られる!」

「むー……仕方ない。今日は許してやろう」

「そいつはどうも」

「うん! その代わり、帰ってきたら一杯イチャイチャするから!」

「えー……」

「むふふ。行ってらっしゃい、兄貴!」


怪訝けげんな様相を呈す俺に反し、火乃香はにっこりと向日葵ひまわりのような笑みを浮かべる。

 

 表には出さないけど、俺は火乃香が可愛くて可愛くて仕方がない。

 愛おしくてたまらない。

 出会った頃は同情や責任感もあって火乃香に愛情を注いでいた。

 だけど、今は違う。


 俺は火乃香を愛している。


 その感情が家族愛なのか恋愛なのかは、今はまだ分からない。

 だけど彼女と共に居たい。

 その想いだけは、ハッキリと理解している。


 チラリと横目に振り返れば、火乃香が小さく手を振っている。

 後ろ髪が引かれる。

 グラリと大きく心が揺らぐ。

 いっそのこときびすを返して、身も心も溶けるようなキスをしてやりたい。


 でも、そんな真似が出来るはずもない。

 だって俺達は義兄妹きょうだいなのだから。


 義兄あに義妹いもうとなのだから。


 そう自分に言い聞かせてぐっと奥歯を噛み締め、玄関扉を閉じて外に出る。

 それと同時に、俺は今日も欲望という名の扉に鍵を掛けた。

 にも関わらず、火乃香は常にこの扉を抉じ開けようとしてくるのだから。

 いつか鍵もろとも扉を突破されてしまうのではないかと、内心ヒヤヒヤだ。


「今日も無事にを全うできますように」


燦燦さんさんと輝く太陽に願を掛け、俺は足取り軽く薬局しごとへ向かう。


 最近できたクールな義妹が可愛すぎて、俺は今日も誘惑に負けそうです。





-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


はい、という訳で『一旦』最終回です!

だけど今回で終わりじゃないわ!

ちょっとの間、お休みを頂く感じです!

というのも、この話を書いている火野陽晴ヒノハルが今色々とバタバタしていて、投稿活動にあまり時間を割くことが出来ない状態なの。

なので、一旦【休載】とさせて頂きます!

詳しい事情は2024年08月03日投稿の近況ノートに記載するので、気になった方は御覧下さい!


それでは皆さん、お元気で!


また会う日まで!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最近できたクールな義妹が可愛すぎて俺は今日も誘惑に負けそうです 火野陽登《ヒノハル》 @hino-haruto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画