瞳を閉じて(Heaven & Hell)

遠藤みりん

第1話 瞳を閉じて(Heaven & Hell)

 僕の目の前には瞳を閉じている彼女が映る。20歳を迎えた日のデートの帰り道。ファーストキスを終えた僕は恍惚の中、瞳を開けた。


「あれ!?」


 僕は思わず声を上げた。何故ならば彼女の額に小さく数字の羅列が見えたからだ。

“145487392”髪を上げたヘアスタイルの彼女の額にはそう数字が記されていた。


「どうしたの?」


「いや、何でもない。ごめんね」


「変なの」


 僕は彼女にどう説明するかも分からずにはぐらかしてしまった。


 それ以降よく観察すると数字の羅列は全ての人に記されていた。


 会社の上司の額……“258436212”


 コンビニの店員……“187529632”


 アパートの大家……“402583512”


 一体何の数字なのか?そして何故今まで気付かなかったのか?20歳を迎えた事で何かが変わってしまったのだろうか?疑問は尽きる事は無かった。

 数字を観察すると“1”ずつ数字は増えていく事がわかった。そして年齢を重ねる事に数字は大きくなっている。

 1秒事に増える訳では無いが瞬きする間に数字が増えていく……一体何の数字なんだ!?僕は苦悩した。


「何で私の額ばかり見ているの!?君はおかしいよ!」


 ある日、彼女の額ばかりを観察していた為、僕は振られてしまう。


 60年後……


 僕は病室のベッドに横たわっていた。年を重ね体は衰弱し時期に迎えがくる事は気付いている……


「おじいちゃん、お見舞いにきたよ」


 息子夫婦が孫を連れてお見舞いに来てくれた。子供にも恵まれ何1つ人生での後悔は無い……額の数字の謎以外は……


息子……“298374613”


義理の娘……“278421369”


孫……“36298183”


 僕の容態は急変しナースコールを押すと看護婦が駆けつけてくる。看護婦の額には“228571954”と記されてあった。数字を眺め僕はそのまま息を引き取った……


 目覚めるとそこは何もない真っ白な空間が広がっていた。三途の川とは程遠い景色である。


「此処が死後の世界か……」


 僕は1人呟いた。しばらく何も無い空間を歩いていると二つの扉が見えてくる。1つの扉には“天国”もう1つの扉には“地獄”と書いてあった。たった1人扉の前に立つ。

 しばらくすると背後から足音が聞こえてきた。振り返るとスーツ姿の女性が何か書類を持ち僕の前に立っている。スーツ姿の女性は瞬き1つしない。どこかアンドロイドじみた雰囲気だ。


 女性は書類を読み上げる。


「499999996ですか……合格ですね」


 額の数字だ!僕は読み上げた数字にぴんときた。女性に問い質す。


「待ってくれ!一体何の数字なんだ!?」

 

「貴方は数字が見えるのですか?」


「額の数字の事だよな?最期にどうか教えてくれないか?」


「何かこちら側での不具合で数字が見えてしまったのでしょう……わかりました。教えましょう」


 僕は息を呑み回答を待った。長年の苦悩の正体がやっと判明する。


「数字の正体……それは瞬きの数です」


「瞬き?」


 俺は答えを聞いて驚きのあまりぱちぱちと瞬きをしてしまった。


「何のために!?」


「貴方達人間は罪を背負いこの世に生まれ落ちました。生きる事これ即ち贖罪なのです。その目に映る贖罪の景色を少しでも“瞬き”せずに焼き付ける。これが貴方達の試練です」


 理由を聞いて更にぱちぱちと瞬きを繰り返す。女性は続けて話し出す。


「私は試練の結果500000000回を境に“天国”と“地獄”に分ける案内人です……あっ!」


 書類に再度目を通す女性。状況が飲み込めず瞬きを繰り返す僕。


「たった今、貴方の瞬きの回数が500000000回を超えました。貴方は不合格の為、地獄の扉をお進みください」


「えっ!?」


 僕は更に瞬きを繰り返す。目の前の“地獄”の扉が開いた。赤い炎が真っ白な空間に入り込み炎の中から真っ黒な2つの腕が僕の体を押さえ込む。


「待ってくれ!辞めてくれ!」


 僕は叫び助けを求めたが女性は瞬きをせずに無感情に眺めているだけだ。

 真っ黒な2つの腕は炎と共に僕を扉の中へ引き摺り込む。


 瞳を閉じて、僕は全てを諦めた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

瞳を閉じて(Heaven & Hell) 遠藤みりん @endomirin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説