第五話「実家の階段」

 あなたの実家について思い出して下さい、と言われたとき。

 最初に思い浮かぶのは、どんな光景でしょうか。


 家族みんなで過ごした、食卓や居間でしょうか。

 ひとりだけの時間に浸った、自室でしょうか。

 それとも何気なく外を眺めていた、ベランダや庭でしょうか。






 私の場合、それは階段です。


 玄関に入ってすぐ右手に見える、二階へと続く階段です。玄関の電気はついているのに、なぜかそこだけ薄暗くて登った先が見えない階段。そんな不可解な光景が、他の様々な実家の記憶を押しのけて真っ先に頭に浮かんでくるのです。まず私の実家は平屋で、階段などないのです。玄関の右手には本来、仏間へと続く引き戸があるのです。あとから増改築したわけでもないし、地下への階段などもありません。そもそも「実家の思い出」として真っ先に階段が思い浮かぶのも、おかしいのです。なにか階段に関して、強烈に記憶に残るような体験もしていない。なにかの記憶と混同しているにしては、あまりにも鮮明で、生々しくて、厚かましいのです。


 実家に帰るたびに、この目で確認しても。

 両親に笑われながらも、事実を聞いてみても。

 そんな階段はないと、何度自分に言い聞かせても。


「実家の玄関に入って右手にある薄暗い階段」という存在しない光景が「私の実家での思い出」として、いつからか当然のように私の意識の中に居座っているのです。







 私の頭がおかしくなったのでしょうか。その可能性がないと言い切れるわけではありませんが……私はこの光景に、どうしても何者かの意思を感じてしまうのです。私に偽の記憶を植え付け、どこかに誘っているもしくはおびき寄せているような。そんな気色の悪い感覚に襲われるのです。それは、私にどうしてほしいのでしょうか。私を、どうしたいのでしょうか。

 私がいま住んでいる家も、平屋です。所詮は、私の頭の中での話です。それでも……分かっていても私は帰宅するたびに、おそるおそる右手に目をやってしまうのです。




 とても、怖いのです。


 玄関を開けて階段が見えていたら、私は正気を保てるのでしょうか。

 気のせいだと見間違いだと、片付けられるのでしょうか。


 絶対に存在しないと思っていたものを目にした私が。










 擬似餌に引っかかる小魚のように、ふらふらと「それ」に吸い寄せられることは決してないと、どうして言い切ることができるでしょうか。

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ひとくち怪談 ─家編─ 双町マチノスケ @machi52310

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