終幕‐ケモミミのサーガ
「どこだ、ここ……?」
細波が打ちつける音が聞こえる。白雲が悠々と泳ぐ青い空の下、浜辺に打ち捨てられたシー達は、間抜けなポーズで寝そべっていた。
<郷愁の門>の先に繋がっていたのは、見知らぬ砂浜だった。なかなか見ない真っ白な砂で出来た砂浜である。見たところ、砕けた貝殻の粉末が混じっているようだ。砂浜が白く染められる程の量だ……多分、この貝を偏食する動物や魔獣でもるのだろう。
「うぅぅ……」
「……! ウィータ! 無事か!?」
「あい、さー……なんとか……、——っ!!」
目が覚めたウィータが、よろめきながら立ち上がる。シーは心配で近寄るが、フラフラとする頭を少し振った彼女が目を開いた途端、ぱぁぁぁぁぁ~~! と。
その眼に海が映った瞬間、まんま小さな子供のように瞳を輝かせた。
「うみだぁぁぁぁぁ~~~~~!!!」
「うぉっ!?」
疲れなど感じさせない元気な様子ではしゃぎ出したウィータは、シーを押し退けて波打ち際まで走って行った。躊躇なく海に入ると、水をばしゃばしゃと叩いたり、ばしゃんと蹴ったり、しまいには濡れる事さえ厭わずその場に倒れ込んだりした。
水面から顔を出したウィータは、犬のように顔をブルブルと振ると、「見て見て! シーちゃん! うみー!!」と、両手を振った。
「こきょうと同じー!」
「お、おう……」
シーは呆気に取られてしまうが、ウィータの言葉で、彼女の故郷であるエースヴィア地方にワーデン海という海があった事を思い出す。多分、故郷が懐かしいのだろう。無邪気な笑顔で水遊びを続ける彼女を見て、シーは微笑ましくなった。
ついさっきまであの大英雄ベオウルフと戦っていた少女とは思えないが、本来の彼女は、あんな風に笑うのが当たり前なのだろう。……今は、好きにさせてあげるのもいいかもしれない。
「……」
「……ん? お~い、どうしたウィータ~?」
が、しばらくはしゃぐウィータを見ていると、いきなりはピタリと動きを止め、その場にプカプカと浮き始めた彼女を訝しむ。心配になったシーは、犬かきをしながら彼女の元へと歩いて行く。
そして、何故か顔を下にしているウィータをひっくり返した。
……するとそこには、白目を剥いて口から泡をブクブクするウィータの姿が。
「(ブクブク)……」
「ウィータぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
シーは急いでウィータを岸へと運び、お腹を押して水を吐き出させた。ぴゅー、ぴゅー、と口から水を吐き出す彼女は「ミンナ……ヨンデル……イカナキャ……」と、朧気な意識で何かを呟いている。思わずシーは「逝くなー!」と叫んだ。
そうして、懸命な救助作業を行った数十秒後——。
「ん、んなぁぁ~……がらだ、いだいぃ……」
「そりゃそうだろ……さっきまで死に掛けてたんだから……」
何とか一命を取り留めたウィータは、全身をプルプルさせながらその場に寝転がっていた。彼女が身体を冷やさないように焚火をしながら、「はぁ~~……」と、何故かどっと疲れたシーは、大きな溜息を吐いた。
「ね、ねぇ……しーぢゃん……そう言えば、ここどこ……?」
「……んー、ちょっと分からないけど、まぁ、すぐ分かるよ」
「……?」
「まぁ、見ててくれ」
そう言ってシーは、砂浜へと視線を落とし目の前にあった木の枝で魔法陣を描き出す。すぐに魔法陣が完成し、彼は「良し!」と呟く。「何かのまほう……?」と、頭上にはてなマークを浮かべるウィータを余所に、シーは詠唱を始める。
「——【来たれ、汝は冒険と伝聞の詩人精霊】」
短文の詠唱。言い終わると同時に、魔法陣が青く輝き、その魔法陣の向こう側から「ケケケケケェ~~!!」と。聞き覚えのある喧しい鳴き声が聞こえる。
ビュン、と。何か影が飛び出して来ると、すぐにその影の正体がテメラリアである事が判明した。
「……これ、テラちゃんのまほう……?」
「そう。唱えると、コイツを呼び出せるんだ。呼び出すと伝承に従って、コイツが何かしらのお話をしてくれる」
「……それだけ?」
「それだけ」
「……、……何かショボいね」
「だよな。オレもずっとそう思ってる」
「……テメェら俺様に喧嘩売る為に呼び出したのか?」
二人の会話にテメラリアは額に青筋を浮かべた。
❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖
「——そっか……あの後ジャン達は無事だったんだな。それ聞いて安心したよ」
数分後。シー達が姿を消した後、すぐに邪神ウルも姿を消した事をテメラリアから知らされたシーは、安心したように安堵の息を吐いた。
「ケケッ……それで? テメェらはテメェらでここがどこだか分かんねェから、俺様にガイド役をして欲しいと?」
