後編
瞼を上げれば、少し向こうから長い水色の髪を後ろで一つに束ねた、白い師団服ローブを着た青年がこちらに歩いてきている。
細身で柔和な笑みがよく似合う中性的な顔のその美丈夫だった。
彼が誰かはとてもよく知っている。
「セリオズ様」
「ん? 何だか急に、少し涼しくなったような……」
私の言葉に重ねるようにそう言いながら振り返った彼は、「気のせいだろうか」と首を傾げた。
気のせいではない。
すぐ彼の近くで、ブリザが今正に氷を育てようとしているのだ。
おそらくその冷気を感じたのだろうけど、精霊の力も声も姿形も、聖女以外には感じる事ができない。
実際に氷が発生すれば彼にも見えるだろうけど、その時は少し驚くかもしれない。
彼女が氷を作ろうとしているのは、彼の顔のすぐ隣だ。
……まぁいいか。
そう思い、セリオズ様に「何故ここに?」と疑問を投げかける。
「師団の管轄の土地ですからね。たまにこうして様子を見に来ます……というのは、半分言い訳で、俺もよく来るのですよ。たまの息抜きに」
彼の言葉に、私は「なるほど」と思った。
彼も最年少の師団長で、この見た目だ。
私とは正反対の意味で、周りからの注目を浴びる事も多いだろう。
元々ここを『穴場だ』と教えてくれたのは彼だったのだし、彼自身がその穴場を使わない道理はない。
私はそう思ったのだけど。
「運よくアディーテを独り占めですね」
「へ……?!」
隣に腰を下ろした彼に、囁くようにそう言われた。
思いもよらない事を言われて、変な声が出る。
私みたいなのを『独り占め』にして、一体何が嬉しいのか。
そう思いはするものの、フワリと微笑んだ彼に見つめられれば、どうしたって自意識過剰にならざるを得ない。
頬にカァーッと熱が集まる。
すると膝上で彼の背を撫でる私の手が止まった事への不服を表情に乗せながら、シルヴェストがボソリと口を開いた。
《ねぇアディーテ、もしかしておびき寄せられたんじゃない?》
(えっ?)
《ここを教えてもらってから、最初の休息日でしょ? 今日》
それはたしかに、そうだけど。
でもまさか……。
そう思いつつ彼を見ると、彼の微笑みにいつの間にか楽しげな表情が加わっていた。
この表情は……。
「セリオズ様、また確信犯なのですか……?」
「一体何の事でしょう」
深まる彼の笑みに、私は一つの確信を抱いた。
この方、絶対にこの瞬間を想定済みだった!
私にそれをここでばらして、アワアワとする姿を見るのが目的だったんだ!
ひ、ひどい!
そんなふうに人を揶揄って、何が面白いのか!
抗議の目を彼に向けるものの、まるで気にした様子がない。
彼は相変わらず楽しそうに、ニコニコとしているのだった。
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