第24話 新たに芽生えた感情

 恭一郎から告げられた言葉が頭の中で何度も繰り返される。顔の火照りを悟られないように俯いていると、恭一郎がおもむろに立ち上がった。


「俺から伝えたいのはそれだけだ。これ以上邪魔していたら悪いから部屋に戻るぞ。お前はゆっくり休んどけ」


 ぶっきらぼうだけど優しい言葉をかけられる。戸に手をかける恭一郎を見て、まだ離れたくないと思ってしまった。


「待ってください」


 驚いたように固まる恭一郎。そんな彼を繋ぎ止めておきたくて言葉を続けた。


「もう少しお話しませんか? 旦那様のこと、もっと教えてください」

「……ここに居てもいいのか?」

「はい、構いません」


 俯き加減で返事をすると、大きな手でふわりと頭を撫でられた。見上げると、恭一郎は目尻を下げながら笑っていた。


「まったく、お前には敵わないな」


 髪を指先で梳きながら、恭一郎は言葉を続ける。


「俺もお前のことをもっと知りたい。そうすれば、いまよりもっと好きになるはずだ」


 その言葉にまた心がくすぐられた。


 穏やかな笑顔に包まれていたのも束の間、ふと首筋に視線を落とされる。


「どうしたんだ? 首にあざができている」


 その言葉で、飛駕に噛まれたことを思い出した。


「ああ、これは飛駕様に……」

「ああ?」


 飛駕の名前を出した途端、甘い雰囲気が消えて真顔になる。


 余計なことを言ってしまった、と後悔したが遅かった。恭一郎は怒りに震えながら拳を握る。


「あいつ……今度会ったらただじゃおかねえ……」


 どす黒いオーラを醸し出しながら飛駕への恨みを募らせる。かと思えば、恭一郎は伊織の両手を掴んで詰め寄った。


「他に何をされた?」


 勢いに押されて戸惑う。恭一郎の心をかき乱さないように、伊織は努めて冷静に伝えた。


「大したことはありません。組み敷かれて、首を撫でられて、噛みつかれただけです」


 心配することではないと伝えたつもりだったが、その言葉は恭一郎の怒りを助長させるのに十分な言葉だった。


「許せない」


 恭一郎は怒りに震えながら肩を上下させる。


「あの、旦那様……」


 なんとか機嫌を直してもらおうとした次の瞬間、恭一郎は伊織を畳に押し倒した。


「ひゃっ……」


 突然の出来事に思わず悲鳴をあげる。恐る恐る目を開けると、恭一郎に組み敷かれる体勢になっていた。


 恭一郎は熱の籠った瞳で伊織を見下ろす。先ほどとはまるで違う、色気を含む表情だった。


 恭一郎は伊織の手首を掴んで畳に押し付ける。飛駕にされていた行為とほとんど変わりはないが、心持ちはまるで違った。


 身体中にじわじわと熱が宿っていく。苦しくなるほどに心臓が鼓動しているが、不思議と嫌悪感はない。


 見上げると、恭一郎は悩まし気に眉を下げていた。


「本当はもっと打ち解けてから事を進めるつもりだったけど、これ以上は我慢できそうにない。他の男に取られでもしたら元も子もないからな」


 恭一郎は伊織を抱きしめる。耳元に顔を寄せると、低い声で囁いた。


「いまからお前を抱く。嫌だったら拒め」


 ぞくぞくと背中に鳥肌が立つ。それは決して不快なものではなく、身体中が甘く痺れるような感覚だった。


 強気な発言だが、拒む隙は与えてくれる。そんな気遣いも恭一郎らしいと思えた。


 彼にだったら身を委ねてもいいのかもしれない。

 そう思ったのも束の間……。


「ほう。小僧の長年の恋もようやく実るというわけか。これはめでたい。小僧が男になる瞬間を見届けてやろう」


 恭一郎の背後から、仁王立ちでニヤニヤ笑う酒呑童子が現れた。


 それだけではなく……。


「これ、酒呑童子。邪魔したらいかんぞ。せっかくじゃ、我々も楽しもうじゃないか」


 玉藻前まで姿を現し、酒呑童子の背中にぴったりと身体を寄せる。

 その光景を見て、伊織と恭一郎は距離を取った。


「お、お前ら……なんでこんな時に……」


 顔を真っ赤にさせながら口をパクパクとさせる恭一郎。その隣で伊織も焦りを滲ませた。


「玉藻前、なぜ勝手に出て来ているんです! 呼ぶまで出て来てはいけない契約でしたよね?」


「明日まで好きに出て来て良いと言ったのはおぬしじゃろう」


 玉藻前はやれやれと両手を仰ぎながら、自らの正当性を主張した。


 完全に油断した。妖は空気も読めなければ融通も利かない生き物だった。


 そうこうしているうちに、玉藻前が酒呑童子を押し倒した。勝手に振舞う妖達を見て、伊織は頭を抱える。


 興が削がれた恭一郎も、頭を掻きむしりながら立ち上がった。


「妖共がいちゃついている現場なんて見たくねえ! 解散だ、解散!」


 恭一郎は怒りを浮かべたまま早足で部屋から出た。……が、すぐさま部屋に戻ってきて一言。


「お前が強いのは重々承知している。だけどこれからは俺のことも頼れ。お前が困っていたら俺はいつでも駆けつける」


 そう言葉を残すと、恭一郎はそそくさと部屋から立ち去った。


 突然の出来事に伊織は呆然とする。そんな伊織を揶揄うように、玉藻前は口元に手を添えながら笑った。


「鬼の小僧はすっかりおぬしに陥落しているじゃないか」


 玉藻前に指摘されると途端に恥ずかしくなる。


 自惚れではなく、恭一郎からの愛情は十分過ぎるほど伝わってきた。あれが咄嗟に出た嘘だとは到底思えない。


 好意を自覚すると途端に恥ずかしくなる。同時に、自分の心に尊敬とはまったく別者の感情が芽生えていることに気付いた。



 

 政略結婚から始まった二人の関係。

 前途多難かと思われたが、案外この結婚生活は上手く行くのかもしれない。


****


最後までお付き合いいただき誠にありがとうございます(* ᴗ ᴗ)⁾⁾

「世界を変える運命の恋」中編コンテスト用としては、こちらで完結となります。


この先も夫婦で妖絡みの事件を解決したり、邦光夫婦と一緒に温泉旅行をしたり、ひょんなことから大喧嘩に発展したり、などなど書きたいエピソードはたくさんあります。


「長編化したら面白そう」と思っていただけたら評価していただけると非常に嬉しいです!

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妖使いの夫婦仲は冷え切っている? 南 コウ @minami-kou

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