「まぁ、そんなとこだ。……ここがどこかすら分かんなくて困ってたんだよ」
「しゃァねェなァ? まァ、このテメラリア様に任しとけ」
鳩胸をポンと叩き、まるで俺様に感謝しろ! 崇め奉れェ! とでも言いたげに威張るテメラリア。彼は「つっても——」と言葉を続ける。
「——次の行先なんて迷うまでもねェよ。この白い砂は、全部、魔大陸レムリアの近海に住むムームル貝の貝殻だ。ここからレムリアの中央を目指して真っ直ぐ行けば、ドワーフ達の大国——世界一の文明国家ドロワールに着くはずだ」
「……! ドロワール! ハハッ、懐かしい名前だな!」
久々に聞いた名前にシーは心を躍らせた。
——ドワーフ達の大国ドロワール。テメラリアに以前聞いた話によれば、大英雄の一人である死の職人ボグへの迫害の影響により、ドワーフ達はこの魔大陸レムリアに追いやられたとの事だが、めげずに『世界一の文明国家』なんて冠詞がつく超国家になったらしい。
「となれば、次の行き先は決まりだな! ドワーフ達の国——ドロワールだ!」
拳を突き上げたシー。懐かしい名前を聞いた事が嬉しいのか、「ウィータ! ドロワールだぞ、ドロワール! 楽しみだな!」と、テンション高めにウィータへと話し掛けた。
「……zzz」
「——っと……アレ? いつ寝た?」
「ジャン達が無事だって聞いた瞬間には、もうウトウトしてたぜ。安心したら一気に眠くなったんだろ。あんな戦いを超えたんだ……寝かしとけ」
「それもそうか……」
呑気な顔で寝息を立てるウィータを見て、二体の精霊は微笑んだ。
「……」
「……? どうした?」
「いや、ちょっとベオと戦った時のこと思い出してさ……」
その寝顔を見ながら、シーの脳裏に、ふとベオウルフとの戦いの途中——ウィータがユニークスキル【逆境の勇者】に目覚めた時の事を思い出す。破格の能力を持つユニークスキルは勿論の事だが、それ以上に気になったのは、ウィータが持つ通常のスキルだ。
シーが覚えている限りでは、<
だが、その中で一つ……気になるスキルがあった。
——<
聞いた事も無いスキルだ。勿論、シーもこの世全てのスキルを知っているわけでは無い。彼の知識に無いスキルがある事など当然の事だが、やはり、どうしてもこのスキルのある一つのワードが気になってしまう。
「なぁ、テメラリア……ダンジョンって何だ? オマエ前に少し話してたろ?」
「ケェ……ダンジョン?」
ラッセルに着いて、テメラリアがこの時代について話してくれた時に『ダンジョン』というワードが出た事を覚えている。シーの時代にもダンジョンと呼ばれていたものはあったが、拷問部屋とか、納骨堂、あとは囚人の牢屋とか、隠し通路なんかに使われていた。
ウィータのスキルに現れた『ダンジョン』という単語は、そういった意味のダンジョンとは、少し意味合いが違う使われ方をしているよう見える。
「ダンジョンか……まァ、少なくともダンジョンが出来たのは、丁度テメェらが邪神ウルを打倒したすぐ後くらいだったと思うぜ」
「って、事は……出来たのはだいたい千年くらい前か?」
「そうだ。テメェらが邪神ウルを打倒したすぐ後の事さ……本当にある日突然、ダンジョンは世界各地に現れた。同時期に、世界中の魔獣やら人間がいなくなる現象も起きてたな」
「……いなくなる?」
「あァ……噂じゃァ、皆ダンジョンに呑み込まれたって言われてる。……実際、ダンジョンから昔に絶滅したはずの魔獣が出て来た事があったぜ? キメラなんかもよくダンジョンから出て来るってんで、今は人間たちが封印してるらしいが」
「キメラ? 封印? ……なんか、情報が多くて良くわかんねェな」
「ケケッ、だろーな。俺様も実際、良く知らん」
「知らねーのかよ!」
思わず叫んだ。何か色々知っている風だったのに! と。
「んで? 何でダンジョンについて知りてェんだ?」
「……! それは、ほら……」
「嬢ちゃんか?」
「……、……そうだな」
不意打ち気味に聞いて来たテメラリアの言葉を肯定する。
シーはそのまま寝息を立てるウィータへと視線を遣り、ポツリと話し始めた。
「……ベオとの戦いの途中、分限魔術でウィータのステイタスを見た」
「そのステイタスにダンジョンっつーワードがあったと?」
「……あぁ、そんなとこだ」
ウィータの過去について、シー達はまだ全てを知っている訳ではない……と思う。
あの約束の日。滔々と話してくれたウィータの過去は、所々、違和感がある。
ジャンが言っていた天狼族の現在の扱いについて、白狼族が彼らを匿っている事や、ウィータが幼かった頃、デネ帝国の皇帝がベルナンド・デル・リオではなく、天狼族だった事……勿論、違和感はそれだけではない。
ラッセルの街中で、ラティウム語を話す人物が一人もいなかった事もシーの中で引っ掛かっている。勿論、ウィータの故郷であるエースヴィア地方ではまだラティウム語が使われている可能性はあるが……デネ帝国出身であるジャンが、ラティウム語を初めて聞くと言っていたのもおかしい。
