【続刊決定記念、Web限定SS】
番外編:前日譚(アディーテ×シルヴェスト)
晴れ舞台の『脇役』である喜び ~聖女お披露目の儀の日の朝~
まるで新たな門出を祝福するような青空が、窓の外に広がっていた。
しかしそれは、私の門出などではない。今日の私は、脇役だ。
もしかしたら、私の門出になったかもしれない日。本来ならきっと、悔しく思ったり妬ましく感じたりするのだろう。
しかし私に、そのような負の感情はない。
私は、脇役でよかったと思っている。心の底から、今日という日が清々しい青空でよかったと。
だけど私の友人は、どうやら不満があるらしい。
《つまんないー。今日は綺麗なアディーテが見れる筈の日だったのにー……》
そう言ったのは、白いウサギ。羽もないのにフワフワと宙を飛んだ彼は、いつもの定位置――私の肩に着地した。
ふわりと、掠めるように彼の白い毛が私の頬を擽る。温かくやわらかなその感触に、私は思わずクスリと笑う。
「そんな事言わないで、シルヴェスト。一緒に教会まで来るんでしょう?」
《アディーテが行くなら僕も行くけど……》
そこまで言うと、彼はニッと悪い笑顔を浮かべた。
《教会、木っ端微塵にする? 行くべき場所がなくなれば、アディーテも行かなくていいでしょ?》
冗談交じりな口調で彼はそんな提案を持ち掛けてくる。
しかしここで安易に頷けば、どんな惨事が待っているか。彼には実際に今の話を現実にできる力がある。
ヒトが使う魔法の何倍もの威力を簡単に発揮する事ができる存在・精霊。中でも風の上級精霊である彼には、教会一つどころか国一つくらい、鼻歌交じりでどうにだってできるだろう。
だからこその私である。
「ダメよシルヴェスト、シルヴェストが精霊王に怒られちゃうわ」
《えー、つまんなーい》
口を尖らせたこの友人をとめられるヒトは私だけ。
だって精霊が見えるのはごくごく一部、聖女だけだと決まっているから。
これからもシルヴェストと静かに暮らしたい私には、彼に一国を滅ぼさせる理由なんてない。むしろ避けたい事だから。
「お嬢様」
閉められている扉の向こうから、ノックの後にそんな声が聞こえた。
公爵令嬢、アディーテ・ソルランツ。それが私の名である以上、この場における「お嬢様」とは、私以外の何者でもない。
「どうぞ」
「……失礼いたします。そろそろ聖女お披露目の儀の会場への、出発のお時間です」
「あぁ、ありがとう」
呼びに来てくれたメイドに向かって、私はニコリと微笑んだ。これでも一応彼女に感謝を伝えるための表情だったのだけど、彼女は小さく「ひっ」と声を上げる。
彼女はすぐに「し、失礼いたしました!」と言い、慌ててこの場から姿を消した。
間違いなく私のせいだろう。申し訳ない。そう思いながら眉尻を下げる。
しかしシルヴェストはプンスカと怒った。
《何、あのメイド。アディーテを見て悲鳴だなんて失礼しちゃうなぁ!》
「仕方がないわよ。彼女は先日この屋敷に来たばかりの新しい子だもの。私のこの悪役顔が、きっと怖かったんでしょう」
社交界では普通にしていても「企み顔」、笑顔になると「悪役顔」なんて言われて敬遠されている。この顔に免疫のないメイドがあんな反応になるのも――自分で言う事ではないのかもしれないけど、頷ける。
《それよりも本当に行くの? お披露目の儀。参列席の最前列で偽聖女の晴れの舞台を見るなんて、僕、想像するだけで腸が煮えくり返りそうだよ》
「どうにかその腸に冷水をかけて、沸点を下げていてちょうだい?」
《でも儀式の間、アディーテ多分とっても暇だよ? 楽しいもの見たくない?》
「シルヴェスト、イタズラをする口実を作ろうとしないの」
言いながら、今度は私が彼の頬を指先でチョンとつつく。
そのふんわりモフッという感触だけで、私の心の中の幸せ度数を一段階引き上げる事ができるのだから、相変わらずシルヴェストは癒やし効果抜群だ。
彼はまた《えーっ》と声を上げ、頬をプゥッと膨らませた。しかしすべてはいつもの事だ。
シルヴェストがイタズラ好きなのも、可愛いのもモフモフなのも、私の友人でいてくれる事も。
だから今日も、きっといつもと変わらぬ一日になる筈。そんなふうに思っていた。
まさかあんな事になるなんて、微塵も思っていなかった。
~~前日譚、Fin. 第一巻の冒頭に続く……。
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お読みいただきありがとうございました。
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