別れ

 いつしかベルカントの頬に涙の感触が伝った。サリーナがまた泣いていると思ったが、濡れた頬をサリーナの指に拭われて、ベルカントは泣いていたのが自分だったことに気づいた。

 唇を離して顔を背ける。サリーナは何も言わずにベルカントの胸に顔を埋めた。

 ベルカントは自分でも驚いていた。涙など、とうの昔に枯れたはずだ。哀しみ苦しみを友とし、怒りさえ従えろ──悲願成就のため、最初に捨てたのが感情、最初に殺したのが自分だった。

「俺の人生に俺はいない」

 独り言を、誰かに聞いてほしかった。

「俺はウゴでもベルカントでもない。ただのひどい男だ」

 サリーナの額が胸を擦る。

「哀れな男は明日消える。チチェク王子ベルカントは、ついてこいとも待っていろとも言ってやれない」

 手のひらに覚えさせるように彼女の背中を撫でる。

「サリーナ、あんたの幸せを祈っている。笑顔でいられる相手を見つけてくれ」

 首を振るサリーナの額にキスをして、ベルカントは腕を下ろした。

「名前のない人、あなたを忘れません」

 冷たい手のひらでベルカントの顔を包んで、サリーナは微笑んだ。瞳に溜めた涙を光らせながら。

 再び口づけを交わす二人、テーブルで冷めた茶。窓枠の向こうに、満ちきらない月が昇ってきていた。


* * * * *


 翌日、ベルカントは迎えにきたセミフと共に旅立った。村への恩義は、何かあれば支援するという誓約で返された。そのための連絡手段としてチチェク兵から一人、伝令を常駐させることになるのだが──彼がタイスの想い人だったのは、「月の導き」に他ならない。

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火竜姫 – Invisible Moon – Joe Jan Jack @Joe_Jan_Jack

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