——考えれば考えるほど、ウィータにはおかしい点があるのだ。
「……この子は多分、まだ何かを隠してる」
「うーん……まァ、そりゃァ俺様も何となく感じてたが……気になんのか?」
「気になるだろ。オレの相棒だぞ? 知りたいと思うのは当然だ」
「じゃァ、直接聞きゃいいじゃねェか」
「……聞ける訳ないだろ。誰だって聞かれたく過去はあるし、隠してる秘密だってある。——
「……、……そうだな」
シーがそう言うと、テメラリアは小さく羽を竦め首肯した。
「……まァ、嬢ちゃんの過去にダンジョンが関係してるっつーなら、思い当たることが無い訳じゃねェ
「……
「……、……、……——ケケケケケェ! 難しく考えたってしゃァねェ! どうせコレからの旅で分かる事だしな! 今はそれより、束の間の休息を謳歌するとしようぜ?」
「あっ、おい! オマエ絶対に何か隠してるだろ!? 分かるぞ今の感じ!」
テメラリアのわざとらしい誤魔化しにシーは食い下がるが、「さァて? 何の事だかなァ~?」と惚ける彼の態度に、「ぐぬぬぬぬぬぬ……!」と、シーは歯噛みする。
「ケケケ……まァまァ、そう急ぐ必要はねェじゃねェか。どうせテメェは嬢ちゃんの相棒なんだ。何があろうが、どうせテメェは嬢ちゃんの隣にいるって聞きゃァしねェんだろ?」
「……それは……そう、だけど……」
「そうそう! 気にすんな気にすんな! ——そんな事よりも……だ! 折角この俺様を魔法で呼び出したんだ。とりあえず一つ、サーガを聞いてけよ? 実は新しいのが一つあってな?」
「ぐぬぅ……分かったよ。聞いてやるから話せ」
上手い具合に丸め込まれ、シーは言葉尻を弱くした。少しだけ不貞腐れたように唇を尖らせた彼に、テメラリアは場を居直すように咳払いを一つする。
「ケケッ……今から話すのは、つい最近に現れた新しい英雄たち——
「……! ……いや、オマエ、それって……っ!?」
悪戯が成功したような笑みでテメラリアが笑う。
今から彼が話そうとしているサーガに出て来る主人公たちが一体誰なのかを察したシーは、気恥ずかしさを感じる。しかし、そんな事などお構いなしに、テメラリアは大げさな身振り手振りを交えて話し出す。
始まってしまった語り部の言葉を、シーは気恥ずかしさを抑えながら聞く。自分達の物語を聞くのは恥ずかしいが、やっぱり自分が主役の物語を聞くのは楽しいだ。
「——“さぁ、皆々聞くがいい! これより始まるのは、彼の四大英雄が遺した……偉大なるサーガの
この物語を見る
「“あらゆる肩書の一切を問わず、住まう国や世界さえも問わず、我が言葉を聞く全ての者達よ! どうか見届けておくれ、彼女たちの新たなる冒険を……”」
喜ぶだろうか? 怒るだろうか? 哀しむだろうか? 楽しむだろうか?
如何なる感想を、どれだけの感情を抱くにせよ、君はこれから様々な共感と興奮……そして、嫌悪感に苛まれる事だろう。彼らの冒険は、そういうものだ。
「これは、過去を背負いしケモミミっ子と、過去より蘇ったケモミミの精霊が織りなす壮大なるサーガ……そう、その名も——」
それでも一つ、君に約束しようと思う。
この先にあるのは、ハッピーエンドだと。
だから、どうか見届けて欲しい。彼らの冒険を、彼らのサーガを。
そう……この優しい優しいサーガの名は——。
「——“ケモミミのサーガだ!”」
_____________________________________
※後書き
今話で『ケモミミのサーガ Episode I:逆境の勇者』は終了です。……本当に長い
次回からは、Episode IIの執筆に移りますが、やはり自分は一エピソード分を書き終えてからでないと何度も書き直してしまいそうなので、この悪癖を発動させないように、全てを書き切ってから投稿しようと思います。しばしのお別れになりますが、また数か月後かにお会いしましょう! ……もうちょっと執筆速度を上げられるように頑張ります……。
もし、面白いと思って下さった方がいらっしゃいましたら、ブックマーク、感想、レビュー、他にも評価していただけると、今後の創作活動の励みになります!
次回から『Episode II:機械仕掛けの霧の国』が始まりますので、今後とも読んで頂けると嬉しいです!
次回の更新は『Episode II:機械仕掛けの霧の国』が完成し次第、近況ノートでお知らせします。
ケモミミのサーガ 楠井飾人 @nekonekosamurai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ケモミミのサーガの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます